File17:『地球人』の逆襲

 そして深夜11時40分……。工場外の入り口付近で青い光が瞬いた! 同時に人の悲鳴。そして精鋭部隊の応戦する銃撃音が建物内まで轟いてきた!


「来たようだね……!」

「ひ、ひぃっ!?」


 ニックの視線と声が鋭くなる。ブリジットは無様な悲鳴を上げる。プライスラー局長が駆け寄ってくる。


「ニック! 作戦通りに行くぞ! 裏口にうちで一番速い車をスタンバイさせてある!」


「了解! さあ、ブリジット! 行くよ!」


 ニックが震えているブリジットの手を取る。クレアも銃撃音に負けないように怒鳴る。


「ニック! どうか無事で!」

「ああ! 君もね!」


 正面を突破されたら、クレア達は極力抵抗しないように消極的な足止めにだけ努める予定だ。恐らく『シューティングスター』は逃げるターゲットの追跡を優先すると思われるが、それでも全く危険が無い訳ではない。


 恋人同士の男女は互いを気遣うと、後は振り返らずにそれぞれの役目に注力する。



 後ろで間断ない銃撃音や怒号、悲鳴が轟く中、ニックはブリジットの手を引っ張りながら走って裏口から外に出る。そこには既に後部座席のドアを開けた状態で、一台の乗用車がスタンバイしていた。周りには武装した精鋭部隊が5、6人いる。


「さあ、早く! 俺達が足止めする!」

「済まないね!」


 部隊員に促されてニックとブリジットは車の後部座席に飛び込む。ドアを閉めた瞬間、


「行くぞっ!」


 運転手役の局員がアクセルを全開に踏み込んで車を発進させた。後輪から摩擦熱で煙が上がる勢いでエンジンをふかした車は、猛烈な速度で夜の大通りに飛び出していった。


 事前の交通誘導のお陰で余計なトラブルもなく街を抜けた車は、一路サンティアゴキャニオンを突っ切る一本道を走り続けた。LA都市圏の灯りが後方にどんどん遠ざかっていく。




「……だ、大丈夫よね? 私、助かったのよね?」


 ブリジットがリアウィンドとニックの顔を交互に見ながら、縋るような眼差しと口調で確認してくる。


「…………」

 ニックはそれには答えず腕時計を見る。11時50分。襲撃開始から既に10分が経過している。FBIの部隊が上手く足止めできたのだろうか。後10分逃げ切ればこちらの勝ちだ。


「追ってきてる様子はないな。少しスピードを落とすぞ。この夜道をこのスピードで走り続けて、何か事故でも起こしては適わん」


 運転手の局員がそう言って若干速度を緩めた。それでも時速120キロ程の速度ではあったが。


(さて、どうなるかな。奴の持っている個人用の移動手段にもよるだろうけど……正直余り楽観は出来ないかな? 念の為、招集・・を掛けておいて正解だったか)


 ニックがそこまで考えた時だった。


「お、おい! あれを見ろ!」

「……!」


 運転手がバックミラーを見ながら驚愕している。ニックとブリジットはほぼ同時に振り返り、双方ともにやはり驚愕して目を見開いた。


「な……」



 後方から凄まじい速度で、発光する銀色の塊が飛んできていた・・・・・・・。比喩的な表現ではない。文字通り空を飛んでいるのだ。地面から10フィート(約3メートル)程の高さを低空飛行している。



 よく見ると空を飛ぶ『シューティングスター』の背中から何か筒状の器官が飛び出していて、そこからまるでジェット噴射のように青白いエネルギーのような物が噴き出している。


 あのエネルギーを推進力として空を飛んでいるらしい。恐ろしい速度で迫ってくる。運転手が再び限界までアクセルを踏み込んで速度を上げているが、彼我の距離は縮まる一方だ。間違いなく時速300キロ程はあるだろう。


「い、嫌……嫌ぁっ! 来ないで! 助けて! 助けてぇっ!!」


 ブリジットが半狂乱になって喚いている。ニックはそれには構わずに窓を開けると、身を乗り出して銃を構えた。そして迫ってくる『シューティングスター』に向けて連続して発砲する。


 だがやはりというか、命中したにも関わらず『シューティングスター』の速度は一切落ちない。足止めにすらならないらしい。


 充分距離を詰めた『シューティングスター』が、飛行しながら右腕をあの光線銃に変形させてこちらに向けてきた。


「……っ! まずい!!」


 ニックは咄嗟にブリジットを抱えると、後部座席のドアを蹴り開けて彼女を抱えたまま車の外に飛び出した。直後に『シューティングスター』の光線銃から粒子ビームが放たれた!



