File8:もう1人の仲間

 ノースリッジの強盗殺人事件がとりあえず『解決』し、久しぶりの休日を過ごすローラ。仕事の疲れもあって爆睡していて、起きた時は既に正午に近い時間であった。寝ぼけ眼で下着姿のまま、だらしなく欠伸をしてボリボリと頭を掻きながら起きてきたローラは、そこで盛大なサプライズに見舞われる事となった。


「あら、おはよう、ローラ。眠り姫様のお目覚めにしてはちょっと品がないわよ?」


 ダイニングのスツールに腰掛けて頬杖を突きながら苦笑しているのは、同棲している恋人でもある吸血鬼のミラーカだ。彼女の本領は夜だが、日中の時間帯であっても隙の無い妖艶な佇まいは相変わらずだ。


「……!?」

 ローラは思わず驚きに目を瞠った。眠気が一気に吹き飛んだ。といっても勿論ミラーカに揶揄されたからではない。彼女とは既に同棲してそれなりに経つので、同じような状況ややり取りは日常茶飯事で慣れた物だ。


 ローラの目はミラーカではなく、彼女の隣のスツールに座っているもう1人の人物・・・・・・・に向けられていた。ローラが起きてきたのを見て、その女性・・が立ち上がった。


「済まない、ローラ。君はとても気持ちよさそうに眠っていたのだが、ミラーカが構わないと言うので上がらせてもらっていた。その……君の新たな一面が見れて嬉しく思う」


 シックな装いに身を包んだアラブ系・・・・の容姿の女性は、独特の口調で僅かに赤面してローラのあられもない姿から目を逸らしていた。


「セ……セネム・・・?」


「……ああ。久しぶりだな、ローラ。ようやく本国でのゴタゴタを終えて再びアメリカに赴く事が出来た」


「……!」


 唖然としたローラの呟きに頷く女性。それは紛れもなく……かつて『ディザイアシンドローム』事件で共闘した、ローラ達のもう1人の仲間・・である、イラン人女性のセネム・ファラハニであった! 





 

 一気に覚醒したローラは大急ぎでシャワーを浴びて最低限の身支度を整えてから、遅めの朝食を摂りながら再び『仕切り直し』となった。


「おほん! み、見苦しい所を見せたわね。でも気にしないでいいのよ? いつでも歓迎するって言ったのは私なんだから。……改めて良く来てくれたわ、セネム。私達は勿論、ジェシカ達も喜ぶと思うわ」


「ありがとう、ローラ。これから宜しく頼む」


 互いに握手を交わすローラとセネム。既にミラーカとは再会の挨拶を交わしていたらしい。


「でも来てくれた事は嬉しいけど、あなたの組織・・の方は大丈夫なの? まあ、大丈夫だから来てくれたんでしょうけど」


 ローラが少し心配げに確認するとセネムは微苦笑して頷いた。


「ああ、心配ない。まあ、一年近く掛かってようやくという感じだがな。宗教的にも色々としがらみの多い頭の固い組織でな。そのせいで半年ほど前にこの街で大変な事件が起きていたというのに力になれずに済まなかった」


 頭を下げるセネムにローラは慌てて手を振る。


「そんな……いいのよ、セネム。私にはイスラム教の世界は解らないけど、それでも女性であるあなたが自由に動く許可を得る為に相当の労力と時間が必要だった事は想像が付くわ。こうして本当に再び来てくれただけで充分ありがたいし嬉しいわ」


「ロ、ローラ……。ありがとう。そう言ってくれると気が楽になる」


 セネムは『ペルシア聖戦士団』という秘密結社に属しているが、かつて自分達の教圏から持ち出された魔法のランプから現れた邪霊が暴れているというのに、被害を受けるのがキリスト教圏なら放っておけとセネム1人の派遣すら渋った頑迷で排他的な組織だ。


 しかもイスラム教の背景を反映して女性の立場はかなり低いようで、キリスト教圏のアメリカ、ましてや邪霊とも関係ない魔物の調査に赴く事を納得させるのは極めて困難であっただろう事は想像に難くない。




 再会の挨拶を済ませたセネムは表情を引き締める。


「それで、ローラ。君が起きる前にミラーカとも話していたんだが、今この街全体を嫌な気が覆っているように感じるんだ。これは間違いなく邪悪な……魔物・・の気配だ」


「……!」


「だが奇妙な事に何か特定の魔物というよりも、性質の異なる邪気が複数混ざり合っているような……何とも不快で不可解な魔力なのだ。お陰で大まかな発生源すら特定できない状態だ。だがこの街で再び何か良からぬ邪悪が蠢いているのは間違いなさそうだ」


