File1:未知の痕跡

「これで7人目だ! しかも被害者は皆このLAに居を構える著名人ばかり! 更にご丁寧にわざわざ予告までしてから殺している! これは犯人からのこのロサンゼルス市警に対する挑戦だ! 警察の威信に賭けてこの愉快犯が次の犯行に乗り出す前に何としても逮捕するのだ! いや、抵抗するなら射殺しても構わん! 解ったな!?」


 LAPD。件の予告殺人事件の捜査本部。ローラとリンファを含む、居並ぶ署員達の前で口から泡を飛ばしているのは……ネルソン警部。


 普段は捜査を部下に任せきりで表に出てくる事は滅多にないこの警部が張り切っている理由は、ジョンに言わせると「まあこれだけエリート層にも関心が高い事件だからな。そういったお偉方に名前を売る絶好のチャンスとでも思ってるんじゃないかね。エーリアル事件の二の舞で却って評判落とさなきゃいいがね」との事だった。



「せ、先輩。本当に警部の指揮で大丈夫でなんでしょうかね?」 


 同じ不安を抱いたのか、リンファが顔を寄せて小声で話しかけてくる。ローラも正直同じ気持ちではあったが、不安を煽っても仕方ないので肩を竦めておく。


「まあ何とかなるでしょ。相手はギャングの集団も物ともしない『コマンドー』みたいな奴らしいけど、武器を使ってるしあくまで人間でしょう? なら大丈夫よ」


 少なくとも吸血鬼だのミイラ男だのランプの精霊だの、常識外れな連中ではないのだ。それらと渡り合ってきたローラからすれば、どれだけ凶悪でも人間の犯罪者など何程の事もない。


 とはいえ勿論銃で撃たれたりする危険はあるので決して油断はしないが。


「そ、そうですよね。先輩だったらどんな怪物だって目じゃないですよね!」


 リンファが納得したように明るい表情になる。


(……何か微妙に引っ掛かるけど、まあ安心してくれたならいいか)


 若干釈然としないものを感じながらも、ローラは捜査に向けて気持ちを切り替えていった。



****



 LA検視局。日々多くの事件性のある遺体の検視が行われている場所だが、この日はいつにも増して忙しく職員達は目の前の仕事に忙殺されて駆けずり回っていた。


 つい先日コンプトンで発生した女性弁護士殺害事件の検視が行われていた為だ。直接的な被害者であるジェニファー・カヴァナー以外にも、事件に巻き込まれた大量のギャング達の死体も運び込まれていたのだ。


 コンプトン自体は郡保安局の管轄だが、この殺人犯……通称『シューティングスター』はLA市内で予告殺人を繰り返しており、今回の被害者ジェニファーもLA市民である為、この事件自体ロサンゼルス市警の管轄という事で、本部長と保安官の間で既に話が付いているらしい。


 となれば誰も面倒な大量の検視などやりたがらないもの。同一犯による被害者なのだからという事で、半ば押し付けられるような形で他のギャング達の遺体もLA検視局の方で預かる事になってしまったのだ。



「全く……ただ抗争で死んだだけのギャングなら、わざわざ検視するまでもなかったものを……。こんな事態は俺も初めてだよ」


 検視局を訪れたローラとリンファに対してそうボヤくのは、ローラの顔見知りの検視官であるロバート・タウンゼントだ。彼等の前には冷たい金属の台の上に横たわるジェニファーの無残な遺体があった。その横にはもう1人、ギャングと思しき男の遺体も並べられていた。


「文句なら本部長か殺人犯に言って頂戴。とりあえずその2人の検視は大体終わってるんでしょう? 報告を聞かせて」


 刑事と検視官では等しく死体に慣れているといってもその意味合いが違う。ローラは無残な死体の前で不謹慎な世間話に長々と付き合う気はなかった。ロバートは苦笑して肩を竦める。


「ふん、相変わらずだな。まあいい。ある程度は聞いていると思うが、被害者はジェニファー・カヴァナー。ダウンタウンに事務所を構えていた弁護士だ」


「私と同年代くらいよね? それでダウンタウンに事務所を?」


 随分優秀だったらしい。綺麗なままの顔を見るとかなり整っているので、容姿にも恵まれていたようだ。いわゆる才色兼備という奴だろうか。ロバートがかぶりを振った。


「ああ、まあ、優秀ではあったんだろうが、この若さで独立できていたのにはちょっとしたカラクリがあったようだな。それがこのギャング達が大量に巻き込まれて死んだ事と関連しているんだが」


