File17:不穏の予兆

「え……ゆ、行方不明!? モニカが……!?」


 ウォーレンの教会。『死の博物館』での出来事について、とりあえずモニカに相談してみようと教会を訪ねたローラだったが、出迎えたのは憂慮に満ちた顔のウォーレンのみであった。モニカの姿が見当たらなかった。


「ああ……丁度今朝、君の職場に捜索願を出したばかりだったんだ」


 ウォーレンが心配げな口調で頷く。一昨日の朝に友人と会う約束があると言って出掛けたきり、夜になっても戻ってこなかったのだという。


 モニカはあまり電子機器の類いを好まず携帯は持っていなかったので、連絡の取りようが無かった。


「友人? 誰ですか? 私も知っている人でしょうか?」


 モニカの交友関係はかなり限られているはずだ。しかし屈託なく明るい性格なので誰とでも打ち解けられる彼女の事、あるいはローラの知らない友人でも出来ているのかと思って聞いてみたのだが、


「ああ、勿論だよ。何度かこの教会にも来てくれた事があった、ほら、あのムスリムの……」


「……セネムの事ですか?」


「そう! セネムさんだ。彼女と会う約束があると言っていた。だから私も安心して送り出したんだよ」


「……!」

 ローラは表情を厳しくすると、すぐに携帯を取り出してセネムの番号に掛けてみた。イスラム教圏では女性の地位は低く、国によっては単身で携帯を持つ事が許されない女性も多いらしいが、セネムは『ペルシア聖戦士団』の一員として連絡手段も兼ねて携帯電話の所持を許されていた。当然ローラとも既にアドレスは交換済みだ。


「…………」


 しばらく待つが流れてくるのは電波が届かないか、電源が切れているというアナウンスのみであった。ローラは通話を切った。



 セネムと会う約束があると言って出掛けたモニカが行方不明となり、そのセネムも音信不通となっている。明らかに偶然ではないだろう。


(モニカとセネムが一緒だったとすると……やはり『死の博物館』は彼女達の仕業? でも、その後に何か・・があって連絡が取れない状況になった?)


 考えられるとしたらそんな所だ。ローラの中で急速に嫌な予感が膨れ上がってきた。セネム達の安否が気にかかる。だが手がかりが何もない。ウォーレンも具体的な行き先などは聞いていないようだ。


(……ミラーカに相談してみるべきかしら。彼女なら『死の博物館』から魔力の痕跡を辿れるかも……)


 というより今すぐ相談するべきだろう。モニカやセネムの事を考えたら一刻の猶予も無い可能性がある。すぐさま携帯でミラーカの番号に掛けようとするが、


「っ!?」


 丁度そのタイミングでローラの携帯に着信があった。発信は……何と今まさに掛けようとしていたミラーカからであった。一瞬驚いたローラだが、すぐに気を取り直して電話に出た。


「ミ、ミラーカ? どうしたの?」


『ローラ。あなた今日は非番だと言ってたわよね? 悪いけどこれからすぐに会えるかしら。早急に相談したい事があるのよ。どうも色々ときな臭い事になってるみたい』


 前置き無しでいきなり本題に入ってきたミラーカ。かなり気が急いている様子だ。


「き、きな臭い事?」


『ええ……セネムが行方知れずとなったわ。彼女に相談したい事があったんだけど、電話が繋がらないのよ。勿論アパートにも不在だったわ』


「……!!」


 丁度同じようなタイミングで、ミラーカもセネムに何かの相談があった。果たしてこれは偶然だろうか。


(いえ……)


 ローラの直感とこれまでの経験は違うと告げていた。これは偶然ではない。


「……ミラーカ。丁度私もあなたに相談したい事があったのよ。今どこにいるの? 私は神父様の教会にいるんだけど、ここに来てもらう事は出来る?」


『……! 解った、すぐに行くわ。セネムの事だけじゃなく他にも相談したい事があるからね』


 ミラーカも何かを感じ取ったようで、すぐに了承すると電話を切った。ローラはウォーレンの方に向き直った。


「すみません、神父様。勝手に待ち合わせ場所にしてしまって……」


「いや、いいんだよ。私もモニカやセネムさんの安否が気にかかるからね。でも折角ならジェシカやヴェロニカも呼んだ方がいいんじゃないかい? 人手は多い方がモニカ達が見つかる可能性も――」


