File18:ウォーレン神父


「……なるほど。あなたは『死の博物館』の件にモニカ達が絡んでいると見てるのね?」


「ええ、それが一番納得できる推測なの。そしてその後何か不測の事態が起きて音信不通となった……」


 ミラーカの問いに頷いて自らの推測を語るローラ。推測とは言っても状況証拠的に間違いは無いとも思っている。


「ではすぐにでも動くべきではありませんか? 今こうしている間にも彼女達は苦境に立たされているはずです。それに奴等のアジトを発見できればルーファス様もそこに囚われているかも知れません」


 シグリッドが彼女にしては気が急いた様子で提案してくる。ルーファスが行方不明となっている事で常の冷静さが失われているようだ。


 ただ彼女の言う事も尤もではある。情報共有は済んだので後は行動あるのみだ。


 勿論モニカやセネム達にせよ、ルーファスにせよ、既に殺されてしまっているという可能性は充分ある。3人ともそれは頭では解っていたが、敢えてその可能性を口には出さずに救出を前提に話を進めていた。口にしてしまえばそれが真実になってしまうような恐怖があったから。



「……あの悪魔達はそれなりに強敵だった。でも敵の一味があいつらだけとは限らない。セネム達が不覚を取るくらいだとすると、もっと強力な奴がいるのかも知れない。その上で敢えて一度だけ聞くわよ? ジェシカとヴェロニカには協力を頼まなくて良いのね?」


 ミラーカが正面か切り込んで確認してくる。ローラは目を逸らさずにはっきりと首肯した。


「ええ。あの子達は絶対に巻き込まない。私の決心は変わらないわ」


「そう……解ったわ。あなたの気持ちを尊重するわ。じゃあ準備が出来次第始めましょうか」


「ありがとう、ミラーカ」


 ローラはミラーカに礼を言って、デザートイーグルなど戦闘・・の準備をする為に一度アパートに戻る事にした。



 ミラーカ達と共に教会を去り際に、ウォーレンの方を振り向いた。



「神父様、色々勝手を言って済みませんでした。それでは行って参ります。何か良からぬ連中が跳梁しているようなので、神父様もくれぐれも気を付けてください」


「ああ……私の方は大丈夫だよ。君達こそ本当に気を付けるように」


 ウォーレンの見送りの言葉。いつもならそのままローラ達を見送って終わりだ。だが彼は今日に限っては何故かローラに近付いてきて彼女の顔をじっと覗き込んだ。


「……ローラ。君が中学生の時に後見人となって以来、ずっと君の成長を見守ってきた。そして君は強く立派な、素晴らしい女性になった。もう私の後見など全く必要としないくらいにね」


「し、神父様……?」


 常ならぬウォーレンの言動にローラは戸惑う。だが彼は構わずに言葉を続ける。


「君は警部補まで昇進し、私生活でも良き恋人や友人が出来た。今後は彼女らが君を支えてくれるだろう」


「神父様、一体どうしたんですか? 何だか……縁起が悪いですよ?」


 ローラの顔と声が若干の不安に揺れる。ウォーレンはかぶりを振った。


「ただの年寄りの忠告だ。いいから聞いてくれ。ローラ……これだけは覚えておいてくれ。この先、例え何があっても・・・・・・君は君だ。君がこれまで歩んできた人生、そして培ってきた仲間達との絆。それは紛れもなく本物・・なのだと。絶対に自分というものを見失っては駄目だ。良いね?」


