File10:トライアングル作戦
今ローラの部屋には、新たな客人であるヴェロニカとナターシャの2人を加えて総勢で6人の女性が、リビングに集まって深刻な表情で向かい合って腰掛けていた。彼女らの前にはティーカップに入った紅茶が湯気を立てているが、誰も口を付けていない。
「
ローラが溜息を吐いてかぶりを振った。ナターシャが頷いた。
「ええ……他にも怪物が現れていたのは意外だったけど、私の方は間違いないわ。奴等は……確かにあの『ディープ・ワン』や『エーリアル』に連なる怪物達よ」
「……!」
その忌まわしい名前に過去の死闘の記憶を刺激され、セネム以外の面々が慄く。
「わ、私の方も、あの男は自分でシャイターンだと名乗っていました。マリードの名前も口にしていたし、何より公園でジャーンの集団に襲われたんです!」
ヴェロニカも必死に訴えると、セネムが苦い顔になった。
「シャイターンか……。まだ生き残りがいたとはな。それはあの時、市庁舎から逃げた連中とは違うのだろう?」
「はい。自分は市議や市の職員ではないと言っていましたし、そもそも容姿が違いました。それに背中から飛び出した虫翅や飛翔能力も初めて見る物でした」
「むぅ……」
セネムは増々表情を厳しくして唸る。他にも
「あいつは私の友人のカロリーナを連れ去ったんです! お願いです、皆さん! 彼女の救出の為に皆さんの力を貸して下さい!」
「……勿論今はジェシカとヴェロニカのケースを優先すべきだと思うけど、あの海と空の怪物達も既に多くの人間を殺していて、放置していれば更に被害が拡大してしまう事も忘れないで。しかも奴等は何故か徒党を組んでる」
ナターシャが優先順位を見定めつつも忠告してくる。単体でも脅威であろう怪物が徒党を組んでいるとなれば、その脅威度は跳ね上がる。しかも奴等は現在進行系で多くの人間たちを殺めているのだ。警察が当てにならない以上、ローラ達が介入しないとその被害の拡大を止める手段がない。
「そいつらに加えてジェシカの元に現れた人狼……。私がここ最近感じていた『陰の気』の正体は間違いなくそいつらね」
ミラーカが確信を得たような口調で呟く。
「そう、ね。それに私が襲われた〈信徒〉の事も考えると、『バイツァ・ダスト』に関連した怪物も潜んでいる可能性が高いわ」
ローラもまた深刻な口調で頷いた。過去に戦った怪物達の残滓とも言える存在が、同じタイミングで次々とローラや仲間達の前に姿を現し始めた。ここまで条件が揃えば最早偶然とは言えないだろう。
「皆、解ってると思うけど……多分偶然じゃないわよ、これ。一斉に行動を起こし始めた事といい、この怪物達には何らかの繋がりがあると見た方が自然よ」
ナターシャがここにいる皆が思っている事を代弁した。
「ええ……それも恐らく連中を取りまとめている『リーダー格』の魔物がいるわね。種類の異なる邪悪な魔物同士が手を組んでいるとしたら他に考えられないわ」
自らも魔物であるが故にミラーカにはその確信があるようだった。
「リーダー格……そいつがあのエリオットを送り込んできたって事なのか?」
「どうかしらね? この『陰の気』の性質から判断して、これまでのケースのように完全な主従関係ではないみたいだから、恐らくあなたの前に現れた事自体はそのエリオット自身の意思である可能性が高いわ」
「…………」
ミラーカの推測にジェシカが再び黙り込んでしまう。彼女も出来れば同じ人狼が本心から自分を憎んでいるなどとは思いたくなかったのだろう。だが現実は非情だ。
暗い雰囲気になり掛けるが、そこでローラが手を叩いた。
「まあ今ここで敵の正体をあれこれ考えても推測以上の物ではないわ。それより今は優先すべき事柄がある。現実に被害を及ぼしている怪物への対処、そして実際に近しい人達が危険な目に遭っているジェシカとヴェロニカのトラブルへの対策を考えましょう」
「ロ、ローラさん……すみません」
ヴェロニカが心苦しそうな表情になる。だがジェシカもそうだが、ヴェロニカもまたこれまでの事件で色々助けてくれたのだ。その彼女が困っているなら、その対処を優先するのは当然の事だ。
「うむ、そうだな。まずは目に見えている脅威に対処していくとしよう。しかし具体的にはどうするのだ? 連中は同時多発的に行動を開始しているようだ。一丸となって対処していたのでは間に合わんぞ?」
セネムの言うことにも一理ある。ジェシカの件に対処している内に、ヴェロニカの友人が危険に晒される事になる。勿論その逆も然りだ。ならばやむを得ない。
「ええ、解っているわ。なのでこちらも三手に分かれましょう。ジェシカの件、ヴェロニカの件、そしてストーン・キャニオン湖の怪物達への抑えね」
ジェシカとヴェロニカの件は言うまでもないが、ストーン・キャニオン湖の怪物達もナターシャの言うように現在進行形で被害が出続けている以上放置は出来ない。
「それは尤もだけど、誰がどの件に当たるの?」
「……まず報告を持ってきてくれた3人は、当然それぞれの件に当たってもらうわ。そして……ジェシカの所には私が行く。ヴェロニカにはミラーカ、ナターシャにはセネムが付いて頂戴」
ナターシャの質問にローラは、短い思考の末に割り振りを決めた。魔の気配を探るのはミラーカにもセネムにも出来るが、ヴェロニカの友人を連れ去ったシャイターンは飛行能力を持っているらしいので、その追跡にはミラーカの方が適任だろう。
ストーン・キャニオン湖の怪物達は倒す必要はないが(勿論可能であれば倒すが)、その抑えには高い白兵戦能力が要求される可能性が高いので、ローラよりはセネムの方が適任だ。
そしてジェシカの件は色々とデリケートな問題も含んでいるので、現職の警察官という立場のローラが行った方がいいだろう。もしエリオットと戦闘になった場合でも、ジェシカが相手の足止めをしている間に
「あ、ああ……ありがとう! ありがとう! 恩に着るよ、ローラさん!」
「いいのよ、ジェシカ。必ずあなたの友達を助けましょう」
担当する事になったジェシカが感動したように詰め寄ってくる。
「なるほど、納得の采配ね。了解したわ。じゃあ私はヴェロニカの件に当たらせてもらうわ」
「よ、宜しくお願いします、ミラーカさん!」
ミラーカとヴェロニカの組も意気込んでいる。
「ごめんなさいね、セネム。私は案内するだけになってしまうけど……」
「いや、構わない、ナターシャ。直接戦うのは私達の役目だ。これも適材適所という物。遠慮なく頼って欲しい」
セネムとナターシャの組も意思疎通に問題はないようだ。
こうして割り振りが決定したローラ達は、いよいよ実際の作戦に動き出す。だが彼女らは知らない。この三手に分かれるという行動自体が、既に『敵』の計画の内であったという事に……
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