 彼に最後まで言わせずにローラはかぶりを振った。


「いえ、それは駄目です。もう人外の事件にあの子達を巻き込むつもりはありません。そう決心したんです」


「ローラ……」


 有無を言わせぬ口調に、しかし彼女の心情も理解できるウォーレンは言葉に詰まる。



 およそ半年前。【悪徳郷】との戦いでジェシカもヴェロニカも、激闘の末に敵と相打ちになり死んだ・・・のだ。


 モニカの力と、そして『死神』の協力によって甦る事が出来たが、あれが文字通りの奇跡・・であった事はローラ自身が一番良く解っている。


 奇跡とは二度と起こらないからこそ奇跡なのだ。ジェシカもヴェロニカも……本来あの場で死んでいたのだ。彼女達の死体・・を見た時の衝撃は今でも昨日の事のように思い出せる。


 心のどこかに慢心があった。それまでも多くの戦いを生き延びてきた事で、いつしか自分達は絶対に死なないという根拠のない自信を無意識に抱くようになっていたのだ。


 それが大いなる思い上がりであった事をあの時、嫌という程思い知らされた。もう二度とあんな思いをするつもりはない。あの心臓が引き裂かれるような痛みと苦しみを感じたくない。


 ジェシカもヴェロニカも将来の夢と希望に満ち溢れた若者なのだ。ローラの都合でその夢を摘む事など絶対に出来ないし、するつもりもない。もうこんな危険な世界には二度と関わって欲しくない。それがローラの偽らざる本心であった。



「……例え彼女達自身が君の力になる事を望んでも、かい?」


「望んでもです。その結果あの子達から憎まれてもいい。それでもあの子達が死ぬよりはマシです」


「…………」


 ローラの強い決意を感じ取ったウォーレンもそれ以上は無理に勧めてくる事はなかった。何となく気づまりな空気になるが、幸いというかそれほど待つ事も無くミラーカが教会にやってきた。ただし彼女は1人ではなかった。


「シグリッド!? あなたまでどうしたの?」


 ミラーカが伴ってきたのは銀髪の北欧人女性、シグリッドであった。いつものメイド服ではなく珍しい私服姿だ。ミラーカが事情を説明する。


「昨夜、彼女から電話で相談を受けたのよ。……ルーファスが行方不明になったらしいわ」


「ええ!? ル、ルーファスが……!?」


「ええ、それだけじゃなく、恐らくそれに関与してると思われる犯人の一味・・・・・に襲われたわ。私もシグリッドも個別にね」


「っ!?」

 矢継ぎ早に飛び出す情報にローラは驚愕混乱する。



「ところでモニカの姿が見えないようだけど? 事が事だけに彼女にも聞いておいてもらいたのだけど」


「……!!」


 ミラーカが教会の中を見渡しながら尋ねてきたので、ローラはこちら側の状況も思い出して、すぐに気を取り直して表情を引き締めた。


「ミラーカ。シグリッドもいるなら丁度いいわ。私の方も相談したい事があったの。とりあえず座って話しましょう」


 ローラはそう言って2人を長椅子に促すと、モニカも行方不明になっている件や、彼女がやはり行方知れずとなっているセネムと会う約束をしていた事などを話した。そして人外が絡んでいる事はほぼ確実と思われるので、『死の博物館』で見聞きした事も2人に打ち明けた。


 またミラーカ達からも悪魔の姿をした怪物に襲われた話を詳しく聞いた。その悪魔達は連続失踪事件で目撃された『ミスター・デビル』である事は間違いないと見ていいだろう。

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