第31話 姉妹
それは、言うなればお告げだった。昨夜はひどい雷雨でとても眠れたものではなかったが、午前4時を示した空を見て女は決めた。
「おねえさま。眠れなかったのですか?」
吹き抜けの廊下。白い大理石の床に腰を下ろし、伸ばした足をぶらぶらと揺らしていた女に、そっと声を掛ける少女が居た。女はくるりと首を左に動かして、その顔を見るなりむっと目を細めた。
「……本に囲まれて寝落ちてたあんたこそ、大丈夫かい。体冷やすから、ちゃんと寝床で寝な」
「ご、ごめんなさい……」
女――姉の、両耳で光る月白の耳飾り――一族の長の証でもある――がやさしい月明かりを吸って、人知れずきらめいていた。それが通り風にほのかに揺れる音を聞きながら、少女――妹は、視線を床に落としてしゅんと身を縮めた。
今こうして自分の目の前に居る女は、本当にきれいな人だ。こんなときに何を、と女には言われるだろうが、少女はそう思ったし、いつもそう思っている。得体の知れない森の中であろうと、天井が頭上のはるか高くまである広い建物の下であろうと、彼女の勝ち気な声はよく響く。姉御肌でとりわけ面倒見の良い彼女は、自らの師匠のじいやや、下のものたちからもよく慕われている。
そんな彼女が、夜に一人浮かない顔をする理由は決まっていた。他でもない、自分を
「何考えてんだい」
「!あ、えっと……」
「心配なのはわかるさ。けど、やらなきゃならない」
「……はい」
父が捕らわれ、母を亡くし、大人の山の中にぽつんと残された男の子を守らなくてはならない。
長とはいえ、姉も人間だ。絶対の安全などないし、むしろ未だ新官見習いである少女は、何ができるだろう。いや、もう少女には体がない。姉でもある現長の前に、化けて出ているだけだった。
「……あんたが、じいやに耳飾りを託してくれたから、こうしてあたしに繋がったんだ。感謝してる」
「あのこの父――あにさまの願いでした。それだけは、どうしても叶えたかったから」
姉の肩が震え始めた。どこか冷たい夜風にでもなく、ぶるぶると動いている。
「“弱いからいなくなってもいい”なんてこと、一つもないのにね。なんでこう、中身がやさしいひとばっかり連れていかれちまうかね!」
周りが寝静まっていることも構わず、女は大口を開けて、一思いに叫んだ。言い様のない怒りを、暗い景色に叩きつけた。
ふうふうと荒く息を吐きながら、整えた後で。今度は何も震わせずに、女は軽く吐いた。
「そうだね、あたしは人一倍勝ち気で威勢がいいから、最期だね」
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