File14:吸血鬼vs悪魔


「ちぃっ!」


 カーミラは咄嗟に自らもコートの下から刀を抜き放つと、目の前の白人の男に対して薙ぎ払いを仕掛けた。男達が見た目通りの存在でない事は明らかだ。一切の容赦はしない。


 だがカーミラの斬撃はあえなく受け止められた。白人の男が自分の剣で受け止めたのだ。カーミラの目が一瞬驚愕に見開く。その隙に後ろの黒人の男が剣を斬り下ろしてくる。


「く……!」


 カーミラは大きく飛び退って回避した。そして油断なく刀を構え直す。



「何なの!? あなた達、一体何者!?」


 答えるとは思っていなかったが、意外にも黒人の男の方が口を開いた。


「……『蟲毒』は完成した。贄を捧げるのだ。その毒を以って『ゲート』を完全な物とするのだ」


「何ですって? 毒……?」


 カーミラは困惑する。毒という言葉を以前にもどこかで聞いた気がしたのだ。だがそれを悠長に思い出している余裕は無かった。


 カーミラの見ている前で更に驚くべき光景が展開されたのだ。男達の姿が崩れて服だけでなくその下の皮膚や組織までが割れて、その中から全く別の生物が姿を現した。


「な…………」


 カーミラは唖然としてしまう。吸血鬼である彼女をして、その姿は何かの冗談としか思えなかったからだ。



 禍々しい皮膜翼に先が鏃のように尖った細い尻尾。極端に曲がった鷲鼻に卑しく歪められた双眸。そして額には短い角が生え、口には牙、手にも鉤爪が生えていた。その姿はまるきり……


(あ、悪魔……悪魔ですって?)


 聖書を始めとした様々な文献の挿絵、それらによって一般の人々が『悪魔』と聞いて連想するイメージ像にかなり酷似した姿をしていたのだ。余りにもイメージ通りで、カーミラはそんな場合ではないと知っていながら、一瞬これは何かのアトラクションかと思ってしまった程だ。


 だがそんな『悪魔』達が放つ殺気と……魔力は紛れもなく本物だ。しかも放たれる魔力はかなり強力な物だ。カーミラはそれを感じ取って即座に表情を引き締めた。



『ギヒャッ!!』


 悪魔の内一体が奇声を上げて斬り掛かってきた。その動きも人間だった時より格段に速い。悪魔が剣を薙ぎ払うと、その刃はカーミラのコートを真横に斬り裂いた。だが……


『……!』


 切り裂かれて地面に落ちたのはコートだけだ。中身・・は高くジャンプして薙ぎ払いを躱していた。黒光りするレザーのボンテージ姿が夜の路地裏に舞う。


 カーミラはジャンプした状態から、悪魔に対して刀での斬り下ろしを仕掛ける。悪魔は咄嗟の動きで剣を掲げてカーミラの斬撃を再び受け止めた。これがグールやジャーンなら今の一撃で決まっていた。やはり只の雑魚ではなさそうだ。



 もう1体が攻めてこない。何をしているのかと視界と意識の隅で様子を窺うが、ここで更なる驚異的な現象が起きる。


 もう1体の悪魔がカーミラに向けて手を突き出していた。するとその掌の先に放電現象によるスパークが発生したのだ。それを認識した瞬間にはそのスパークは一条の電撃となって発射されていた。


 こんな魔法じみた攻撃方法は想定外であり、カーミラは慌てて身を躱そうとするが、そこに斬り結んでいた方の悪魔が剣で妨害してくる。結果、回避が間に合わずに電光がカーミラを直撃した!


「あぐぁっ!!」


 瞬間的に激しいスパークに包まれたカーミラは吹き飛ばされて壁に激突した。そのまま地面に崩れ落ちる。


「ぐっ……」


 スパークによる影響か、身体が思うように動かず中々立ち上がれない。しかし2体の悪魔達は容赦なく追撃してくる。



 今度は2体共がこちらに掌を向けて1体が同じような電撃、もう1体がボウリングの球くらいの大きさの火球を撃ち込んできた。この状況で追撃を喰らうのは非常にマズい。


「――っぁぁぁっ!!」


 カーミラが叫ぶ。次の瞬間には彼女がいた場所に火球と電撃が着弾した。しかし飛び散った炎とスパークの破壊跡に、見るも無残な状態になっているだろうカーミラの姿は見当たらなかった。


