File10:首なし騎士

「ふぅぅぅ……!! 何とかなったな。君達のお陰だ。礼を言わせてもらう」


 ヴァンゲルフの消滅を見届けて、セネムが詰めていた息を吐いた。そして後衛から的確な援護をしてくれた2人を労う。


「いえ、私達は援護しただけです。セネムさんこそお見事でした。まさかヴァンゲルフを仕留める事が出来るとは」


「本当にね……。私達だけだったら、どうにも出来ずにやられてたわね」


 モニカは微笑んで、ゾーイはやや青ざめた表情でそれぞれ答えた。


「終わったの……? 『ゲート』が完全に開いたら、こんな奴が大量に現れるって事よね? それって本物の地獄じゃない!」


 戦闘が終わったのを見越して、離れて見守っていたナターシャが戻ってくる。ヴァンゲルフの剣呑さはしっかり見ていたようで、ビブロスの時よりもより『ゲート』の脅威を実感しているようだ。


「ええ。だからこそ、ここで『ゲート』を封じなくてはなりません。それでは封印に取り掛かりたいと思います。セネムさんは私の背中に手を置いて霊力を貸して下さい。ゾーイさんとナターシャさんは周囲を警戒していて下さい」


 モニカの指示にセネム達が緊張した面持ちで頷いて従おうとした時……



「ほぅ…………まさかたった3人でヴァンゲルフまで倒せるとは思わなかったぞ。流石は『特異点』が集めし戦士達だ」



「「「……っ!?」」」


 全く唐突に聞こえてきた男性の声に、4人は揃って驚きに硬直する。ゾーイやナターシャはともかく、セネムもモニカもこの場に自分たち以外の誰かがいる事を察知できなかったのだ。


 しかも落ち着いた声音もその言葉の内容も、明らかに迷い込んだ一般人のそれではない。


 4人が警戒した目を向ける先……森の木々が作り出す闇の中から、1人の男性が姿を現した。年齢は50歳過ぎくらいの壮年の外見。黒っぽい色のスーツ姿と革靴姿で、まるでどこかの大企業の重役のような雰囲気を醸し出していた。


「……貴様、何者だ?」


 セネムが曲刀を向けて誰何する。男の顔に見覚えは無かったが、只の人間でない事は明らかだ。モニカとゾーイも後ろで臨戦態勢となっている。だが何故かナターシャだけは男の顔を見て、信じられないという風に目を見開いていた。


