File38:荒野のオアシス!?

 仲間達と合流する為に周囲を警戒しながら30分ほど歩いていると、大きな岩山と岩山が隣接し合う谷間のような地形に差し掛かった。そこで……


「……ローラさんっ!!」


「ヴェロニカ!?」


 岩陰に身を隠していたらしい人影が姿を現して、こちらに走り寄ってきた。黒髪に褐色の肌のラテン系美女。ヴェロニカだ。ある程度まで近付いた段階で、彼女もこちらの事を感知していたらしい。



 走り寄ってきた彼女はその勢いのままローラに抱き着く。ローラは全身で踏ん張ってそれを受け止めた。


「ロ、ローラさん! 良かった……! あ、会いたかったです! 私、怖くて……どうしていいか分からなくて……!」


 ローラの胸に顔を埋めたまま半分涙声で訴えるヴェロニカ。目覚めたらこんな異様な世界に1人。相当に心細かったのだろう。ローラにもその気持ちは痛いほどよく分かった。


「ヴェロニカ……よく1人で頑張ったわね。もう大丈夫よ」


 抱き留めた彼女の頭を優しく撫でてやる。するとそれで不安が少し解消したのか、ヴェロニカが涙を引っ込めて顔を上げた。



「ローラさんとゾーイさんのお2人だけですか? ジェシーやミラーカさん達は……?」


「残念ながら不明よ。でも私達だってこうして生きているんだし、きっとどこかで無事にいるはずよ」


 それはただの気休めという訳ではなかった。ミラーカを筆頭に肉体的にはローラ達より強い者ばかりだし、モニカだって少し魔界の知識があるようだし、少なくともローラ達よりはうまく立ち回れるだろう。


「そ、そうですよね。皆きっと無事ですよね!」


「そうよ。むしろ今頃は私達の方が心配されてるかも知れないわね」


 ローラがそう言うと、ヴェロニカもようやく落ち着いてくれた。そして話はゾーイが感知したもう1人の反応に移った。



「他には反応は感知できないのよね?」


「ええ、少なくとも私の感じられる範囲ではね。魔力が上がって、かなり広くなってるはずなんだけど」


「…………」


 つまりはこの荒野には4人しかいないという事か。もしかしたらもっと遠くに――それこそあのドームなどに――いるのかも知れないが、いずれにせよ歩いて探しに行ける距離ではないのだろう。


「まあ考えてても仕方ないわね。とりあえずはその解っている1人と合流しましょう。今後の方針を考えるのはそれからね」


「オーケー。じゃあ行きましょうか」


 そしてヴェロニカも加わって3人になった一行は再び歩き出す。途中でまたモグラネズミの群れに襲われたが、今度はヴェロニカも合流して戦力が増していた事もあって、10匹くらいの群れだったが危なげなく殲滅できた。


 どうやらこの辺り一帯の荒野は、このモグラネズミ共の「生息域」のようだ。またあの無気味な有翼の掃除屋達が現れる前にローラ達は早々にその場を後にするのだった。



 そのまま1時間ほども歩き続けただろうか。ローラはいい加減体力が限界に近付いていた。そもそもここに来てから水一滴飲んでいないのだ。


「ゾーイ……まだなの?」


 息も絶え絶えなローラが問い掛けると、ゾーイとヴェロニカが気遣わし気な視線を向けてくる。


「あと少しよ、ローラ。頑張って」


「うぅ、す、すみません、ローラさん。こういう時に何もお力になれなくて……」


 何故かハイテンションで調子がいいらしいゾーイはともかくとして、ヴェロニカもローラのように無駄に動き回ったりせずに、結果としてその分体力が温存できていたので、ローラよりはまだ余裕がありそうだった。


