File12:ローラの推理

 LA北部にある『死の博物館』。古今東西の連続殺人鬼たちの資料や、様々な拷問器具、処刑道具など『死』にまつわる資料が展示されたミュージアムだ。


 だがその『死の博物館』には現在、本物の死が溢れ返っていた。


 倉庫として利用されていたらしい広い地下室。そこには現在、現場検証用の黄色いテープが張り巡らされ、大勢の鑑識や検視官までもが慎重に、かつ忙しく動き回っていた。その更に周囲には現場を保全する為の大勢の警察官が囲っていた。


 彼等の前には、今LAを騒がせている連続失踪事件の被害者達と思しき・・・……大量の人骨の山がうず高く積み上がっていた。



「…………」


 そしてその人骨の山を厳しい表情で見上げるのは、この事件の捜査責任者である警部補のローラだ。



 今朝未明になってこのミュージアムの警備員から非常に慌てふためいた様子の通報があり、警察が駆け付けた所、出迎えたのがこの人骨の山だったという訳だ。


 勿論すぐにローラにも連絡が入り、こうして急ぎ駆け付けて現場の保全と検証に努めている状況であった。


 失踪事件の捜査を指揮していて、部下達から得られる情報を統合してローラは徐々に捜索範囲を絞り込みつつあった。その候補地・・・の1つとして、この『死の博物館』がある地域も入っていた事は事実だ。その矢先にこの人骨の山だ。


 その為状況的にこの骨の山は、連続失踪事件の被害者達の遺体である可能性が非常に高いと言えた。それを裏付ける為に現在鑑識や検視官たちが総出で現場検証に当たっているのだ。尤もこれだけの量の人骨が混ざり合った状態で積まれているのだ。個人の特定には、LA検視局の総力をもってしてもかなりの時間が掛かるのは否めない。


 だがそれはそれとしてローラには今回の通報劇で、どうしても腑に落ちない不可解な部分がある事が気になった。今その不可解な部分を確認する為に部下達に聞き込みを指示してあったのだが……



「警部補!」


 と、その時、リンファと相棒の刑事がローラの元に駆け寄ってきた。ローラは彼女らに向き直る。リンファ達には通報してきた警備員やその他の職員への聞き取り調査を担ってもらっていた。それが一通り済んだのだろう。


「ご苦労様。どうだった?」


「はい、それが……。やはり警部補が仰っていた通りでした。通報してきた警備員も他の職員も、誰一人今の今まで、何の不審も感じる事がなかったそうです」


 リンファの報告に、新しく相棒になったアフリカ系の女性刑事――アマンダ・ベネットという名前だ――が頷いて引き継ぐ。


「それどころか……不可解な事に、全ての職員がこの地下室の存在自体・・・・を忘れていたようなんです」


「……! そう……。それで、今朝になって急に思い出した・・・・・って訳ね?」


「え、ええ……。皆、口を揃えたようにそう言っています」



「…………」


 部下達からの報告にローラは再び思案する姿勢になった。1人なら忘れていたという事もあり得るかも知れないが、職員全員がという事は絶対にあり得ない。


(つまりこの事件には、やっぱり何らかの人外の存在が絡んでいるって事ね……)


 それも恐らくはあのマリードのような、魔術的な力を行使できるタイプの存在だ。目撃情報の多い犯人・・と目されている『ミスター・デビル』は、やはり見た目通り・・・・・の存在である可能性が高くなってきた。


(まさか……本当に悪魔だっていうの? それは、いくら何でも……)


 これまで吸血鬼を始めとした幾多の人外の存在に接してきたローラだが、それでもクリスチャンだからだろうか。比喩的な意味ではなく、本物・・の『悪魔』が実在しているという事実は受け入れ難い物があった。



 それに他にも気になる事はあった。



「警備員も含めて職員全員が、今朝になって・・・・・・急にこの地下室の存在を思い出したのよね?」


 リンファ達に確認すると、彼女らは間違いないという風に首肯した。そう。それも不可解な点であった。


 犯人からすれば、ここで敢えて警察に発見させるメリットがないように思えるのだ。そんな人の認識に作用するような力を使えるのなら、そのままにしておいた方が絶対に得だろう。これで少なくともこの隠し場所は使えなくなってしまった。


(何か……この場所を放棄せざるを得ない事情があったか。もしくは……誰かが・・・この場所を解放・・した?)


 何か犯人にとって不測の事態が起きた。そう考えるのが一番自然だ。


(でも、一体何が……?)



