第18話 お前の物は俺の物、俺の物も俺の物

 帝都に住居を構え、その後の目覚ましい活躍によって一躍有名になり勇者ダンのパーティメンバーとなったマヤであったのだが…。


 名高い『勇者パーティ』に所属すればすぐに魔王討伐ができるんじゃないか?

そんなふうに考えていた時期がマヤにもありました。


――――


 勇者ダンとパーティ行動をしてみてわかったことがある。


「ダメだわ。こいつ人間としてだ。早く何とかしないと!」


 周りから『勇者』と持ち上げられる毎日で増長してしまい、パーティメンバーを小間使い程度にしか考えていないのだろう。

圧倒的な戦闘能力を誇り数多の成果をあげているのだろうが、とてもじゃないが魔王討伐のために背中を預けられる人物ではなかった。


 外面はよいが身内に対しては厳しく、まるでDV夫のような振る舞いだ。

さらに、パーティメンバーのことはほとんど信用していないようだ。メンバーの意見はほとんど聞き入れず独断専行な行動ばかり取っている。


 そう、パーティメンバーの紹介があった時に気づくべきだった。ダン以外のメンバーはすべて若い女性。つまり、マヤは魔王討伐に必要な能力を評価されたのではなくされていたのだ。


 建前上魔王討伐をうたっているものの、本当に魔王討伐に向かう意思はあるのだろうか?。かわいい女性たちに囲まれて満足したいだけなのではないかと?


 他の勇者パーティメンバーもダンを慕っている雰囲気ではなく、洗脳され依存から抜けられなくなっているように見える。ダンはこの世界の冒険者パーティの仕組みを悪用してハーレムパーティを抜けられないようにして、メンバーにご奉仕を強要していたのだ。


 このままだとマヤはダンの毒牙にかかってしまう。可及的速やかに対策を考え、ダンのパーティから離脱しなければならない。


「今は魔王討伐どころじゃないわね。今すぐなんとかしないと!パーティ離脱も重要な事だけど、慰謝料くらい取ってやらないと腹の虫が収まらないっ!」


 そういえば、勇者ダンは『虹のしずく』という超重要アイテムを持っている。

このアイテムを使いはるか南西にあるグレートクレパス巨大な地割れの先まで橋を渡すことで、魔王の生息域と言われているグレートクレパスの先まで到達できるらしい。


「そうだっ!今回の慰謝料として『虹のしずく』を奪ってやる。覚悟しなさい!」


 マヤはダンのパーティからの離脱、そして『虹のしずく』の強奪を決意する。


――――


 一人、自分の部屋に戻ったマヤはいろいろと考えを巡らせる。


「アイテム強奪とは言ってみたものの、勇者から物を奪うなんてできるのかしら?」


『殺してでもうばいとる』という考えが浮かんだが、そもそもこの異世界ではプレイヤーキルの仕組みはない。そして、仮にプレイヤーキルをして勇者ダンを倒せたとしても、他人のアイテムボックスの中身は死んだとしても奪うことのできない世界だ。比類のない戦闘技術を持つダンを倒すのは現実的ではなく、倒してもアイテムボックスの中身は奪えない…。まともに考えるだけ無駄な気がしてきた。


 アイテム強奪は先送りして、パーティ離脱を最優先目標ならどうなるだろう。

ダン以外の勇者パーティメンバーと結託してダンを罷免する方法も考えたが、現時点のパーティリーダーはあくまでもダンだ。例え多数決で優位に立つことができても、リーダーの意見が最優先という仕組みだ。


 そのため、ダンがパーティリーダーの座をメンバーの誰かに移譲しない限りダンの意見が優先される。つまり、ダンがハーレムメンバーの脱退許可を出さない限り、システム的にパーティ離脱やパーティ解散をすることはできない。


 正攻法では無理なことに気づいたマヤは、いつも通りある実験をしたくなった。


「ここはチートスキルの出番ね。まあ見てなさい!」


――――


 そう、マヤは気づいてしまった。


 マヤが帝都に来るまでパーティを組まずソロ活動していた理由の一つは、パーティを組むことでアイテムボックス内の情報がパーティメンバーと共有されてしまうことを避けていたからだ。


 実際、パーティで活動すると他人のアイテムボックス内にある道具や回復アイテムがわからないと適切な戦略がたてられない。そして、リーダーは別メンバーのアイテムボックス内のアイテムを使ったり、メンバー間でアイテム受け渡しの指示を出すことができる。


 そのため、パーティを組むとアイテムボックス内の情報はメンバー全員で共有され、連結して大きなアイテムボックスが存在するように見える仕組みだ。

具体的には、ソロだと20個収容可能なアイテムボックスが、5人パーティだと100個収容可能な共用アイテムボックスとして見える。


 アイテムボックスの連結順はパーティの隊列順で、勝手にアイテムの並べ替えや収容位置変更デフラグメントは行われない。


 何故、勝手に並び替えや収容位置変更が行われないのかというと、パーティメンバーは適宜加入、脱退をすることがある。その時は、該当メンバーのアイテムボックスがあった範囲のアイテムを引き取ることができる。


