File13:ヴァンパイア・ブルース

 大都市というのは昼と夜でまた違った顔を見せる。それはこのLAにおいても例外ではない。


 昼はダウンタウンのオフィス街を中心に『健全な』経済活動に勤しむビジネスマンや商売人達が賑わうが、一度夜の帳が落ちればそうした表の連中の様々な欲を満たす為の、いわゆる水商売が活気づくのだ。


 一口に水商売と言っても、人間の欲望は多種多様。ましてや大都市LAともなればその欲望の受け皿は実に様々な形で存在していた。


 そんな受け皿の1つ……女性専門の同性・・によるエスコートサービス。ミラーカ――カーミラはとあるオンラインエスコートサービスにおいて、トップクラスの人気を誇るエスコートであった。


 と言っても以前にルーファスから貰った報酬も含めて既に金は充分にあるし、彼女は本来は働かなくても問題なく優雅な生活を送れる経済状態であった。なので彼女は金の為にこの仕事を続けている訳ではなかった。



 カーミラは吸血鬼だ。一定の間隔で人の生き血を吸わないと徐々に力が弱まっていき、最終的には死に至る。延髄と心臓を同時に破壊される以外で不死身の吸血鬼が抱える大きな弱点であり、デメリットでもある。


 尤も彼女以外・・・・の吸血鬼にとっては、その性質は何らデメリットとはなり得ない。吸血鬼は本来、人間の血を吸い殺す事を無上の悦びとする邪悪な怪物だからだ。そしてその身体能力も普通の人間を狩る事を容易としている。


 だがカーミラだけは例外であった。彼女は500年前に『ローラ』によって精神を浄化された事で、そうした本来吸血鬼が悦びを感じるような邪悪な行為全般を忌避するようになったからだ。


 だが浄化されたのは精神だけであり、身体・・の方は怪物としての吸血鬼のままであった。高い戦闘能力と不死身の肉体というメリットはあるが、同時に生き血を吸い続けなければ死に至るというデメリットも残留していたのだ。


 だが他の吸血鬼のように人間を吸い殺す事を良しとしない彼女は、人間を殺す事無く、尚且つ人間にバレずに効率的に吸血が行える手段を模索してきた。その結果行き着いた答えが、コレ・・である。



 市内にあるホテルの一室。行為・・を終えて身支度を整えるカーミラの前には、未だに全裸でベッドに横たわったまま完全な自失状態にある30代くらいの女性の姿があった。


 カーミラの手練手管の前に半ば自失させられた所に、止めとして身体に支障が無い程度に吸血させてもらう。


 吸血鬼による吸血行為は被害者に凄まじいエクスタシーを感じさせる効果がある。これは吸血中の被害者の抵抗を防ぐ為の効能と言われているが、少なくとも被害者は自分の血が吸われているという自覚がある。被害者を殺せないカーミラとしてはそれでは困るので、こうして別の行為・・・・で気を逸らしてから吸血行為を行う。


 それによって被害者は自分が吸血されている事にも気付かず、今目の前に横たわっている女のように異常な快感の中で絶頂して果ててしまうのだ。


 この方法が本当に最善なのかは解らないが、少なくともカーミラは500年の年月をこれで過ごせてきているので、恐らく良い方法ではあるのだろう。娼婦・・という職業は世界最古の職業とも言われているように、古今東西どんな社会においても一定の需要があり続けるので、受け皿がなくて困るという事がないのも大きなメリットだ。


 同棲しているローラの生血で賄う事も勿論考えたのだが、余り同じ人物から何度も吸血し続けると精神的肉体的に悪影響を及ぼす可能性がある為、断念せざるを得なかった。その点においても常に異なる人物から吸血対象を選べるこの仕事は便利であった。



 気絶したままの女性を置いてホテルを後にするカーミラ。金銭のやり取りは既に登録しているエージェンシーが代行してくれているので問題ない。便利な時代になった物だ。


 いつも吸血行為の後は気分が高揚して、何となくウキウキした精神状態になる。解りやすく言うならハイ・・になってるような物だ。


 だが今夜はそんな気分にはなれなかった。いや、今夜だけではない。ここ最近はずっと気分が沈んだままで景色も色褪せて見えた。その原因は解っている。



(……あれからもう半年近くになるけど、あれ以来ヴラド・・・が再び現れた事は無い。彼はまだ私の中にいるの? それとも……)



