第14話 火は落ちて

「まだ痛むかい」

男の声は、額の傷に触れる手を伝って、女の耳に届いてくるようだった。


「ううん。……でも、不思議ね。静かにしていると思ったら、急に焼けるように動き出すんだもの」

「傷も、生きてるのね」と、女は自らの腹の揺りかごをそっと両手で撫でた。


「長。少しよろしいですか」

部屋の外から聞こえた馴染みのある声に、男と女は顔を見合わせた。女の方が「ええ」と短く答えると、入り口の垂れ布がひょい、と人の手で持ち上げられる。

視線を上に動かせば、どっしりとした体躯の男がじっとこちらを見ていた。


「二人揃ってここに居たか。……お嬢さん、調子はどうだい。聞くところ元気そうじゃねぇか」

「この間は、素敵な夜琴をありがとう。

良かったら、また練習に付き合ってくれるとうれしいわ」

「そいつは良かった。そんなら、相棒に教えてもらいな?」

「参ったな。……最近弾いていないのがバレてしまう」


女の隣に座る男が目を細めて、困ったように向かいの男を見た。

「たまには、腰の刀を下ろして休めよ。相棒」と友の男が言うものだから、「そうだね」と返すことしかできない。


そうして「ちょっと借りてくぜ」と友の男に引きずられ、相棒の男は外に出ることとなった。


「母に似て、元気な子だ。私が触れようとしたら、図ったかのように蹴るんだよ」

「……“いくな”って言ってんじゃねぇのか。

子どもは鋭いからな」

「男の子だったよ」

「わかるのか」

「うん」


男の方を見ずにそう答えると、すぐに人波に紛れて消えてしまった。

それをぼんやりと眺めていると、足元から「ちょっと」と棘のある少女の声がした。


男は「げっ……」と居心地が悪そうに呟きながらも、その場に身を屈めて座った。

「なに?柱みたいに突っ立って」

「馬の嬢ちゃんか。それは……宮の柱木か?」

「そうよ。次の引っ越し先で使おうと思って。……あにさまなら、じいのところよ」

「そうか」

男は、相づちを打つなり懐から煙草を取り出し、ふっ……と火を点けた。


「あにさま、父になるのね」

「……いや、違う」

「え?」

「あいつは明日、長になる」

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