第7話 掬いとった月明かり

「お待たせ致しました」

丁寧なウェイターが、手際よく食事を運んでくる。ほのかなランプの灯りを映し、自らきらきらと輝きを放つ銀食器が、眩しい。


「……」

こうして顔の見える位置に座り、共に食事を摂るときでさえも、男は静かだ。

……私は、口を開いていいのか、閉じたままがいいのか。張り詰めてはいないのに緊張する……この空気に慣れる日は来るのだろうか。


私の中には、彼に一生……いや、どうあっても償えない罪と恩が、背中合わせに存在する。彼を苦しめ続ける存在である私が、“彼のことを知りたい”などとおこがましい……。

「食べないのか」

「……!」

突然聞こえた男の声に、私は銀食器を取り落としそうになった。

「……明日の明朝にはここを経つ。身が持たないぞ」


私から目を離さず、真っ直ぐ言葉を呟く男。今が好機かもしれない。私はずるい考えだと知りながら、再度唇を動かした。

「あの。」

「何だ」

「私、あなたに迷惑を掛けてばかりで……私は、あなたを見つけない方が良かったのかもしれません」

「……あのまま、“あの街”で消えたかったのか?」

「……!それは」


男は銀食器を皿の上に斜めに揃え、もう一度私の目を見た。

「……最初に言ったはずだ。“依頼主”は何があっても守ると。自分の力ではどうあがいても実現できない願いがあって、他者の力を借りる……当然のことだろう?

後ろめたさや迷惑など関係ない。それもすべて想定内だ」


深い、森の色。彼の瞳は、先日見た、まだ色付かない紅葉の緑に似ていた。

落ち着いた声色は、とん、と私の胸に優しく落ちて、真白の心を、じわ……と淡い日だまり色に染めていく。


「ただ、俺は“何でも屋”でもないし、“神”でもない。それでも……お前が手を必要とするならば、喜んで貸そう。俺には、それしかできないからな」

「……!少しずつで、構いません。お話、してもいいですか?」

「ああ。」

私は、この時のことをずっと忘れない。本当はもっと話したかったけれど、「早く食べろ」と急かされてしまい、この時は叶わなかった。

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