File16:9人目のターゲット

 そして日は過ぎ、『シューティングスター』の次のターゲットが指名・・された。今回のターゲットはハリウッドの女優で、若干23歳でアカデミー主演女優賞にノミネートされた期待のホープ、ブリジット・ラングトンだ。


「う、嘘よ……こんなの悪夢だわ。私はまだこれからなのに……次は絶対主演女優賞を受賞するのよ! こんなの理不尽だわ! 私が一体何をしたって言うのよ!」



 FBIのLA支局。保護されたブリジットは、我が身に降りかかった災厄を嘆く。そんな彼女に近付くのはニックだ。


「ミス・ラングトン。今回の警備担当を任されましたFBIのニコラス・ジュリアーニです。どうぞニックと呼んでください」


 気障な調子で一礼し、ブリジットの手の甲に口づけまでするニック。そしてお茶目な感じでウィンクすると、ブリジットは毒気を抜かれたように唖然として、それから僅かに頬を赤らめる。


「あ、あら……あなたが担当なの? ふぅん……割といい男ね。FBIも気が利いてるじゃない」


「お褒めに預かり恐悦至極です。どうです? お近づきの印にバーでご一緒しながら、女優としての苦労話などをお聞かせ……」


 ブリジットの反応に脈あり・・・と見て取ったニックが調子に乗ってナンパしようとしていると、ツカツカと勢いよく歩いてくる足音が。


「ニック? これからすぐに・・・作戦会議よ? という訳でラングトンさん、失礼しますね?」


 現れたのはニックの悪い癖が出たのを見計らってやってきたクレアであった。有無を言わさぬ強引さでニックを引っ張っていく。後には唖然としたブリジットが残されていた。


「おお、クレア! 君はいつも強引だね!」


「ニック……死を間近に宣告されたターゲットをナンパするとか正気!? 不謹慎にも程があるわよ。あなたのせいでFBIにいらぬ風評被害が立ったらどうしてくれるの?」


 ニックを会議室に引っ張りながらクレアが毒づく。勿論それも理由だが、単純にニックが他の、それも若く美人でセレブリティな女性に粉を掛けるのを見るのが嫌だったのが大きい。


「おお、クレア! 心配しなくとも、あれは彼女の緊張を解きほぐす為の社交辞令さ! 君が止めに来る事も見越した上での、ね」


「……! はぁ……もういいわ」


 クレアは溜息を吐いた。そうこうしている内に会議室の前まで着いていた。部屋には既にプライスラー局長を始め、他の捜査官達も揃っているはずだ。




 作戦会議ではクレアは徹底してLAPDを物ともせず甚大な被害を与えた『シューティングスター』の脅威度を強調。ターゲットの護衛に軍隊を要請するように提案したが、何とかFBIの管轄で決着をつけたい局長は難色を示した。この辺りは所轄の警察と変わりはないという訳だ。


 しかし正直FBIでも『シューティングスター』に勝てる保証は全く無い。さりとて軍の力は借りたくない。会議が暗礁に乗り上げそうになった時、それまで黙っていたニックが発言した。



「正面からぶつかればLAPDの二の舞です。なのでここは……徹底的に逃げて・・・みましょう」



「は? に、逃げる? だが奴はターゲットがLAから出ようとした途端、予告を無視して殺害するんだろう?」


 局長が訝しんだように応じる。5人目のターゲットのモートン上院議員がそれによって予告外の殺害を受けた。LAPDの作戦会議でもそれはリスクが高いからと却下されたはずだ。だがニックはかぶりを振った。


「事前に避難するのではありません。奴の『狩り』が始まった瞬間に逃げるんです。要は奴と鬼ごっこ・・・・をする訳ですね。勿論こちらは足止め、妨害、何でもありです」


「……!」



 ニックの作戦を要約すると、偽装・・としてどこかの建物を使ってFBIの精鋭で固めて要塞化する。勿論単に偽装という訳では無く、実際にブリジットもそこにいてもらう。そしていざ『シューティングスター』の襲撃が始まったら、攻撃されているのと反対方向からブリジットを連れて一目散に車で逃げだす。


