第20話 引き出しの店
「戻さないで。そのまま」
どこから現れたのか、店主らしき男にそう声を掛けられ少女は戸惑った。一度手に取った売り物を、元の棚にきれいに戻さないでほしい、とこの男は言ったのだ。
自分の聞き間違いではないかと思い、少女は手に持っていた本をそっと、表紙が見えるように棚の前に置いた。男の静かな目をちらりと見れば、ただ空気で伝わってきた。“それでいい”と。
冷たく四角い、木棚の中に敷き詰められた――あるいは散りばめられた、不揃いなボタンや布切れ、本。
“どれでも3つ買えば500円”と書かれた値札をにらみながら、少女は悩み続けていた。この店への来店は予定外で、少女にはすぐにでも向かわなくてはならない場所があったらしい。しかし、急ぎであるはずの自分が今時間をかけて眺めている品々が、どれほど高価で希少なものであるかがわかってしまうからこそ、離れられない。けれども不思議と、買わなければ損、という意識ではなかった。
自分に必要なものがこの無数の欠片の中にあり、それを今、自分の手で見つけること。少女の意識は、ただその一点だけに集中している。
不思議なことに、少女が買ったものは全て、棚に戻さずそのままにしたものだった。あれほど悩んだ時間は何だったのか……と少女は半分うなだれながらも、決して急かさず、口を挟まず、会計の時を待ってくれた店主に感謝した。いつもなら出すことをためらう金貨――少女がこつこつと貯めている代物も、今日ならば手離しても良い気がした。
私が、手持ちの財布から硬貨を選んでいる間に。気配のない店主はにこりと微笑み、三枚の布切れと二組のボタン、まっさらなレシートを紙袋にさっと入れる。
そうして、「次は、これね」と、壁の貼り紙に手のひらを当てて私を見た。何か、と見れば日付――店の開店日だろう――が書いてあり、少女は見るなり戸惑った。いや違う、驚いた。同時に、どこかほんのり、嬉しさも。
「あたしの誕生日だわ」
「そうですか。ありがとうございました」
あっさりと送り出す店主から視線を外し、数人いた他の客の影がなくなっていることに気付くと、少女は一人、歩き出した。
「……店(ここ)は、お嬢さんがかつて忘れ、手離してきたものを思い出す場所(ところ)なんですよ」
“まだ、あなた方のことは思い出せないのでしょうか”と呟く男の声は響かずに、すっと床に落ちる。
「どうか星のお嬢さんに、良い巡り合わせがありますように」
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