『……!!』


 2体の悪魔が共に上空・・を見上げる。そこには背中から生やした白い皮膜翼をはためかせて飛び上がったカーミラの姿があった。咄嗟に戦闘形態になる事で強引にダメージを殺して飛び上がり、追撃を回避したのだ。


「はぁ……! はぁ……! ふぅ……!」


 カーミラは悪魔達を見下ろしながらも激しく息を荒げる。先程電撃を喰らったダメージがまだ残っているのだ。油断していた。普段なら例え意表を突かれたとしても、敵の攻撃をあんな風にまともに喰らう事などなかったはずだ。いや、或いは最近戦いからは離れていたし、尚且つ精神状態も良好とは言えなかったので、そのせいかも知れない。


 いずれにせよ不覚を取った事は事実だ。だが流石に二度も同じ不覚を取る気は無い。徐々に戦闘の勘も戻ってきている。



 悪魔達がカーミラを追うようにして、自らも翼をはためかせて上空に飛び上がってきた。ここからは空中戦だ。カーミラは彼等を迎え撃つように刀を構えて吶喊する。


 悪魔の内1体は剣を振りかざして接近戦を仕掛けてくる。お互いに空中機動を駆使した斬り合いになるが、戦闘形態になったカーミラには悪魔の動きが遅く見えていた。どうやらこれが奴等の限界らしい。冷静になりさえすれば、半年前に戦ったスパルナよりは遥かに弱い相手だと解る。『子供』よりは強いといったくらいか。


 このまま戦闘形態の地力で押しきれそうだ。……一対一であれば。


 もう1体の悪魔は接近戦を避けて、遠距離から氷のつららのような物を撃ち込んでこちらの動きを妨害してくる。一対一であれば圧勝できる相手だが、意外と巧みな連携で攻めてくるので厄介だ。


 まとも・・・に戦おうとすれば苦戦は免れないとカーミラは判断した。だったらまともではない方法で戦えば良いだけの事。カーミラは不死身の吸血鬼なのだ。人間のように傷つく事を忌避しない。


 カーミラは遠距離から放たれる氷のつららを完全に無視・・・・・した。結果当然のように彼女の身体につららが突き刺さるが、彼女はお構いなしに目の前の悪魔への攻撃の手を緩めずに攻め立てる。


 先程から何度も刀で斬り裂いているのだが、悪魔は中々死なずにしぶとく抵抗してくる。だが効いてはいるようで、吸血鬼のような不死性はないらしい。ならばとカーミラは相手の攻撃を掻い潜って刀を一閃。悪魔の首を一刀両断した。


 頭部を失った悪魔は動きを止めて地上へ落下していく。そして地面に墜落する前にその身体が蒸発するように消えてしまった。どうやら倒す事が出来たらしい。



 仲間を失ったもう1体の悪魔が遠距離攻撃を止めて、自身も剣を片手に突っ込んできた。カーミラの身体には敵が放った氷のつららが何本か突き刺さっていたが、戦闘形態に変じた今の彼女にとっては左程のダメージではない。強引につららを抜き取ると、突っ込んでくる悪魔を迎え撃った。


 2体の連携によって多少苦戦していただけで、一対一なら問題なく倒せる相手だ。カーミラは相手の攻撃をやり過ごすと、カウンターで同じように悪魔の首を刎ね飛ばした。これで終わりだ。


 消滅していく悪魔の姿を見届けてから、カーミラはようやく一息ついて地上に降りると戦闘形態を解いた。




「ふぅ……終わったようね。でも一体何だったの、あいつら? 『蟲毒』……毒って確か…………あっ!?」


 戦闘が終わり落ち着いて考える余裕が出来たからか、カーミラはすぐに思い出した。


(そうだ、あいつ……あの『死神』だ! あいつも私に『毒』がどうとか……。まさか、今の悪魔達は『死神』と何か関係があるの?)


 『死神』の事を思い出すと同時に、彼が言っていた他の言葉も気にかかってくる。終末の時が近いとか、そういう類いの言葉も言っていたはずだ。


 それまでは無意味な繰り言だと思っていたそれらの言葉が、『死神』と関係があるかもしれない悪魔達に襲われた事で、急に現実味を帯びてきたような感じがした。


「…………」


(ローラに相談した方がいいかしら? いえ、でも彼女は彼女で忙しいはずだし……まずはセネムかモニカ辺りに相談してみるべきね)


 この問題を放置しておくべきではないと判断したカーミラは、とりあえずの方針を決めると足早にその場を後にするのだった……

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