File9:ゲート攻防戦

 モニカの指示で封印の準備に取り掛かる一行だが……


「むっ!? 皆、気を付けろ! あの『穴』から何か来るぞ!」

「え……!?」


 セネムの警告にゾーイがギョッとしたような目を『穴』に向ける。その直後、『穴』から巨大な2本のが出現した。


「な…………」


 唖然とした声を上げたのは誰だったか。不気味な灰色の皮膚をしたその腕は、長さだけで2メートルはありそうな馬鹿げた大きさであった。腕の長さだけで、である。太さもかなりの物で、筋肉が隆起しているのが見て取れる。


 手には鋭い鉤爪が備わっており、その禍々しい手が『穴』の縁を掴む。そして文字通り穴から這い出るようにして本体・・が姿を現した。


「……っ!」


 『穴』から飛び出たそいつ・・・は、盛大な地響きを立てて湖岸に着陸・・した。



 見た目は3メートルを超える身長の、異様に長い腕を持った猿のようなシルエットの怪物だった。だが似ているのはシルエットだけで、そいつは体毛が一切生えていない、まるで象のような分厚い灰色の皮膚をしていた。


 そしてその頭部は長く尖った耳と、その耳元まで裂けた口、そこから覗く不揃いな長い牙。極めつけに目が顔の中央に一つしか付いていなかった。


 その単眼の巨大な魔人は、長い腕を振り上げて奇怪な唸り声と共にこちらを威嚇してくる。どう見ても敵意全開で戦闘は避けられそうにない。



「これは……ヴァンゲルフ!? 気を付けて下さい! ビブロスよりも上級の悪魔です!」



「だろうな! 来るぞ! ナターシャは下がっていろ!」


 セネムが怒鳴るのとほぼ同時に単眼の魔人――ヴァンゲルフが動いた。その長い腕の片方を限界まで振り上げると、一気に叩きつけてくる。セネムは咄嗟に横っ飛びにその拳を躱すが、その直後に地面が揺れる感触と轟音。


「……!」


 叩きつけられた拳による衝撃で大量の土砂が飛散する。こんな物をまともに喰らったら間違いなく即死だ。


 ヴァンゲルフが追撃してこようとするが、そこにゾーイが砂の槍を投げつけて牽制する。砂の槍は確かに命中したのだが、何とヴァンゲルフの表皮・・に当たって弾けてしまった。馬鹿げた耐久力だ。


「そんな……!」


 ゾーイが愕然と呻くが多少怯ませる効果はあったらしく、セネムが体勢を立て直す時間は得られた。


 ヴァンゲルフが再び腕を振るう。今度は薙ぎ払うような軌道だ。だがセネムは既に距離を取っているので、そのまま振っても当たらないはずだ。彼女が不審に思う暇もあればこそ……


「何……!?」

 セネムは目を瞠った。何とヴァンゲルフの腕が伸びた・・・のだ。ただでさえ長い腕が、自身の背丈よりも長く伸長される。予想外の能力にセネムの反応が遅れて薙ぎ払いを受けそうになるが、


「風の精霊よ!」


 モニカが咄嗟に張り巡らせた防壁がヴァンゲルフの攻撃を受け止める。だが完全には止めきれずに防壁を突き破った腕がセネムに迫る。


 しかし風の防壁は攻撃を止められはしなかったが、その勢いを鈍らせる効果はあり、それによってセネムは辛うじて回避が間に合った。



「済まん、2人共……!」


 セネムは後衛の2人に礼を言ってから曲刀を構え直す。思わぬ醜態を晒してしまったが、もう不覚は取らない。


 セネムが反撃に転じると、ヴァンゲルフは再び腕を振り上げて迎撃してくる。こちらを挟み込むように両腕が左右から迫る。両腕共に伸長させて範囲外から攻撃してくるが、二度も同じ過ちは喰わない。セネムは跳躍する事で腕の薙ぎ払いを躱すと、逆に霊刀でその腕に斬り付けた。


 ゾーイの砂の槍も弾く強固な表皮だが、魔を滅する浄化の力を帯びた霊刀は悪魔の皮膚を切り裂いてダメージを与える事に成功した。


 ヴァンゲルフが苦痛と怒りに叫ぶ。だが巨体と筋肉の硬さに阻まれて深い傷を与える事は出来なかった。


「ぬぅ……何という硬さだ! だが一撃で通らんなら何度でも斬り付けるまでだ!」


 ヴァンゲルフの攻撃を掻い潜りながら、言葉通り何度も霊刀で斬り付けるセネム。ヴァンゲルフの腕は伸びるだけでなく、変幻自在に折れ曲がったりもする為、幾度か危うく攻撃を喰らい掛ける場面があったが、その度にモニカやゾーイが遠距離攻撃で援護してくれて難を逃れた。



 業を煮やしたのかヴァンゲルフが大きく息を吸い込むような動作をした。これまでとは異なる挙動だ。セネムは警戒を強める。


 次の瞬間、ヴァンゲルフが大きく開いた口から大量の煙が放射状に吐き出された。いや、これは煙ではなく……


(これは、蒸気・・……!?)


 ヴァンゲルフが吐き付けたのは、膨大な熱量を伴った蒸気。それが放射状に延びてセネムに迫る。スピードや範囲が広く回避も後退も間に合わない。


 僅かに触れただけでも大火傷は免れない灼熱の気体を、ましてや全身に浴びたら……


「大地の精霊よ!」

「セネムッ!!」


 2人の声。そしてセネムをすっぽりと包み込むように、土と砂・・・の分厚い壁が覆った。


「――――っ!!」


 耳障りな蒸気音と共に、分厚い防壁越しにも肌を炙る凄まじい熱量を感じた。まともに浴びていたら一瞬で焼け死んでいた事だろう。


 セネムは歯を食いしばって必死に熱さに耐えた。蒸気の噴射は数秒間は続いたようだ。音が止んで、土と砂の防壁が崩れるように消滅した。



「……!」


 周囲の景色は一変しており、セネムが立って防壁に覆われていた部分を残して、周囲半径5メートルくらいの範囲の草が根こそぎ焼き散らされて土が露出していた。その剥き出しの土からは熱の残滓である煙が幾筋も上がっている。恐るべき破壊の跡であった。


「セネムさん、今です!」

「む……!」


 だがそれに戦慄している暇はない。あの蒸気攻撃は発動後の隙が大きいらしく、ヴァンゲルフは一時的な硬直状態にあるようだった。絶好のチャンスだ。


「ぬおぉぉぉぉぉっ!!」


 気合と共に跳躍。二振りの曲刀をヴァンゲルフの喉元に食い込ませると、そこから両腕を開くようにして一気に振り切った。


 霊気を帯びた2本の曲刀は、巨人の首を見事刈り取る事に成功した。


 セネムが着地した後も、首を失ったヴァンゲルフの巨体はしばらく出鱈目に腕を振り回していたが、やがて力を失うと地響きを立てながら地面に沈んだ。そしてビブロスと同じようにその身体が蒸発するように消え去っていく。

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