 そう言って並んで横たわっているギャングの死体を示す。


「死んだのは新興ギャング『クエルボ』のメンバー達だ。こいつはそのリーダー、ペドロ・コルンガだ」


 その名前にリンファが反応した。


「『クエルボ』……聞いた事あります。最近急激に名前を上げていたメキシコ系のギャングで、メンバーの殆どは殺人の前科がある凶悪なギャングらしいです。でも凶悪ギャングの割には法の網の目を潜る事に長けた狡猾さが特徴で、法制度に詳しい優秀なブレーンがいるんじゃないかって噂でしたが……」


 リンファだけでなくローラの目も再びジェニファーの遺体に向く。ロバートが頷いた。


「ま、そういう事だ。若手美人弁護士さんの成功の裏には、凶悪なギャングから多額の顧問料・・・があったって訳だな」


「……自分が『シューティングスター』のターゲットになった事を知った彼女は、繋がりのあったギャング達に護衛・・を頼んだのね」


 だがその護衛も虚しく彼女は結局『シューティングスター』の餌食となってしまった。そしてローラ達にとってはここからが本題・・だ。


「ギャング達は応戦していたのよね? なのに犯人は悉くそれを返り討ちにしてターゲットの抹殺を果たした……。犯人は本当に1人だったの?」


 アクション映画の主人公じゃあるまいし、1人でそんな事が出来るとしたら人間業ではない。考えられるのは犯人は単独ではなくグループによる犯行だったというものだ。それなら一応の説明は付く。だがロバートはかぶりを振った。


「現場検証の結果、ヤード一帯に落ちていた薬莢は全てギャング達が持っていた銃の物と一致した。それ以外の薬莢は一切確認できなかった。夜中にグループで派手な銃撃戦しながら、警察が来るまでの間に自分達が撃った薬莢を見分けて残らず回収したっていうなら話は別だがね」


「……!」


 現実的に考えてそんな事は不可能だろう。暗視スコープとスナイパーライフルで一人ずつ狙撃して殺したというならまだしも、ギャング達は全員応戦した末に正面・・から撃ち殺されていたのだから。


 単身で多数のギャング達の抵抗を物ともせずに短時間で返り討ちにして全滅させてしまう……。そんな事が出来る者は……いる事はいる・・・・・・


 これまでローラが相対してきた怪物達がまさにそうだ。ヴラド、『ルーガルー』、『ディープ・ワン』、『エーリアル』、そしてメネスやジョフレイなどだ。彼等なら恐らく殺害方法・・・・はそれぞれ異なるものの、結果だけ見れば同じような戦果・・を上げる事は可能だっただろう。


(でも……まさか、あり得ないわ……!)


 でないとまた彼等に匹敵する怪物がLAに出現したという事になってしまう。『シューティングスター』はあくまで強力な武器を持った人間の犯人。もしくは複数の犯人グループ。必死でそう自分に言い聞かせた。



「まあ、ここまではほんの前置き・・・。ここからが本当に不可解な点だ」


 ロバートはやや勿体付けながらジェニファーとコルンガの死体の上に被さっていたシートを取り払った。


「……っ!?」


 ローラとリンファは揃って目を剥いた。2人の胴体には直径が10インチはありそうな巨大な穴が穿たれていたのだ。銃創などというレベルではない。大口径のスナイパーライフルやローラの持つデザートイーグルで撃ったとしても、こんな傷(穴)が出来る事はありえない。


(しかもこの傷……?)


 ローラは奇妙な点に気付いた。


「……綺麗すぎる・・・・・わね」


「え?」

 リンファが怪訝な顔を向ける。傷の大きさにばかり気を取られてそれには気付いていないようだ。ロバートが頷いた。


「見てすぐに気付くとは流石だな。そう。断面が綺麗すぎるんだよ、この穴。どんな高性能のライフルと弾薬で貫通したってこんなに綺麗な断面にはならない。必ず貫通した部分以外にも周囲の組織を灼いて傷つける。極めつけはこいつだ」


 ロバートはそう言って近くの台の上に置いてあったカゴから何かを取り出した。衣装のようだがやはり綺麗な丸い穴が開いていた。


「コルンガ着ていた防弾ベスト・・・・・だ。SWATで正式採用されてる代物だ。まあ横流しだろうが」


 かつて自分も薬品の横流しをしていたロバートはバツが悪そうに一回咳払いしてから続ける。


「そんな純正品の防弾ベストもお構いなしに貫通してる。それもやはり丸定規で切り取ったかのように綺麗にな」


「……!」


 防弾ベストごと人体を貫く謎の武器。コンプトンの銃撃戦では、付近の住民が迸る謎の光を何度も目撃している。そして光が瞬く度にギャングの悲鳴が上がったという証言も。


(解らない……。『シューティングスター』の正体は一体何なの?)


 刑事としてだけでなく数多の怪物達と戦ってきた経験から考えても、全く推測が付かなかった。



 調べれば調べる程『シューティングスター』が尋常な存在ではないという証拠が揃っていく事に、ローラは暗澹たる気持ちを抑えられなかった……

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