 男が気障な動作で一礼する。



「お初にお目にかかる。我が名はデュラハーン。人間社会・・・・ではジェームズ・ドレイクと名乗っているがね」



「……っ!」

 彼が名乗った名前にやはりナターシャが大きく反応する。隣にいるゾーイが彼女の様子に気付く。


「ナターシャ、どうしたの? あの男を知っているの?」


「……直接会った事は無いけど、顔と名前は知ってるわ。ジェームズ・ドレイク。私の記憶が確かなら、LAPD……ロサンゼルス市警の本部長・・・のはずよ」


「な……!?」


 ゾーイとモニカだけでなく、セネムまで目の前の相手から目を離してナターシャの方に振り向いてしまう。それほどの衝撃だった。何故ならば……


「馬鹿な……LAPDだと? それはつまりローラの……」


「そう……君達の仲間であり大切な友人でもあるローラ・ギブソン刑事……おっと、今は警部補だったか。彼女の職場のボス・・という事になるな」


「……っ!」

 揶揄するような調子でドレイクがあっさり認める。ゾーイが混乱する。


「ど、どういう事!? LAPDはこの街を守る存在でしょ!? そのトップが何でこんな……」


「予め勘違いのないように言っておくが、この件に関してローラは勿論、他の職員も皆なにも知らんよ。この『ゲート』の事も、私の正体・・についても何も、な」


 ドレイクはかぶりを振ってLAPDの関与自体は否定した。セネムが目を細める。


「つまり貴様は他の職員達を欺いて、LAPDのトップにまんまと収まっていたという訳か。何が目的だ!?」


「それを一々君達に説明する義務はないな。だがこの場に現れた目的なら説明できる。この『ゲート』を君達に閉じさせる訳には行かないのだよ」


 セネムの詰問にドレイクは肩を竦めて薄笑いを浮かべる。そして……彼女らの見ている前で、目を疑う光景が起きた。


 ドレイクが薄笑いを浮かべたまま自分の頭に手を置き、髪を掴んだかと思うと……


「ひっ……!?」


 ゾーイが引き攣ったような悲鳴を漏らす。ドレイクの頭が……取れた・・・。文字通りまるで切り離しが可能な部品のように頭がポロッと取れたのだ。


 そして手で無造作に掴まれたままのその顔が、更に笑みを深くした。


「そう、そう……その表情だ。このパフォーマンス・・・・・・・を見て恐怖に慄くその表情を見るのがいつも楽しいんだ」


「ぬぅ……化け物め!」


 手で自分の生首・・を吊り下げたまま、楽しそうに喋るドレイク。その悪夢のような光景にセネムは毒づいて刀を向ける。



「はははは! さあ、私の真の姿を見せてやろうじゃないか」


 哄笑したドレイクの身体から爆発的な魔力が噴き出し、身体全体が黒い煙か霧のような物質に覆われた。


 そしてその肥大した黒い霧の中から蹄の音・・・を立てながら、何か・・が姿を現した。


「……!!」



 それは端的に言うなら、巨大な馬に跨った首なし騎士であった!



 全身を黒っぽい滑らかな金属の鎧に包んでいるが、その頭部だけはぽっかりと穴が空いたようにがらんどうとなっていた。腰には禍々しい形状の騎士剣を携えている。


 そしてその首なし騎士が跨っている馬もまた頭部が丸々消失していた。その頭部以外の部分には主人と同じような色合いの甲冑を身に纏っていた。


「く、首なし騎士……。さっきデュラハーンって名乗ってたけど、まさか本物・・の……?」


 ナターシャが青白い顔で声を震わせる。魔力を感じられない彼女をして、尋常ではないプレッシャーを感じているようだ。いや、どのみち人間がこんな亡霊のような存在を目の前にしたら恐怖に慄く事は避けられないだろう。


『ふぁはは……当然だろう? そもそも首なし騎士の伝説は、まさにこの私をモチーフにした物なのだからな』


「……っ!」


 首なし騎士が喋った・・。どこから声を出しているのかと疑問が浮かんだが、今はそんな事を気にしている場合ではなさそうだ。何故ならば……



(馬鹿な……何という魔力だ。これはマズいぞ……)


 セネムは厳しい表情で臨戦態勢を続けながらも、内心では冷や汗をかいていた。ビブロスは勿論、先程3人がかりで何とか倒せたヴァンゲルフすら比較にならない圧倒的な魔力だ。


 いや、ヴァンゲルフどころか恐らく以前に市庁舎で戦った霊王イフリートのジョフレイも上回っている。セネムにはそう感じられた。


 それは取りも直さず、今のこの面子では絶対に勝てないという事実を示唆していた。



「……セネムさん。無念ですがここは一旦退却しましょう。何とかローラさん達に知らせずに事を収めたかったのですが、どうもそう言っていられない状況のようです」


 そして当然モニカも同じ結論に達したようだ。このデュラハーンを斃すには、少なくとも【悪徳郷】と戦った時のフルメンバーが必要だ。それでようやくというレベルの怪物だ。


 つまりはローラやミラーカにも協力を要請しなければならないという事だ。彼女らを闇の世界から遠ざけたかったモニカとしては忸怩たる思いだろう。それはセネムにしても同様で、彼女は自らの力の無さを呪った。


 だが彼女の言う通り、もうそんな事を言っていられない状況だ。このまま『ゲート』を放置すれば皆の日常そのものが崩れ去り、それこそこの世界全体が『闇の世界』になってしまうのだ。

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