第0話 情報屋とバーシンガー
この世界は駅のようなもの。
そう男は考えている。
行き先は個々で違うのに、同じ目的のために集い、交じり、いつの間にか混ざりながらも案外終わりはあっさりと訪れる。
そのくせ、アクシデントも付き物だ。
ただし、唯一当てはまらないことといえば、“行き先は必ずしも用意されていない”ということか。
乗れば必ず望み通りに向かう汽車とは違う。けれども、乗り継いで乗り継いで、どんなに遠くともいずれどこかに辿り着くぐらいには、世界は繋がっているらしい。
「どこにも存在しなかった“砂時計の街”……か」
そう呟いた男は細身の長身で、森の中にひっそりと佇む針葉樹のようなシルエット。しかしその長い手足の影は、まるで黒蜘蛛のような美と繊細さを纏っている。
耳と目と頭の休まらない現状に、針葉樹は一息だけ深く息を吐いた。そうして、片方だけ現れた緑の瞳で行き交う人々や吹き荒れていく風を、ただ静かに観察していた。
情報……それは針葉樹にとって、仕事を円滑に進めるための重要な手がかりである。目に見えないそれ、目に見えるそれ。求める者の元へ見合う情報を提供することこそ、情報屋である針葉樹の一番のミッションだ。
そこで欠かさないのは、決して自分の素性を明かさないこと。依頼は全て“蜘蛛のマークが描かれた”手紙で受けること。この二つだけは何があっても譲らない。自ら設けた絶対のルールだ。
黒のベストにネクタイ、白のワイシャツ。至ってシンプルな……黒と白でできたどこにでもある服装。それでいて端正な顔立ちは、人混みの中でも目立ち、目を引くだろう。
針葉樹の見た目は、森を映した瞳の色だけが唯一の色味とも言える。
おおよそ、人々は男を“情報屋”、“黒(ブラック)”、“月蜘蛛”、“ムーンスパイ”などと自由に呼ぶ。もちろん全て勝手なあだ名だ。
「“黒は領主のみで、後はほとんどが麦畑”……これもどこまで通用するだろうな」
まさに今、男は自らの手で、その墨のように黒く反射する耳下までの髪を、稲穂の金色に塗り替えていた。外見を操作するのは、これが初めてのことだ。
……今回の依頼は、今までとは違う。“潜入”しなければ遂行もできず達成もできないもので、同時に、見通しの立たない内容だった。
そうして男は、手元の片道切符……一通の手紙をポケットにしまい、宿代わりの個室の扉を開けた。
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