こうしておかないと、リーダーの指示のみでアイテムを特定メンバーに片寄せして、不要なメンバーを脱退させることでアイテムを奪うことができてしまうからだ。


 そのため、他人へアイテムの受け渡し指示をする時には、ようになっている。

そこで、理不尽なアイテム受け渡しは送り手側から却下することができる。

いくらリーダーの指示であっても、不当にアイテムを奪うことはできなくなっている訳だ。ここまでの仕組みに不備は見られない。


 そこで、マヤが実験をしたくなったイレギュラーなものとして『魔法の袋』というアイテムが存在する。これを装備することで、メンバーのアイテムボックスを 20個から 30個へ拡張できる代物だ。


 まず、マヤが気にしたのは、パーティを組んでいる状況で『魔法の袋』を装備するとどうなるのだろう?


 これを試したところ、予想通りマヤのアイテムボックスが10個拡張され、共用アイテムボックスは 100個から 110個収容に拡張された。


 マヤより後衛メンバーのアイテム収容位置が 10個づつ後ろにずれ、アイテムボックスの中身も元通りのメンバーが操作できるところへ移動した。


「ここまでは想定通りの動きのようね。私のアイテムボックスが拡張されたみたい。

でもこれってもしかして…」


 そう、マヤは気づいてしまったのだ!


「魔法の袋を装備してアイテムボックスが拡張されるタイミングと、アイテム収容位置変更のタイミングで、競合状態レースコンディションがないかしら?」


 引き続き、マヤは慎重に競合状態レースコンディションの実験を続ける。


――――


 その後の実験の結果、マヤの推測は以下の通りとなった。


 ― 魔法の袋を装備してアイテムボックスが拡張されるタイミングと、共用アイテムボックスのアイテム収容位置の同期タイミングがわずかにずれている


 ― 上記タイミングで、アイテムの受け渡し操作は禁止されておらず、競合状態レースコンディションが存在する


 つまり、マヤが魔法の袋を装備した直後の状態だが、マヤのアイテムボックス21番目から30番目のはずが、次のパーティメンバのアイテムボックス1番目から10番目が一瞬参照されてしまうタイミングがある。


 このタイミングで、例えばマヤのアイテムボックス 25番目を 5番目に受け渡す。


 そうすると、マヤのアイテムボックス内の移動なので、


 しかし、アイテムは次のパーティメンバーのアイテムボックス 5番目を参照していて、これをマヤのアイテムボックスへ持ってきてしまう。


 つまり、競合状態レースコンディションを意図して発生させることでのだ。


「やったわ。実験成功よ!これを応用すれば、ダンの確認なしに虹のしずくが強奪できるはず。まずは隊列順を変えてもらわないと!」


――――


 さて、隊列の変更だが別にクエスト中である必要はない。適当に理由をつけて許可を得るのがよさそうだ。パーティメンバーには今日はダンの慰労目的で、買い物等慰労会の準備はマヤが主導することとした。


 今回は隊列順を変えるだけで、別にパーティリーダーを交代する訳ではない。

そのため、特に不審がられることなく、マヤ → ダンの順に隊列を変更してくれた。


「お勤めご苦労さまでした。本日はおいしいものを食べて疲れを癒してください」


 ダンにたらふく酒や料理を勧め、気分良く自室で眠ってもらうことにしよう。


――――


 意図した形でレースコンディションを発生させるのはすごく大変だが、時間さえ許せば何度も繰り返すことで再現できるはずだ。

そしてついに、ダンのアイテムボックスにある『虹のしずく』をマヤのアイテムボックスに移動させることに成功した。


 さて、このまま虹のしずくを持ち去って逃亡という手もあるが、勇者パーティからの離脱のためには本人およびリーダーの承諾が必要だ。

さらに言うと、もし可能ならばマヤ以外のメンバーも開放してあげたい。


 ただでさえマヤのパーティ離脱が了承されるか怪しいところへ、虹のしずくが行方不明となっては一切話が進むことはないだろう。


「仕方ないわね、ご期待通り『アイテム複製技スプーフィング』の出番ね。今日は徹夜になりそう!」


 虹のしずくをアイテム複製して、複製品の一つを『アイテム強奪技レースコンディション』を使いダンのアイテムボックスに戻す。

ここまですれば、ダンは虹のしずくを一時的に奪われたことすら気づかないだろう。


「よっしゃ。これで虹のしずくも元通りっと!」


 もはや、勇者ダンへの未練は一切ない。次はパーティ離脱についてだ。縁を切るためにどんな手をつかってあげようかな。


「これで一切未練はなしね。次はうまいフェードアウト方法を探さないとねっ!」


――――

教訓: データ操作はレースコンディションを避けるためアトミック操作にすること

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る