第38話 引き際の美学

 アンダーゲート要塞からの撤退を決めたナイフだが、今後のことを考えると被害を最小限に留める必要がある。


 つまり、撤収を勇者達が気づく前に魔族の撤退を完了させ余力を残すことができれば、今後の展開が楽になり別途魔族の反撃の機会も出てくるだろう。


 ナイフのみの都合だけを考えれば空を飛んで逃亡という選択も不可能ではないが、魔族にとって補充困難な魔族兵は何としても連れて帰りたいところだ。


 そして、必要物資についてもなるべく持ち帰ることで、今後構築する防衛線の準備を楽に進めることができるだろう。


 戦闘能力視点では他の四天王と比べ弱い部分もあるが、こういった駆け引きについはナイフに軍配が上がる。早速、今後の方針について思案を開始する。


――――


 現在、要塞内に勇者パーティが潜入済なのはカールの敗北から言って間違いない。

そして、要塞内の労働力の多くは人族である。魔族全体が撤退準備に入っていることに気づかれてしまうのはいろいろとまずい。


 下手をすれば、撤退中の魔族兵に対して勇者達から追い打ちをかけられることとなってしまう。


 そこで、ナイフはある作戦を立案する。要は、人族には撤退するそぶりを一切見せないよう擬態を行い、その裏で撤収準備および撤退活動を進めようという作戦だ。


 肝心なのはどうやって擬態するのかというところだが、一つアイディアがある。

現在の用語で言えば、人工知能AIを使った自動化システムを作り人族の対応をさせる。


 もっとも、この状況では時間的都合から簡易的なものしか作成できない。

そのため、あくまでも撤退までの時間稼ぎの役目を果たせば十分だ。


 AIによって魔族がまだアンダーゲート要塞内で活動していると思わせておいて、その裏で全軍撤退させることができれば被害を出すことなく撤退完了という算段だ。


 擬態には機械人形オートマタのようなものを用意してもいいが、今回は魔法によって関係者に幻影を見せて信じ込ませるのがよさそうだ。


 動力源はどちらにせよ魔力のため、規模や継続時間には限界がある。使にするつもりだ。


 ちなみに、AIといっても様々な手法が存在するが、今回はナイフの頭の中にあるものをシステム化して実現する方法を考える。


 具体的には、状態遷移によって挙動を定義して振る舞いを変えていく…いわゆるステートベースを考えている。


 よく挙がる例として、自動販売機で物を購入した際のお釣り計算の話がある。


 今時の自動販売機であれば、例えば 500円玉を投入して 130円のジュースを購入した場合、当たり前のように 100円玉3枚と50円玉1枚、10円玉2枚で返却してくれる。


 コンビニ店員が手動でお釣り計算をするのであれば当たり前のことだが、これを機械にやらせようとした場合、を経ていたりする。


 状態遷移をシンプルにする目的であれば、例えばお釣りはすべて 10円玉で返す方法も考えられる。しかし、お釣りの計算としては間違っていないが、人の直感的な動きとはズレてしまう。


 つまり、人の直感的な動きにマッチしたさがでてしまう。


 何が言いたいのかというと、魔族の要塞内での活動を擬態化するためにはかなり複雑な状態遷移を考え、術式に落とす必要があるということだ。


 大変だからといって状態遷移をシンプルにしてしまうと、実際の魔族の活動と比較して不自然になってしまい、すぐ擬態に気づかれてしまう。


 ナイフは実現コストとパフォーマンスのバランスを考え、実現可能かつ不自然さの少ない状態遷移に留め、擬態の術式を組み立てる。


「ふぅ。ようやくできました。さて、人間どもはいつ擬態に気づくのか…

 どうなるか楽しませてもらいましょう」


――――


 ここからは、話をスピーディ一行に戻そう。


 カールを倒したスピーディ一行であったが、そのままの勢いでナイフのいる作戦室に乗り込むようなことはしていない。


 まずは相手の戦力を正確に見積り、適切な対策を考えてから討伐に向かおうという腹積もりだ。


 要塞内の人にヒアリングを行い情報収集を進めていくが、今まで対戦した四天王のように好戦的な雰囲気ではないようだ。


 作戦室に閉じこもっていることが多く、直接目撃した者もごく少数のようで誰も詳細を掴めていなかった。


「私達の侵入についてはバレているはずなのに、無闇に戦闘をしかけてこない程度の知恵は持っているようね」


「向こうさんはうちらの動きを知っとるのに、うちらは向こうの動きがわからへん。どないしよう」


 実際のところ既に魔族は撤退準備に入っているのだが、擬態がうまく作用しており表面上は今までとほぼ同じ体制がしかれている。


 注意深く見ていれば、使用人の様子を巡回する魔族が激減しているとか、食料品の消費量が抑えられているなど気づきの要素はあっただろう。


 しかし、要塞内でカールの裏切り連絡・敗北については周知の事実だ。


 上記による人員等の配置変えが行われてなんらおかしくない状況のため、そこまで気が回らなくて当然だろう。


「相手の出方がわからない以上、うかつにこちらから手はだせないわね。こちらは、要塞の無効化について探るから、何かおかしな動きがあったらすぐに連絡よろしく」


 今のところ、AIによる擬態が成功してナイフの思惑通り通り進んでいるようだ。


――――


 カール討伐から一週間ほどが経過した。さすがに、その後何も大きな動きがなく、作戦室内のナイフから出る指示がパターン化されていて不自然さが目立つなど異変や矛盾に気づき始めるメンバーが現れ始める。


 スピーディ一内でも、しばらく様子見するか、方針転換するか意見が割れ始める。


「なんぼなんでも、おかしげな動きじゃのう?」


「要塞の中にちゃんと魔族がおるか、調べた方がいいんちゃうか?」


 そもそも誰一人ナイフの姿を見たことのないスピーディ一行であったが、四天王と呼ばれるほどの魔族であれば例外なく大きな魔力を秘めている。


 マヤはこのタイミングで初めて知ることになるが、魔力を感知することでどのくらいの強さや人数、周辺に魔力保持者がいるのか感知するスキルが存在する。


 つまり、アンダーゲート要塞内で


 この時まで、まさか要塞内の魔族がいなくなっている?などと疑う余地はなかったのだが、撤退前提であればあり得ない話ではない。


 マヤは、早速 10スキルポイントを割り振り『魔力感知』スキルを会得する。

そして、アンダーゲート要塞周辺の魔力保持者の洗い出しを開始する。


「………。してやられた!私達のように魔力を持った人間は見つかるけど、魔族らしきものは全くいないわ!」


――――


 マヤの『してやられた』発言を聞いた要塞関係者達は、その後速やかに作戦室に駆けつける。しかし、当然ながらもぬけの殻だった。


 物資についてもかさばらないもの、魔族管理下にあった希少な物は持ち出し済だ。今回、『魔族の撤退』という意味では完全にしてやられてしまった。


 そして、ここへ乗り込んでくることを想定して書き置きがしたためてあった。


「人族の勇者共よ。『ヘブンズウィード』にある魔王城にて待つ。戦う覚悟があるならば心して乗り込んでくるがよい!」

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