第4話 蝶の仕立て屋
「ちょっと!!帰ってきてるなら一番に来てよね!あぁもう……裾がちょっと黒ずんでるじゃない……!」
「仕事で戻ってきただけだ」
「あら……!?こちらのきれいな子は誰?まさか……こ、こ「依頼人だ」
男がばっさり言い切ると、店主は「なぁんだ……」とどこか寂しそうに、抜けた声を出す。
私は、二人のやり取りに入れず、ただただ立ち尽くしてしまう。彼は本当に顔が広い。
……仕事柄、当たり前なのだろう。私にとっては知らないことだらけで。
しばらくして、「ごめんなさ~い。」とよく通る明るい声が私の耳に届いた。
「あたし、ここで仕立て屋やってるの。可愛い子はいつでも大歓迎よ♪」
店主がにこにこしてこちらに来たと思ったら、私はあっという間に店の奥に連れ込まれた。
「はい、これ。あなたの服よ」
あれから数分後。店主は長細い箱を抱えて戻ってきた。
「え……?」
「この子たちは、まだ外の世界を知らないの。だからあなたがその身に纏って、一緒に連れていってあげて?」
言いながら、店主は手際よく服を広げていく。金のボタンが付いた黒いベスト。胸元に結ぶ白いシフォンのリボンと、フレアスカート。……フリルのついた長袖のシャツが、幼いころ着ていた服に似ていて少し懐かしかった。
「この店は、この子たちが生まれた家なの。だからどんなにボロボロになっても、また一緒に帰って来て頂戴ね。きっとあなたを守ってくれるから。」
「……はい」
店主は、そっと私の顔を覗きこみ、まるで母が子に言い聞かせるようにそう言った。墨のように黒い髪と、それを引き立てる瞳と爪紅の差し色が美しかった。
少しの間見とれていると、店主は少し離れた場所に居る男に気付いて、微かに目を細める。
「あたしがしてあげられるのは、これぐらいだから」
消え入りそうな声。悲しそうに笑うこの人が、彼をどれだけ知っているかがわかる気がして、私は胸がちくりと痛んだ。
「……」
「大丈夫?気分悪いの?」
「あっ……いえ、大丈夫です。」
とっさにそう返したが、店主の目は誤魔化せなかったようで。
「好き?彼のこと」
「え、っと」
「ずっとしまいこんでると、いつか破裂しちゃうわよ?“密かにお慕いしてました”じゃあ告白の前に相手が消えちゃうわ」
いつからか、店主は煙管を手にしていて、風……と息をついた。淡い煙が私を優しく包み込み、ほのかなアイリスの香りを残して消えていく。
「見えてるときに。掴めるときに掴まなきゃ。同じ風は二度とないわ」
月明かりで薄明るく照らされる店主の影に、蝶が一匹止まったのが見えた気がした。
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