 閃光。そして耳をつんざく爆音。



 ビームの衝撃で後部から浮き上がった車は走っていた勢いも相まって、冗談のような高さまで舞い上がった。そして縦方向に一回転しながら、屋根から地面に落下した。


 運転席や座席が跡形もない程に押し潰されて、そのままスピンしながら道路から転げ落ちた車は間髪を入れずに爆発して炎に包まれた。当然運転手は即死だろう。


 直前に車から飛び降りていたニックは、ブリジットを抱えたまま何度も地面を回転しながらようやく制止した。ブリジットは軽い打ち身以外に怪我はなく無事だったが、余りの恐怖と衝撃で気絶してしまっていた。




「やれやれ……やはりこうなるか。まだ奴を甘く見ていたという事か」


 ブリジットを地面に寝かせて立ち上がったニックは、振り返り様に苦笑した。彼の視線の先では『シューティングスター』が道路に降り立ち、歩きながらこちらに近付いてきていた。


 あの移動手段は想定外であった。鬼ごっこはこちらの負けだ。最早この怪物から逃れる術はない。タイムリミットまでまだ5分程はある。完全に詰みだ。


 そう……通常・・であれば。



(『シューティングスター』……。地球にいるのが無力な獲物ばかりじゃないって事を教えてあげるよ)



 ブリジットが気絶したのは好都合だ。ニックは自らの魔力を全開にした。玲瓏な面貌が見る影もなく崩れ、醜いミイラの姿へと変化する。〈従者〉の能力だ。


『……?』


 『シューティングスター』が戸惑ったように一瞬その歩みを止める。その一瞬の隙を突いてニックは強烈な踏み込みで『シューティングスター』に肉薄する。既に右手からは鋭利な剣が突き出していた。


 どちらかというと接近しての肉弾戦の方が有利に戦える事は、警察署でリンファが実証してくれていた。


『ふんっ!』

『……!』


 懐に飛び込んだニックは右手の剣を一閃する。『シューティングスター』は咄嗟に飛び退って回避した。間髪入れずに距離を詰めるニック。


 『シューティングスター』は自らもあのブレードを取り出して応戦してきた。魔力を帯びた剣と異星の技術で精製されたブレードが打ち合う。


 ニックは腕越しに凄まじい衝撃を感じたが、右手の剣は何とか折れる事無く持ち堪えてくれた。そのまま恐ろしい速度で何合か打ち合う。その度に耳障りな異音が鳴り響く。



 『シューティングスター』の動きは警察署でリンファとやり合っていた時とは比較にならない速さだ。やはりあの時は遊びだったのだ。どうやら姿が変わり人間とは比較にならない速さ、強さで歯向かってくるニックに対して多少の脅威を感じたらしい。あの時よりも本気の度合いが強い。


(ち……遠距離よりは与しやすいといっても、やはり格闘戦能力も相当だね。このまま打ち合うのは厳しいか……?)


 ニックの予想を裏付けるように、彼の右手の剣に徐々にヒビが入り始める。そして相手の振り下ろしを受け止めた際に、遂に完全に砕け散った。


『……ちっ!』


 ニックは咄嗟に後ろに下がって、左手から砂の弾丸を撃ち込んで牽制する。だが『シューティングスター』は被弾しながらも強引に距離を詰めてブレードを薙ぎ払ってきた。


『……!』


 敵のブレードは狙い過たず、ニックの丁度下腹の辺りを横方向に両断した。人間であれば間違いなく即死だ。だが……


『うおっと……!』

『……!?』


 輪切りにされた胴体の傷口部分が砂になって、瞬く間に元通りに癒合した。ニックは咄嗟に【コア】の位置を安全な場所に移動させて難を逃れたのだ。


(でも一瞬肝が冷えたよ。【コア】のある辺りを薙いできたのは偶然か?) 


 『シューティングスター』はニックが瞬時に再生・・した事に驚いている様子なので偶然と思いたい所だが。



 だがやはりというか、ニックの分が悪いようだ。それも当然だろう。『シューティングスター』はこれまでLAを騒がせてきた人外の怪物達の首魁並みの強さの持ち主だ。メネス本人ならともかく、あくまでその〈従者〉の力を受け継いでいるだけのニックに勝ち目は無い。


 あくまでヴラドの眷属に過ぎないミラーカが単身では今までの怪物達に敵わなかったのと同じ理屈だ。しかし彼女はそのいずれの戦いにも結果として勝利してきている。それは何故か。理由は様々だが、最も大きな要因としては……



(単身では敵わない。でも勝てたのは、彼女には仲間・・がいたから……!)



 ――その瞬間風切り音と共に大量の『刃』が、『シューティングスター』の元に殺到した!