「は、はい……解り、ました」


 真剣なウォーレンの様子に戸惑いながらも押されるように頷くローラ。だが彼が何を言いたいのかが正直よく分からなかった。するとウォーレンはふっと表情と雰囲気を緩めた。


「まあ今のは頭の片隅にでも覚えていてくれればそれで良いさ」



 彼はそう言って懐から一個のロザリオを取り出してローラに手渡した。



「……これは?」


「私からの、一種のお守りみたいな物さ。これを出来れば肌見離さず身に着けていて欲しい。きっと君の力になるはずだ」


 過去の『サッカー』事件では聖水を作ってくれた事もあるウォーレンの事だ。このロザリオにも同じようなご利益があるのかも知れない。


「あ、ありがとうございます、神父様。とても心強いです。でも、何故今回に限って……?」


 ローラは感謝しつつも怪訝に思う。未だかつて戦いに際して、彼がこのような物を渡してくれたことは無かった。だがウォーレンは小さく微笑むばかりでその問いには答えなかった。


「さあ、ミラーカ達が待っている。そしてモニカ達もね。行ってきなさい。必ず彼女達を救って、そして自分の為すべきと思う事を為しなさい。私はいつでも君の味方だよ」


「……! 解りました。それでは行ってきます、神父様」


 ウォーレンに促されてローラは気を取り直した。そうだ。今はすべき事がある。彼の真意は無事に帰ってから聞けばいい。ローラはそう決意した。


 そしてウォーレンに会釈をしてから踵を返すと、待っていたミラーカ達と共に自分の車に乗り込んで教会から走り去っていった。




*****




「…………」


 ウォーレンは走り去っていくローラの車をずっと見送っていた。そして車が見えなくなると、ふぅ……と溜息を吐いた。


「ローラ……こうしてウォーレン神父・・・・・・・として君に会うのは今日が最後だ。君の……君達の多幸を心から願っているよ」


 一抹の寂寥感を滲ませながらそう呟いた彼は、踵を返すして教会の中へと戻る。そして彼が手で合図をすると、聖堂の奥から異形の怪物達が何体か姿を現した。


 皮膜翼や細長い尻尾を備えた人型の悪魔じみた怪物…………魔界の尖兵、ビブロス達だ。ウォーレンが彼等の気配を遮断・・していた為に、ミラーカですら奥に隠れていた彼等の存在に気付かなかった。


 ウォーレンは居並んだビブロス達に2枚の写真を掲げて見せた。そこにはショートヘアの活発な少女……ジェシカと、褐色のラテン系美女の……ヴェロニカの姿がそれぞれ映っていた。



「さあ、標的・・はこの2人だ。どちらも『特異点』の影響を強く受けている。行って抹殺・・するんだ」



 表情一つ変える事無くビブロス達に命令するウォーレン。その目はローラの身を案じていたのと同一人物とは思えない、酷薄とさえ言える光が宿っていた。


 彼の指示を受けた悪魔達が可視光を遮蔽するように透明になると、LAの空へと飛び立っていく。それを見届けたウォーレンは再び溜息を吐く。


「巻き込みたくない……。君の気持ちはよく分かるよ、ローラ。しかしそれでは駄目なんだ。それでは君は……勝てない・・・・。だから少々強引にでも荒療治・・・をさせて貰うよ。ああ、その怒りは……後で・・存分に私にぶつけるといい」


 ウォーレンはそう呟くと教会の風景を見渡した。二十年以上もの間、彼が人間・・として暮らしてきた場所。流石に多少の愛着はあった。だがいよいよ別れの時が来た。既に身辺整理・・・・は済ませてある。



「さようなら、ローラ。私にとっては短い間だったが……君との思い出は決して悪い物じゃなかったよ。さあ、今こそ清算・・の時だ」



 ウォーレンが両手を広げて天を仰ぐような体勢になる。するとその身体から膨大な魔力が噴き出し、黒い霧のような物が身体を覆い尽くす。その霧が晴れた時、そこには……骸骨に漆黒のローブを纏って禍々しい大鎌を携えた『死神』の姿があった。


 それは紛れもなく、これまでにローラ達に様々な啓示を与えて彼女らを裏から補助してきた、あの『死神』であった。


 『死神』は無言のまま、まるで空気に溶け込むようにその姿が消え去ってしまった。後には誰もいないがらんどうとした教会の聖堂が、相変わらず静謐な空気を湛えたまま残されていた……

 



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