初稿

タイトル:からくり少女みなも!


「——泰平の眠りを覚ます上喜撰 たつた四杯で夜も眠れず、か。なぁげん、これってどんな意味なんだ? 例の『黒船』のことを詠ったって言うけどよ、そんな言葉どこにもないじゃんか」

 こんな有名な狂歌の意味も知らないが、倉の中でごろごろしている。

 書物がうずたかく積まれ、よく分からないガラクタで溢れかえっているが倉だが、少なくとも程度の知れてるものでないことは確かだ。

 太い巻物を枕にするような罰当たりが、ごろごろしながら鼻をほじっている。

 罰当たりの目線の先には、埋もれるほどのガラクタの中でせせこましく動いている後ろ姿があった。身体が小さい所為もあるだろうが、女に見えなくもない。ただ、髷も結ってないし、櫛巻きや片外しといった髪型でもない。

 性別不詳の小さな姿は、罰当たりの投げかけた問いなど耳に入っていないのだろう。相も変わらず動き回っている。見た目はネズミなどの小動物に通じるところもある。

「おい、げんってばよ!」

 無視を決め込む「げん」にカチンときたのか、罰当たりの声が苛ついていた。しかし、それでもげんからの返答はなかった。

 罰当たりが諦めたように肩を竦めて溜息を漏らす。それが引き金になったとも思えないが、積まれていた書物の山が一つ崩れる。一つが崩れればもう一つ——将棋倒しのように次から次へと周りの山が崩れていく。さらに降り積もった埃がもうもうと舞う。

「……んぎゅ」

 書物雪崩の犠牲者の声だが、埋もれている所為か、くぐもって聞こえる。

 罰当たりは起き上がると、くぐもり声の出何処に、呆れ声を掛ける。

「なーに、やってんだか。……おーい、げん生きてるかー? 生きてるんなら、返事しろー」

 本とガラクタの海の中からぷはっとばかりに顔が出た。途端に「くちゅん!」とくしゃみをしたのはご愛敬。顔のところどころが黒くなっているのは、いまの本とガラクタの雪崩に巻き込まれた代償か。

 ちょっと頬を膨らまし、罰当たりを見つめる瞳は恨みがましさに滲んでいる。

「信三郎、助けてくれてもいいんじゃない? 大体、手伝ってくれるったから、倉に入るのを許したのに、あんたったら、そこで寝てるだけじゃない!」

 罰当たりの名前は信三郎という。

「あのなぁ、げん……俺は手伝うとは言ったけどな、何探すか聞いてない。だから、手伝いようがない」

「この屁理屈こきっ! それから……あたしをげんと呼ぶなっ! あたしの名前はみなもだ! 何度言ったら分かるのよ! 馬鹿にしてるの? ……してるよね? よーく分かった。分からない奴には、よーく分かるよーに教えなくっちゃね」

 みなもが両手を振る。それと同時に、袖から何やら金属らしい棒が顔を出す。

「あ、いや、ちょっと……みなもさん? ……ぎゃっ!」

 信三郎と呼ばれた青年が、短く叫んで突っ伏した。

「ふん、平賀みなも舐めんな! ひいじいちゃんの名前とエレキテル、直々に継いでんだからね、あたしは!」


 時は嘉永六年(一八五三年)、ペリーの黒船来航に江戸は上へ下への大騒ぎとなっていた。

 そんな幕末も近付いてきた一ページ。

 品川宿にある旅籠「ながさき亭」。そこの娘であり、江戸時代の狂科学者マッドサイエンティストと言われた平賀源内の曾孫である平賀みなもとグータラで下級武士の三男坊、蜷川にながわ信三郎が織り成す物語である。





 

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