「性質の異なる邪気……?」


 勿論心当たりのないローラは眉根を寄せる。そこにミラーカが口添えしてきた。


「まだ確証がある訳じゃないからあなたには言ってなかったんだけど、実は私もあの『シューティングスター』の事件が終わった辺りから、この街全体に漂う妙な気配の『陰の気』を感じるようになっていたのよ」


「ミラーカも?」


 ローラが驚いて見やると、ミラーカは憂いを帯びた表情で頷いた。



「ええ……こんな『陰の気』は初めてだったから戸惑っていたんだけど、セネムと話していて確信したわ。あれは複数の種類の異なる魔物の『陰の気』が混ざり合った気配だったのだと。そしてそれを前提として思い返してみると……それらの『陰の気』はどれも私が、いえ、私達が過去に対峙した魔物達・・・・・・・・・・に極めて近い性質を持っている事に気付いたの」 



「……っ!」


 過去に対峙した魔物という言葉にローラは目を見開いた。何故なら……直近で非常に心当たりのある体験をしたから。


 仕事の忙しさや疲れ、ミラーカと予定が合わなかった事などから保留となっていた問題を、いい機会なのでここでミラーカとセネムに相談する事にした。


「ごめんなさい、ミラーカ。私もあなたに相談しようと思っててそのままだったんだけど……実は私が担当していたノースリッジの強盗殺人事件。あれ、犯人は〈信徒〉だったのよ」


「〈信徒〉? あの『バイツァ・ダスト』……メネスに洗脳された戦闘員の?」


「そう、その〈信徒〉よ。それも複数」


「……それってあの事件で討ち漏らした生き残りじゃなくて?」


「私も一瞬そう思ったんだけど、あれから1年以上経ってるし、何よりあの〈信徒〉は誰か主人がいて、その主人が私を所望・・してると言っていた。残党にしては変よ」


「…………」


 考え込むミラーカに代わってセネムが発言する。


「君達が過去に対峙した存在と、現在この街を取り巻く邪気は明らかに無関係ではないな。君達さえ良ければ早速明日からでも独自に邪気の発生源の調査を始めたいと思うのだが、構わないか?」


 セネムの実力なら何かあっても自力で切り抜けられるだろうし、魔力や霊力を感知できる彼女に探ってもらえば何か手がかりを掴めるかも知れない。ミラーカが頷いた。


「そうね。考えても解らない事は自分の足で調べるのが一番ね。私もセネムとは別口でこの『陰の気』を探ってみるわ。捜索の網を広げて調べた方が何かに引っ掛かる可能性も上がるし」


 ミラーカの言う事も尤もだ。2人は実力も確かだし安心して実地調査を任せられる。



「解ったわ。ありがとう、2人とも。でも言うまでも無いけど、くれぐれも気を付けてね? 私も警察の情報で何か手がかりがないか探してみるわ」


 ローラも担当していた事件が『解決』したばかりで若干余裕があるので、この件に関しての調査を優先できる。


 ほぼフリーランスの個人事業に近いエスコートのミラーカは勿論、何とイランでの本職はファッションモデルだというセネムも、前回と違って長期滞在できる就業ビザを取ってアメリカに来ているらしく、既にLAの小さなローカルモデル事務所と契約を結んでおり、これもほぼフリーランスに近い形で時間の融通はかなり利くらしい。


 彼女の本職を聞いて驚くローラ達にセネムは、「まあ宗教上の理由で肌の露出が出来ないので、仕事はある程度限定されてしまうのだがな」と、若干照れくさそうに頬を掻いていた。


 しかし近年は色んなファッション雑誌でイスラム女性のファッション特集が組まれる事があり、注目度が上がっている影響で需要はそれなりにあるらしい。




 こうしてとりあえずの方針を定めたローラ達。本当はセネムの歓迎会を開きたい所だったが、街に不穏な怪物達が跋扈しているかも知れない状況でやる事でもないだろうと、この件が解決するまでお預けとなった。


 翌日から早速調査を開始しようと意気込んでいた3人であったが、それは意外な形で中止される事となった。正確には調査するまでも無く手がかりが向こうからやって来たのだ。それも仲間達がトラブルに巻き込まれるという最悪の形で……。


 こちらが能動的な対処を開始する前に発生した受動的なトラブルの数々。それが『敵』の作戦であり、先手・・を取られたとローラ達が気付くのはもうしばらく後の事となる。

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