「あの……警部補? 何か気になる事でも?」


 いつしか自分の想念に沈み込んでいたローラの様子に不安を募らせたリンファの声に、ハッと我に返る。


「ああ、ごめんなさい。何でもないわ。それよりあなた達こそ他に何か気になる事はなかった?」


 ローラが聞き返すと、アマンダが自分の手帳に目を落とす。


「その……丁度今朝から4人の警備員と連絡が取れなくなっているそうです。昨日までは確かにいたそうなんですが……。一応全員の名前と連絡先は控えてあります」


「……! ふむ……他の職員がこの地下室の存在を思い出したのと時を同じくして姿を消した警備員、ね……。間違いなく事件と関係がありそうだけど……」


「どうしましょう、警部補。犯人の一味かも知れませんし、指名手配を掛けましょうか?」


 再び思案するローラにリンファが提言する。普通に考えればそれが最善だろう。だが彼女の予想ではこの事件は普通ではない。ローラはかぶりを振った。


「いえ、ちょっと待って。その前に……」



 ローラは改めて目の前に広がる人骨の山に目をやった。どうしてもこのインパクトのあるオブジェクトに目を奪われがちだが、周囲にある他の背景にも目を向けてみると、この骨の山とは別に近くに大きなチェストのような物が置かれているのが目に付いた。そのチェストには鍵が掛かっているようで、鑑識もまだ開封した様子が無かった。


 この地下室は元々倉庫として使われていたようなので、チェストが置かれていてもそこまで不自然ではない。だがローラは妙にそのチェストが気になった。置かれている位置もちょっと不自然だ。彼女はリンファ達を振り返った。


「ねぇ、誰かここの責任者を呼んできて、あのチェストを開けてもいいかどうか確認して。あるなら鍵も一緒にね。まあもし駄目と言っても、警察の捜査の一環として強引に開けちゃうけど」


「わ、解りました。すぐに確認してきます!」


 リンファとアマンダは跳ぶようにして地上に駆け戻っていく。程なくして館長の許可を取った2人が戻ってきたが、館長はそんなチェストは知らないという事で鍵も持っていないようだった。となると恐らくこのチェストは犯人が持ち込んだ物か。


 館長からは強引に開けても構わないという許可をもらったので、ローラは現場を固めている制服警官達を使って強引にチェストの蓋を開けさせた。すると中には……


「……っ!」


 リンファやアマンダ、それに警官達も息を呑んだ。だがローラは何となくこの光景を予想していた。 


 チェストの中にはやはり沢山の人骨が詰め込まれており、その上に4つの・・・頭蓋骨が並べて安置されていたのだ。4つの頭蓋骨はその虚ろな眼窩を、覗き込んでいる者達にまるで睨み上げるように向けていた。



「け、警部補、これは……!?」


「……予想は付くけどまだ断定は出来ない。この4つの頭蓋骨のDNA鑑定を最優先でお願い」


 頭蓋骨の数は4つ。そして今朝から連絡が取れない警備員の数も4人。この符号は少なくともローラの中では完全に一致していた。だがそれをこの場で説明する訳にはいかない。


 何故ならその警備員達は他の職員によると、昨日まで・・・・確かに居た、話もしたという事だから。


 昨夜まで確かに生きていた4人が、今朝になったら骨になって鍵付きのチェストの中に収められていた。そんな話をこの場でしても正気を疑われるだけだ。


 だからDNA鑑定という動かぬ証拠が必要だ。その証拠さえあれば少なくとも、犯人達がこの4人と入れ替わっていた・・・・・・・・という説明には説得力が出る。



 ローラは鑑識に、頭蓋骨の鑑定指示を出す。指示に従って鑑識が忙しくサンプルの採集を行っていく。


 骨の山もチェストの4人も、火葬や時間経過による白骨化ではなく、それ以外・・・・の方法によって骨になっているのは明らかだったので、DNA鑑定の為のサンプルを採集するのは容易であった。


(……警備員と入れ替わってまでこの場所を根城・・にしていた連中が、何らかの理由でその根城を放棄せざるを得なくなった。入れ替わった警備員達自体も姿を消したとなると……)


 誰かが偽の警備員達を倒して・・・、この場所を覆っていた認識阻害の力を解除して、この被害者達の遺体を発見できるようにした。


 これまでの自身の経験から鑑みると、それが彼女の中で最も納得できる推測であった。そしてこのLAでそんな事が出来る者には……僅かしか・・・・心当たりはない。


(ミラーカなら事前に必ず話があったはず。それに言っては悪いけどミラーカはあれで脳筋・・タイプだし、こういった魔術的な力に余り対応できるように思えない。シグリッドも同じ。となると……モニカかセネム辺りかしら)


 彼女達の仕業とは限らないが、そうでなくとも何らかの手掛かりは得られるかも知れない。この事件がこれで打ち止めなのか、それともまだ始まりに過ぎないのか。それを判断する為にも、警察の捜査とは別に、個人的に彼女らに話を聞いてみた方が良いだろう。


 DNA鑑定を含めて現場検証の結果が出るまではどの道迂闊には動けないので、その間にセネム達に連絡を取ってみようと決心するローラであった。


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