第9話 刺客と救世主
私は歌えぬ蜘蛛に戻り、あの人の肩に乗る。このほうが場所も取らず何かと便利ではある。
「……どうした」
「あ、いえ……。」
私はそのとき、初めて気が付いた。彼が肩で息をしていることに。額にうっすらと汗がにじんでいることに。
“大丈夫ですか”。そう声に出かかって、私は抑えた。ただ事ではない。
その刹那、男の森の瞳が風でざわめいた。“魔術師だ”と唇が動いた。こんなときに、と小さな呟きも聴こえた。
「生憎、俺はやつらと相性が悪い。」
「そお?ボクは相性抜群だと思うけどっ!!」
背後から冷たい空気が生まれたのがわかり、振り向いたときには、既に遅かった。
男のコートは銀の鎌鼬によって切り裂かれ、たちまち吹き飛ばされた。
「やぁっと見つけた。」
声の先には、ハイエナのように遠くから男を妖しく狙う少女が居た。
「またお前か」
「“あのとき”はよくもやってくれたね。おかげで謹慎くらって、ボク体なまっちゃったよ」
少女がくるっとその場で一回転すると、合わせるようにひらりと服の裾が揺れる。雪のように白いブーツで着地するころ、少女の手には針のように細いサーベルが握られていた。
合図もなく、男と少女の衝突は始まった。素早く伸びてくる鉄の切っ先を、男はわずかな狂いもなく数度避ける。
「つまんない」と少女が呟くと、「俺もだ」と男が投げナイフで答える。風を斬り合う二人の間に、言葉は少なかった。
「もらった!!」
少女の細身のサーベルが、ついに男の肩口を捉える。が、男の手はそれをすり抜けた。……少女の襟元のリボンをぐいと掴み、自らに引き寄せたのだ。
「ぐぁっ!?」
男の行動に動揺した少女の白銀の髪が、闇の中に揺れる。
サーベルはぎちと音を立て、なおも男に深く突き刺さり、墨の衣に紅の染みを刻んでゆく。同時に、少女の喉からはくっ……、と苦しげな声が漏れた。
「……遊びのつもりか。」
「はっ……よく言うよ。自分だって、息上がってるくせに」
男の手の中でリボンがほどけ、足元にぱさりと落ちた。そのとき。どこからかフクロウの泣き声が響き、サーベルは少女の手で引き抜かれた。
「もう少し遊んでやろうと思ったのに。」
“次会うときまで生きててよ?”
そう言い残し、猫のように光る灰の瞳と、にんまりと笑う口元を男に見せながら、少女は砂のように消えていった。
幾重の歯車を蔦が絡め、抱きしめている。どこにも行かないで……と。
身動きの取れない男に、秒針のように近付く足音があった。
「花は自ら枯れることを望んでいたのに、なぜだい?」
よく通る、別の声。男を心配する素振りはなく、それどころか上から重くのし掛かった。
「……どうなるかわかっていても、咲いていて欲しかったんだね」
“優しい子だ…”…と声は男の頬を撫で、ふわりと消えた。
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