 カーミラは夜の通りを1人で歩きながら物憂げな表情になる。


 半年ほど前の【悪徳郷カコトピア】との死闘……。その中でカーミラは敵に敗れ、あわや滅びかけた事があった。かけたというより、本当ならあのまま滅んでいたはずなのだ。今頃カーミラはシルヴィア達と同じように、この世界に存在したという痕跡すら残さず塵になって消滅していたはずだった。


 だがそうはならなかった。


「…………」


 カーミラは自分の胸に手を当てる。自分の体内にヴラドが潜んでいるかも知れないと思うと、堪らなく不気味な気持ちに襲われ、叫び出して自分の心臓を抉り出したい衝動に駆られる。だがそんな事をしても恐らく無意味だ。


 あの墓地でのヴラドとの死闘を思い返す。封印は完全に成功したと思ったが、やはり『ローラ』本人ではないので、どこかに不備があったのか。或いは冷凍保存された心臓を使ったのがマズかったのかも知れない。


 もしくは思い返すと、あの時ヴラドは燃え盛る炎を見て口では強気な事を言っていたが、実際には封印を警戒していた節があった。つまり多少だが備える・・・時間があったのだ。そのわずかな時間の間に、完全封印を免れる何らかの手段を講じていたのではないか。


 原因はいくらでも考えられる。確かな事は、ヴラドは完全に封印されておらず意思を持ってカーミラの内に未だに潜んでいる可能性があるという事。


「……っ」


 それを思うと妙に息苦しい感覚に襲われる。勿論ヴラドの灰を収めた再封印の場所も見に行ったが、ヴラドの封印が解かれた様子は無かった。


 この事は当然ローラには話していない。話せば彼女に余計な心配を掛けてしまうだけだ。ローラも自身の中に眠る謎の力に悩んでいた事があったが、それに対して「考えても解らない事は考えない事」と言って彼女を諭したカーミラだが、その実それは自分自身に向けた言葉でもあったのだ。


 現状では打つ手がないので相手の出方を待つしかない状況だ。だがそれは消極的な対応であり、カーミラとしてはストレスが溜まる一方であった。それがここ最近、気分が沈み込んでいる原因だ。


 先日ローラと久しぶりに同衾したが、それによって一時的に鬱屈は晴れたものの、事態は解決していないので最近はまた塞ぎ込みがちになっていた。



 そうやって暗い物思いに沈み込んでいたせいだろうか。彼女にしては気付く・・・のが遅れた。


「……!」


 場所は裏通りと言ってもよい、繁華街からは外れた通り。そこをこの時間に1人で歩いていたのだが、それ自体は問題ではない。何故なら彼女は吸血鬼であり、彼女をどうこう出来る人間は存在しないからだ。例えそれが銃で武装した複数のギャングであろうとだ。


 そうした犯罪者や暴漢達も絡んだらマズい相手というのが本能的に解るのか、カーミラが夜の通りを1人で歩いていても今までトラブルに巻き込まれた事は無かった。


 だがこの夜は違った。彼女は自分の後を尾行してくる人間の存在を遅ればせながら察知した。明らかに友好的な雰囲気ではない。


(ち……こんな時に面倒ね……)


 カーミラは内心で舌打ちした。或いはこんな時だからだろうか。気分が打ち沈んで悩みに囚われた状態で、無意識の内に隙が出来ていたのかも知れない。


 煩わしいと感じた彼女は歩調を速めて尾行者を撒こうとするが、その時路地の先からも男が1人現れた。どこにでもいそうな白人の若者だ。だが雰囲気が後ろから付いてくる尾行者の物と似ている。恐らくは仲間で、最初から彼女を挟み撃ちにして逃がさないつもりか。


「……!」


 カーミラの足が止まった。そこに後ろから尾行していた者も追いついてくる。こっちは黒人の若者であった。



「……何か用かしら? 言っとくけど私は今かなり機嫌が悪いの。それ以上近付いたら、私の憂さ晴らし・・・・・に付き合ってもらう事になるわよ?」


 目付きと語調を鋭くして、軽く魔力を発散させる。相手がただの暴漢であれば、これだけで間違いなく威圧されて逃げ散るはずだ。だが……


「……っ!?」


 男達は全く怯む様子も無く、それどころかニヤニヤと厭らしい笑いを浮かべながら距離を詰めてきたのだ。カーミラの魔力による威圧が効いていない。


(こいつら……人間じゃない!?)


 カーミラのその思いを裏付けるように、男達が手を翳すとその手の中に剣のような武器が出現した。そしてその剣で問答無用に斬り掛かってきた。

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