『……!!』


 『シューティングスター』は反射的にブレードを振って『刃』を弾いた。ブレードで弾けない分は飛び退って躱す。



 ――ギィエェェェェェッ!!



 奇怪な叫び声と共に闇夜の空を割るようにして現れたのはニックの同胞の1人、鳥人の『末弟』だ。



 その姿に驚いたらしい『シューティングスター』が咄嗟に光線銃を使おうと右腕を掲げるが、


『……ッ!?』


 その右腕に何か巨大な生き物がかぶり付いた! 攻撃を阻害された『シューティングスター』が身体ごと大きく腕を振ってその生き物を振り払う。生き物は素早い身のこなしで地面に着地する。



 ニックの可愛いペットである半魚半獣の怪物フォルネウスだ。



 『シューティングスター』が今度はフォルネウスに対してESP能力を使おうと左手を掲げるが、その間にも上空から『末弟』の『刃』が降り注いでその対処を余儀なくされる。


 業を煮やした『シューティングスター』は大きく後方へ飛び退って距離を取ると、その隙に光線銃を使おうとする。だがそこに……


「グルルルルルルゥッ!!!」


 今度は灰色の大きな生物が唸りを上げながら飛び掛かってきた!


(おお、あれは……!)


 スカウト・・・・の指示は出していたものの、ニックも直に会うのは初めてだった。どうやらジョン達は上手くやってくれたようだ。



 その灰色っぽい体毛の狼男・・は、鋭い鉤爪を振り回して『シューティングスター』に叩きつける。



 銃を使おうとしていたタイミングで対処が間に合わなかった『シューティングスター』は、カギ爪の一撃をまともに喰らった。


『……ッ!』

 リンファの攻撃を喰らったのとは訳が違う。紛う事無き本物の人外による全力の一撃は、『シューティングスター』のアーマーを貫通して、多少とはいえ本体・・にダメージを与える事に成功した!


 そして『シューティングスター』が態勢を立て直すより前に更なる駄目押しが……


 ――ビュッ! ビュッ! ビュッ! ビュッ!


 耳障りな羽音と共に、上空から迫って来た何かが液体のような物を噴射した。『シューティングスター』が躱すとその液体は道路に付着し、アスファルトをグズグズに溶かしてしまった!



 上空にホバリング飛行している蝿人間……霊魔シャイターンのムスタファから放たれた溶解液だ。



「おらっ!!」

『……!』


 溶解液を躱した『シューティングスター』に黒い皮膜翼を広げた影が突進し、サーベルを横薙ぎに振るう。吸血鬼のジョンだ。


 『シューティングスター』はブレードでその一撃を受け止めるが、その間にも他の同志達・・・が次々と連携して攻撃を仕掛ける。


 一対一であれば確実に勝てるだろう相手も、これだけの数が揃い、尚且つ連携して攻撃してくるとなると話は別だ。流石の『シューティングスター』も反撃の糸口が掴めず防戦一方になる。そうこうしている内に……



 ――ピピピピピピッ!



『……!』

 ニックの携帯からけたたましい電子音が鳴り響いた。午前0時を過ぎた合図だ。ブリジットは相変わらず気を失ったまま寝ている。『シューティングスター』が初めて予告殺人に失敗した瞬間であった。


『……ッ!!』

 『シューティングスター』も何らかのタイマーを用いていたらしく、明らかに動揺したように身体を震わせた。ニックはこのタイミングを逃さず声を張り上げる。


『たった今、午前0時を過ぎた! 君の予告は失敗だ。君にも矜持という物があるなら、これ以上の続行はズル・・にしかならないと解っているはずだ。それでも尚続けるというなら、僕等も全力で抵抗させて貰うよ?』


 奴がこちらの言語を解する事は判っている。ニックの勧告の間、【悪徳郷カコトピア】のメンバー達は臨戦態勢を解かずに『シューティングスター』と睨み合う。


『…………』


 それを見て取った『シューティングスター』は一歩二歩と後ろに下がり……背中からあの筒状の器官を展開すると、再び宙に浮き上がった。そしてLAの方角に向かって猛スピードで飛び去って行った。



 奴が素直に去った理由は勿論予告殺人に失敗したというのもあるが、こちらの戦力とのぶつかり合いを厭うたという面も大きいはずだ。あのまま続けていれば『シューティングスター』を倒せていた可能性もあるとニックは判断していた。


 予想以上の素晴らしい成果だ。『シューティングスター』の強さはヴラドやメネスに匹敵する可能性が高い。それ程の相手に優勢に闘い、撃退する事に成功したのだ。


 間違いなく【悪徳郷】の総合的な戦力は、これまでの怪物達に勝るとも劣らない物だ。

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