File9:非常識の覚悟

「な、何ですって……他の人狼が? それも、あなたの親戚ですって!?」


 セネムがやってきた日の午後。極めて深刻な様子のジェシカから電話が掛かってきて、相談があるが外では話せない内容だからと家に招く事になった。


 ローラの家まで来るとセネムがいる事に驚いたジェシカだが、彼女との再会を喜びつつもかなり気が急いているらしく、前置き無しで本題に入ってきた。因みにミラーカとセネムも同席している。彼女達にも聞いて欲しいとジェシカ自身が同席を希望したのだ。


「そ、そうなんだよ! あいつ……アタシを逆恨みしてて、マリコ達だけじゃなくお袋まで狙ってるみたいなんだ。このままじゃ皆あいつに殺されちまう! なあ、何とかしてくれよ、ローラさん! アタシはどうしたらいいんだ!」


 切羽詰まった様子のジェシカはなりふり構わずローラに取り縋る。ローラは戸惑いつつも状況を整理しようとジェシカを落ち着かせる。


「お、落ち着いて、ジェシカ。ええと……とりあえず、まずそいつは本当に人狼なのよね?」


「ああ、間違いないよ。腕だけだけど実際に変化させてみせたし。何よりあの匂いと『陰の気』を間違える事なんて絶対ないよ」


「エリオット・マイヤーズ・・・・・、か……。ジェシカ以上の力を持つ人狼。……どうやら複数の『陰の気』の内の一つは判明したわね」


 ミラーカが難しい顔で腕を組む。ローラも頷いて考え込む仕草を取る。


「でも、マズいわね。ジェシカの話からするとそのエリオットは、もうかなり深くジェシカの友達の懐に入り込んでるみたいだし。私達から説得して引き離すのも難しそうね……」


 そもそも何と言って引き離すのか、という話だ。人狼は変身しなければ外見上は人間と全く変わりないのだ。怪物の話などしてもこちらの正気を疑われて、余計に拗れるだけだろう。そうなれば増々相手の思う壺だ。


 同じ理由でジェシカの母親のジーンをどこかに避難させるというのも難しい。彼女は夫や娘の秘密を何も知らないのだから。


「我々の人数も限られている以上、常に彼女の母君や友人達の警護に就き続けるというのも無理があるしな」


 セネムも顔を顰めて唸った。エリオットがいつ牙を剥くつもりなのかも解らない状況で、常に彼女達を見張っているというのはこちら側のヒューマンリソース的に不可能だ。


「そ、そんな……じゃあアタシはあの化け物がマリコ達やお袋を狙ってるって解っていながら何も出来ないのかよ!?」


 ジェシカが叫ぶ。確かに何も出来ない。だが……常識に囚われなければ・・・・・・・・・・出来る事はある。しかし仮にも警察官の立場からそれを口にするのは憚られていたが……



「ジェシカ……もう一度だけ確認するわ。そのエリオットは本当に人狼で、且つあなたを逆恨みして、あなたの家族や友人達を殺そうとしている邪悪な怪物なのね?」


 ミラーカがジェシカの顔をじっと見つめながら静かな口調で問い掛ける。ローラは彼女が自分と同じ事を考えていると察した。


「ミ、ミラーカさん……? あ、ああ、そうだ! 同じ人狼だけど、あいつはアタシとは違う。あいつは……娘のアタシよりもずっと親父に近い・・・・・。もう何人も人を殺して食ってるはずだ。アタシには解るんだ」


 確信を持ったジェシカの言葉を聞いたミラーカは目を閉じた。そして再びゆっくり開いた時には、その目にはある種の決意が宿っていた。


「そういう事なら、確実な解決方法があるわ」


「そ、それは!?」



「簡単よ。こちらから攻撃を仕掛けて、そのエリオットを討伐・・するの。要は今までの魔物達と同じ対処法という訳ね」



「……っ!」

 ジェシカが目を見開いた。しかしミラーカは重ねて問い掛ける。


「勿論あなたにその覚悟があればの話だけど。どうなの? 友人や家族を守る為に、同じ人狼をこちらから襲い掛かって殺す事を許容できるのかしら?」


「…………」


 ジェシカが僅かに顔色を青くして考え込む。そう……ジェシカの抱えている問題を解決するにはこれが最も手早く確実な方法なのだ。友人達の誤解とすれ違いに関してはまた別の問題だが、少なくとも彼女達の命の危機はこれで確実に回避できる。



 ジェシカもそれが解ったのだろう、やがて顔を上げるとはっきりと頷いた。


「ああ……やってやるよ。あいつは自分からアタシに宣戦布告してきたんだ。皆を守る為だったら……アタシはあいつを殺す事に躊躇いなんてないよ」


 断言する彼女の瞳に迷いはなく目も逸らさなかった。ミラーカは神妙に頷いた。


「……よく決断したわ。なら私は……私達はあなたの友人や家族を守る為に全力を尽くすわ」


「うむ、そうだな。君がそこまで覚悟しているなら、その問題解決の為に私も力を尽くすと約束しよう」


 セネムも同意して頷いてくれる。


「ミ、ミラーカさん、セネムさん……あ、ありがとう」


 ジェシカが済まなさと感動の入り混じった表情で目を潤ませる。ミラーカは苦笑しつつローラの方を向いた。


「人狼とはいえ、れっきとしたアメリカ国民には違いないわ。これから意図的に殺人・・を犯す事になるけど……構わないわね?」


「……はぁ。警察官としてはイエスとは言えないけど……私人・・としては、ジェシカの力になりたいのは私だって同じよ。……勿論私も協力するわ」


 相手が法で裁けない邪悪な魔物であるなら、そして大切な仲間を守る為なら殺人・・も辞さない。ローラとてその覚悟はあった。


「ロ、ローラさん……!」


 ジェシカが増々瞳を潤ませて涙を零してしまう。彼女にはこれまでの事件で散々協力してもらってきたのだ。今度はこちらが彼女を助ける番だ。



 方針が決まったローラ達が、いつマリコ達が襲われるか解らないという事もあって、早速今夜にも行動を開始しようと意気込んだ所、再びローラの携帯がそれも立て続けに鳴った。


 見るとヴェロニカと、そしてナターシャからであった。


 それぞれの用件を電話で聞いたローラ達はここに至ってようやく、より大きな何かが自分達を取り巻きつつある事を予感するのであった。


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