 ローラは情けなく思いつつも取り繕う余裕も無く、気にしないでと頷くのが精一杯だった。そしてその後何とか丘のような場所を越えた時だった。


「……っ!」


 そこに……オアシス・・・・があった。ローラ達が登ってきたのと同じような丘がいくつも連なって大きな盆地を形作っており、その盆地にはちょっとした湖と呼べる規模――あのハリウッド貯水池と同程度――の巨大な池が存在していたのだ。


 あれは間違いなくそこにある。蜃気楼などではない。そもそも気温的にはそれほど熱くはない荒野で蜃気楼があるはずもない。


 何か湖面がボコボコと沸き立っている上に、お世辞にも澄んだ水には見えなかったが、今のローラにはそんな事は関係なかった。



「水!! 水があるわっ!」


「あ……ちょっと!」「ローラさん!?」 

 

 他の2人が止める暇もあればこそ、ローラは一目散に湖目掛けて丘を駆け下りていく。物凄い速さで丘を駆け下りたローラは、そのまま脇目も降らずに湖岸に近付くが……


 ――ザバアァァァァッ!!


 湖面を割るようにして大量の水しぶきが上がり、そこから何か奇怪なモノ・・が出現した。


 それはミミズとゴカイと……それ以外の何かよく分からない生物を混ぜ合わせて作ったような環状の身体を持つ化け物であった。湖面から出ている部分だけで優に30フィート(約10メートル)はある。



 その無数に牙が生え並んだ円形の口で、愚かにも水場に近付いてきた獲物ローラを一飲みにしようと、まるで覆い被さるような形で襲い掛かる。


「ローラ、危ない!」「ローラさん!!」


 ゾーイとヴェロニカが悲鳴を上げて顔を青ざめさせる。距離が開いている上に突然の事で援護が間に合いそうもない。最悪の光景が2人の脳裏を過るが……


「邪魔よ、どきなさいっ!!」


 ――ドウゥゥゥゥンッ!!!


 ローラは恐ろしい速さでデザートイーグルを抜き放ち、何の躊躇いも無く霊力全開の神聖弾をその化け物の開いた口の中にぶち込んだ! 


 デュラハーンすら斃した超高密度の霊力が凝縮されたマグナム弾を体内に直接撃ち込まれた化け物は一溜まりも無く、叫び声さえ上げる間もなく頭部を爆散させて、体液や肉片を盛大に湖面にまき散らしながら水中に没していった。


 ローラはそれに目もくれずに、化け物の肉片が浮かぶ湖面に駆け寄っていく。


「……高校時代も空腹になると凄く機嫌が悪くなってたけど、そう言えば喉の渇きバージョンは初めて見たわね」


「ロ、ローラさん、怖いです……」


 とりあえずローラには常に水と食料を切らさないようにしようと思う2人であった。


 彼女らの見ている先で遂に湖岸に辿り着いたローラは、やはり一切躊躇う事無くその水を手で掬おうとして……



「――水の精霊よ、恵みの水滴をっ!!」



 ――バシャァァァッ!!


「……っ!?」


 その瞬間ローラの頭上から大量の水が降り注ぎ、彼女は一瞬にして全身ずぶ濡れになった。当然何が起きたのか解らず唖然とするローラ。その口の中に顔を伝う水滴がいくつか滑り落ちる。


「……!」


 するとローラは大きく目を見開いた。たった数滴の水のはずなのに、急速に喉の渇きが癒されていくのを感じた。それと同時に頭がクリアになり、正気・・に戻った。



「ふぅ……危ない所でした。まさかこんな得体の知れない水を躊躇なく飲もうとするとは……。それも自分が殺した怪物の肉片や体液が浮いた水を……!」


 ホッとしたような、それでいて呆れたような声音の少女の声。いつの間にかすぐ近くに見覚えのある少女の姿が佇んでいた。


「モ、モニカ……?」


「ええ、そうですよ、ローラさん。目は覚めましたか? それにゾーイさんとヴェロニカさんも……ここまで迎えにきて頂いて本当にありがとうございます」


 金髪の聖少女モニカはそう礼を言って柔らかく微笑んだ。

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