 FBIの部隊は『シューティングスター』を倒す必要はなく、あくまで足止めや妨害に終始する。そしてブリジットを乗せた車は、予告の0時を過ぎるまでひたすら逃げ続けるという作戦だ。



「予告時刻を過ぎてしまった場合に奴がどうするのかの実例が現在の所ありませんのでそこは願望になりますが……もしかしたら諦めてくれるかも知れません。ターゲットを無事に守り切ったとなればFBIの名声は確実に高まります。そうなったらあとは陸軍にでも丸投げしてやれば良いのです」



「…………」


 会議室が一瞬静まり返る。確かにクレアが言っていた通り、LAPDが受けた被害の事を考えれば、まともにぶつかってもこちらが受ける被害は甚大な物になってしまう。その上でむざむざターゲットを殺され『シューティングスター』にも逃げられましたとなれば、それこそLAPDの二の舞でFBIの威信は地に墜ちる。


 どうせ勝てないのであればニックが提案した通り、奴を倒すのではなくあくまでターゲットの安全を重視して守り切る事を優先する。


 確かに予告を外された場合に奴が諦める可能性は充分ある。この方法ならFBIの被害も最小限に抑えられる。そしてFBIにはターゲットを守り切ったという実績・・が残される事になる。


 素早く損得勘定を計算した局長の決断は早かった。ニックの案は直ちに採用され、実行に移される事となった。




*****




 そして犯行予告当日。ギリギリLA都市圏から出ない範囲で、オレンジ郡の郊外にある大きな工場を借り切ったFBIはここに精製部隊を配置して守りを固めていた。敢えて正面入り口の防備を厚くして『シューティングスター』の出現地点を誘導する。そして奴が防衛部隊と交戦を始めたら、すばやく裏口に待機させてある車にブリジットを避難させ、そのまま大通りを抜けて街の外へ出て、サンティアゴキャニオンを伸びる一本道をひたすら全速力で逃げ続ける。0時を過ぎて奴が諦めてくれればこちらの勝ちだ。それが作戦の概要だ。


 『シューティングスター』の最大移動速度がどの程度か解らないのが不安要素だが、ターゲットを守るという点に限って言えばこれが最もベターな作戦であるのは確かだった。



「ね、ねえ、ちょっと……。本当に大丈夫なのよね? 0時を過ぎたらあいつは諦めるのよね? そうなのよね?」


 工場の真ん中で守られているブリジットが、不安を隠せない様子で隣にいるニックに詰め寄っている。ニックは彼女を安心させるように微笑みながら頷く。


「勿論だよ、ミス・ブリジット。0時を過ぎてしまえば、奴の予告殺人自体意味を為さなくなるからね。奴にゲーマー・・・・としてのプライドという物があるなら、一度逃した獲物を諦め悪く追ってきたりはしないはずだ」


「そ、そう……そうよね!」


 ブリジットが無理やり自分を納得させて頷いている。近くに一緒にいたクレアはニックに声を掛ける。


「ニック……今更だけど、くれぐれも気を付けてね?」


 ニックはブリジットの直接の避難誘導・・・・係となっていた。彼女を車まで避難させ、一緒に車に乗り込んで『シューティングスター』が諦めるまで彼女を警護する。


 クレアも勿論志願しようとしたのだが、ニックによって却下されてしまった。避難誘導係はターゲットの間近にいるだけあって、直接の危険に晒される可能性が高いからだ。


「安心して、クレア。必ず奴から逃げ切ってみせるさ」


 おどけたように走る真似をするニック。クレアは少しも安心できなかったが、これ以上ゴネたところで状況が良くなる訳でもない。後はニックを信じる他なかった。

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