風鈴

らきむぼん

風鈴


 ――風鈴が、鳴っていた。


 気温が三十七度を超え、街は静まり返っていた。誰も、こんな日に外に出ようなどとは思わない。

 俺だってそうだ。高校の教師たちは、暑い日は図書館にでも行って受験勉強をしましょうなんて言っていたが、冗談じゃない。図書館はレヴェルの高い大学に行きたがっている神経の張り詰めた連中で溢れ返っている。とてもあんな場所に行く気にはなれない。

 ただ、暑さをしのぐ術が俺にはなかった。去年壊れたエアコンはまだそのままである。俺の部屋には扇風機が一台あるだけだ。

 今日は無風だった。窓を全開にしても風は入ってこず、扇風機の前に椅子を置いて座り、風を全身に浴び額に滲む汗を首から下げているタオルで拭う。


 ――風鈴が鳴っていた。


 扇風機の風は、窓際の風鈴を鳴らす。人工的な風で鳴らされる風鈴もどうなのだろう、と思わなくもなかったが、俺はあの風鈴の音が妙に心地良く感じていた。



 夜になった。熱帯夜というやつだ。夜になっても暑さは相変わらずで、風も吹かない。俺は全く寝付けず、風鈴の掛けられた窓から外に出た。今夜はペルセウス座流星群が観られる日だったはずだからだ。

 一時間ほど夜空を眺めただろう。十分おきくらいの間隔で、光り輝く流れ星が様々な方向から流れる。それは優美な様だった。

 俺は次第に眠くなってきていた。暑さを忘れられたからかもしれない。

 窓から部屋に戻ろうとした。

 丁度窓の冊子を跨ぐ時、外と内との境に当たる場所で俺はあることに気がついた。扇風機が回っている。俺は、扇風機を回したまま、電源を切り忘れて外に出たことを思い出した。

 気づいたのはそのことじゃない。

 扇風機の風は、俺のいる窓の場所には届かないのだ。椅子が、風の通る道を遮っているからだ。

 日付が変わる前の日、つまり昨日のことだ。俺は扇風機の前に置いた椅子に座り、風を浴びていた。その時、外は無風だった。だが、風は窓のある場所には届かない。

 では、どうして、あの時風鈴は鳴ったのだろう……?


 ――チリン。


 思考する俺の背後で風鈴が小さく鳴った。あの場所に、風は届かない。

 俺は冷や汗を流しながら、ゆっくり窓の方を振り返った。

 窓の側で、真っ赤なワンピースを着た女の子が風鈴から下がる紐を手に持ちゆっくりと揺らしていた。

 しかしその子の目線は、真っ直ぐ俺を見据えていた。蛇のような、冷たい目で。


 ――風鈴が鳴っていた。

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風鈴 らきむぼん @x0raki

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