File37:異境の生態系

 それから腕時計の時間で1時間ほど歩いたが、案の定というかドームは全く距離が縮まっている気がしなかった。逆にローラはこんなに長い時間舗装もされていない荒野を歩いた経験がほぼ無く、かなり息が上がってしまっていた。


(つ、疲れた……。水……水が欲しい……)


 1時間でこの有様だ。到底あのドームに辿り着ける気がしなかった。ローラは絶望しそうになる心を必死に支える。だが現実問題として喉の渇きが徐々に無視できなくなりつつあった。


 と、その時彼女の視界の隅で何かが動いた気がした。


「……!」

(な、何!? ミラーカ!? それとも……)


 ローラは反射的に銃を抜き放って身構える。すると彼女が見ている視界の先で、急に地面が盛り上がった。そしてその盛り上がりが地面を伝って彼女の方に物凄いスピードで近付いてきた!


「……っ!」


 明らかに仲間の誰かではない。ローラは動揺しながらも地中から迫ってくる何かに向けて、グロックによる神聖小弾を撃ち込んだ。


 ――GiGiiiiiii!!


 その何かが叫び声と共に地中から飛び出してきた。それは巨大なモグラとネズミが掛け合わさったような奇怪な生物であった。大型犬ほどのサイズがある。しかも体毛が一切生えておらず、毒々しい紫色の皮膚を剥き出しにしていた。 


「ひっ……!?」


 そのモグラネズミは人間の腕くらいなら容易く噛み砕けそうな大きな前歯を剥きながら、ローラに飛び掛かってきた。


 彼女は思わず押し殺したような悲鳴を上げながら、グロックの引き金を連続で絞った。神聖小弾はモグラネズミに命中し、奇怪な怪物は恐ろしい叫び声を上げながら地面をのたうち回ったが、そのうち動かなかくなった。



(な、何だったの、コイツ。ここの『現住生物』か何かかしら?)


 他には考えられない。しかし『現住生物』がいるなら、もしかすると水場などもあるのかも知れない。不気味な生物との遭遇は、むしろローラに希望をもたらした。だが……


「……っ!?」


 再び土砂を飛び散らす音と共にあのモグラネズミが地面から飛び出してきた。それも……複数・・


 まるでローラを円形に取り囲むように7、8匹ものモグラネズミが一斉に地中から出現したのだ。彼女が慌てる暇もあればこそ、モグラネズミ達は文字通り四方八方から殺到してくる。


(マ、マズい……!)


 ローラの力はイフリートやデュラハーンを倒した事からも分かるように、魔物に対しては極めて高い攻撃力を持っているのが特徴だが、反面攻撃範囲・・・・には乏しいという弱点がある。


 今の状況のように複数の敵に全方位から攻められると対処のしようがない。それでも何もしない訳にはいかないので神聖小弾で正面の敵を撃ち殺すが、その間に他のモグラネズミは危険な距離まで迫ってきていた。もう迎撃は間に合わない。


(そ、そんな…………ミラーカッ!)


 ローラは思わず離れ離れになった恋人の姿を思い浮かべて硬直する。しかしそんな彼女に容赦なく魔物が牙を剥いて殺到しようとした時……



「ローラッ!」


 女性の声。そしてモグラネズミ達を遮るように砂の壁・・・が出現した。


「……!! ゾーイッ!?」


 驚いたローラが声のした方を見やると、そこにはこちらに向かって手を翳しているゾーイの姿が。やはり仲間達もこの世界に来ていたのだ。


「早く! 今の内よ!」

「……!」


 ゾーイの逼迫した声に、驚いている場合ではないと状況を思い出したローラは、素早くグロックの引き金を絞る。


 砂の壁に足止めされたモグラネズミを的確に撃ち殺していく。ゾーイも砂の槍を駆使して援護してくれる。程なくして襲ってきたモグラネズミ達を殲滅する事ができた。




「ふぅ……間一髪だったわね」


「あ、ありがとう、ゾーイ。お陰で助かったわ。でも、どうしてここに?」


 とりあえず敵がいなくなった事で銃を仕舞ったローラはゾーイに尋ねる。偶然ばったり出会ったというには、この荒野は広すぎる。ゾーイは肩を竦めた。


「私もよく分からないんだけど、あのデュラハーンを倒した辺りから何だか凄く調子がいいのよね。魔力も上がってる気がするし、お陰で結構な距離があったにも関わらずあなたの霊力も感知できたって訳」


「そ、そうなの?」


 そう言えば微妙にテンションが高い気がする。こんな訳の分からない世界に放り出されたというのに、余り慌てたり憂いたりしている様子が無い。何というか……ローラの知っているゾーイらしくない・・・・・・・・気がした。



「ええ。とりあえず一番近い・・・・あなたと合流しようと思って来たのよ」



「……!」


 だが続く彼女の言葉に気を取られて、その違和感はすぐに忘れ去ってしまった。


「え……一番近い? という事は他にも……?」


「そうね。あくまで私に感知できる範囲だけど……他にも2人・・いるみたいね。何とか歩いて行けそうな距離だけど、どうする? あのドームを目指すか、それとも――」


「勿論その2人と合流するわ。聞くまでもないでしょ?」


 ゾーイの言葉を遮って即決するローラ。ゾーイは再び肩を竦めた。


「まあ、あなたならそう言うわよね。じゃあ案内するわ」



 そうやって2人が歩き出そうとした時……


「「……!」」


 ゾーイだけでなくローラも気付いた。何かこの場所に接近してくる気配がある。不穏な気配。明らかに友好的な存在ではない。ローラは咄嗟に周囲を見渡すと、岩山が崩れた瓦礫のようになっている場所があった。


「とりあえずあそこに隠れましょう!」

「ええ!」


 2人は急いで瓦礫に走り寄ってその陰に身を隠した。するとそう待つ事も無く、何か羽音・・のような物が耳に入ってきた。それも複数だ。


「あ! 見て、あれ……!」


「……!」


 ゾーイが上空の一点を指差し、それを目で追ったローラも瞠目する。最初は点のように見えたそれらだが、徐々に近づいてくるにつれてその全容が明らかになる。


 それは巨大なトンボのようにも甲虫のようにも、それでいて鳥類や爬虫類のようにも見える奇々怪々な有翼の飛行生物の群れであった。赤黒い不気味な空を飛翔する悪夢のような生物。ローラはこれが現実の光景とは思えなかった。


 だが飛行生物達はどんどん近付いてきて、やがてローラ達が倒したモグラネズミ達の死体が散乱している場所に降り立った。そして死体に群がると短時間でそれらを食べ尽くしてしまい、再び上空へと飛び上がっていった。


「…………」


 ローラ達は息を殺してその光景を眺めていた。そして飛行生物達が遥か彼方に飛び去ってしまってから、ようやくフゥー……と息を吐いて緊張を解いた。



「な、何だったのよ、アイツら」


「解らないけど……死体を好んで食べる奴等のようね。私達があのモグラ達を殺した事で、それを察知して飛んできたんだわ」


「スカベンジャーって訳? 勘弁して欲しいわね。あのドームといい本当に訳の分からない世界ね」


 ローラの推測にゾーイが顔を顰めている。あのドームは気になるが、それよりも仲間達の安否の方が大事だ。こんな剣呑な世界にはこれ以上一秒だっていたくないし、いるべきではない。


 ローラはゾーイを促して、彼女が感知した反応の元までの移動を再開した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る