File2:クリストファー・ソレンソン

 FBIのLA支局。連邦政府直属の機関として全国から様々な犯罪の情報が寄せられ、州を跨いだ犯罪の捜査や調停に多くの捜査官が日々忙しく出入りするこの施設に、今日は特に珍しい客人を迎えていた。


「ニック、クレア。こちらはNRO国家偵察局のソレンソン氏だ。君達に話を聞きたいとの事で指名があった」


 局長室に呼ばれたクレアとニック。出向くとそこには局長のプライスラーだけでなく、もう1人客人と思われる男性が応接用のソファに腰掛けていた。



「クリストファー・ソレンソンだ。足労を掛けて済まない。クリスと呼んで欲しい」



 局長の紹介に客人――クリスは立ち上がって手を差し出してきた。


「ほぅ、NROとは……。ニコラス・ジュリアーニです。僕もニックと呼んで下さい」


 ニックが先に握手に応じる。握手するとクリスが妙な表情をした。ニックは肩を竦めて微笑んだ。


「申し訳ない。末端冷え性なもので」


 そう言ってすぐに手を引っ込めた。続いてクレアも握手を交わす。


「クレア・アッカーマンです。NROの方からご指名とは、ある意味光栄と思うべきでしょうか?」



 NRO……国家偵察局は主に航空宇宙技術・・・・・・に関連した軍事情報を扱う諜報機関で、それだけでなくアメリカの国家安全保障に関する全般的な情報収集も担っているらしい。


 らしいというのは、実はクレア達もその具体的な活動内容を詳しくは知らないのである。同じ連邦政府の職員にすらその活動が完全には公にされていないかなり秘匿性の高い組織であり、その全容の多くは未だ謎に包まれているのだ。



「私から君達に個別に話を聞きたいとなれば、何の事かは想像が付くのではないか?」


 そんな秘密諜報機関の職員であるクリスはしかし意外な程若く、30前後ほどと思われた。だがその若さに似つかわしくない感情の欠落したような抑揚のない口調は、ある意味で諜報機関の役人に相応しい物だったかも知れない。


「ふむ……確かにね。ここ最近の間でLAに頻発している一連の凶悪事件・・・・に関する事かな?」


 クリスと向かい合ってソファに腰掛けると、ニックが芝居がかった動作で顎を撫でながら発言した。クリスは首肯した。


「そう……このLAで国家安全保障上、極めて重大な事件が頻発している事に当局も関心を寄せている。君達は特にそれらの超常犯罪・・・・事件への関与が深いと聞いたのでね。報告書は既に目を通させてもらったが、それだけでなく君達の口から直に意見や考察を聞きたくてね」


「なるほど、理に適ってはいるね。確かにこの支局に立ち寄った理由はそれだろうね。でも……LA・・に来た理由は別にあるんじゃないかな?」


「……!」


 意味ありげな口調のニックの言葉に、クリスの眉がピクッと上がる。


「ほぅ……それは根拠があっての言葉か?」


「勿論。タイミング的に考えてもNROが関心を持っているのは、今LAを騒がせている新たな殺人鬼……『シューティングスター』に対してだ。君達は『シューティングスター』の正体に関して、ある程度の情報と推測は得ているんじゃないかな?」


「……!」

 再度クリスの眉が動く。


「でも完全な確証は得ていない。だから君のような若手・・を1人寄こしただけ。さながら様子見って所かな?」


「…………」


 一時、部屋を沈黙が支配した。クレアは相変わらずのニックの頭の回転の速さに舌を巻いていた。というかニックがあの自己陶酔型の殺人鬼に関心を持っているとは意外だった。『シューティングスター』はまだFBIの方でも取り沙汰されてはいなかった。



 しばらく黙っていたクリスだが、やがて小刻みに肩を震わせて低く笑った。


「くく、なるほど。変人・・だが大層な切れ者という話は本当だったようだ。仰る通りだ。NROは確かに『シューティングスター』に関心を持っている。FBIになら話しても構わんが、我々は『シューティングスター』の事件に……地球外生命体・・・・・・の関与を疑っている」


「な…………」


 唖然とした反応を返したのは、この場ではクレアだけだった。男達は皆平静なままだ。局長は事前に聞いていたのかも知れないが、ニックはどうやらそれさえ予測していたようだ。


「ま、待って。地球外生命体? それってつまり……?」


「つまり異星人・・・という事だよ、クレア」


「な……ほ、本気で言ってるの、ニック?」


 彼等の正気を疑うクレアだが、すると何故かニックが可笑しそうに笑った。


「ははは、クレア。他ならない君がそんな事を言うとは意外だね? 僕達は……君はこれまでに何を見てきた? 今更地球外生命体と聞いて驚くほどの事かい?」


「……!」

 クレアは目を見開いた。そう言われてみれば、吸血鬼や狼男を始めとしてミイラ男や神獣、ついこの間などはランプの精霊ときた。確かにそれらの科学で解明できない存在に比べたら、この広大な宇宙により文明の発達した異星人が存在するという話は、はるかに納得できるものではある。



 クリスが咳払いした。


「おほん! まあそういう訳で、『シューティングスター』の件に関しては目下調査中だ。彼の言う通り本部もまだ確証は得ていないので、今回はむしろ私の方から本部に申し出てこの任務に志願したのだ。私が単身なのはそれが理由だ」


「ほう? それはまた何故?」


 ニックが興味深そうな様子になった。


「最初に言った通りだ。このLAで連続して起きている事件が注目を集めているのも本当だ。更に言うなら今回の『シューティングスター』自体、今までの一連の超常犯罪事件と何らかの繋がりがあるのではと睨んでいるのだ」


「……っ!」

 クレアが息を呑んだ。もしこの『シューティングスター』が本当に異星人が……つまり人外の存在が関わっている事件なら、もしかしたらローラ達の言う『黒幕』が絡んでいるのかも知れない。


 だとするならこれまでの事件とも繋がりがあるという考えは、あながち的外れでもなくなる。 


(でも何故……? 『黒幕』の存在はローラ達しか知らないはずなのに)


 クレアの疑問が聞こえた訳でもないだろうが、ニックが目線を鋭くする。


「ふむ……実に興味深い考えだね。今までの事件が全て繋がっている……。君がそう考える根拠は何だい?」


「根拠……か。一連の超常犯罪事件の中で最初の……『サッカー』だったか? あれから直近の『ディザイアシンドローム』事件に至るまで全ての事件において、中心的に関与・・・・・・している人物の事が気になってね。果たして彼女・・が毎回関わっているのは偶然なのかな?」


「……ッ!」

(まさか……ローラの事!?)


 動揺が顔に出てしまったのか、クレアの顔色を見たクリスが低く笑って頷く。


「恐らく君の予想通りだよ。DIA国防情報局から得た情報に実に興味深い、懐かしい・・・・名前があるのを見てしまってね。ローラ・ギブソン……。これは運命・・だと思って、この任務に志願したのさ」


 微妙に熱に浮かされたように語るクリスの様子はどこか尋常でないものを感じさせて、クレアは若干気圧された。


「な、懐かしい? あなたは彼女と……ローラと面識があるの?」


 するとクリスは再びあの暗く低い笑いを上げた。



「面識もなにも、高校時代に彼女とは交際・・していたんだよ。不幸な行き違い・・・・・・・があってその時は別れる事になったがね」



「な……」


 今はミラーカだけでなくジェシカやヴェロニカとも恋人関係・・・・にあるローラはてっきりゲイだと思っていたが、高校時代に男性と交際していたというのは初耳だった。


(ん……? 初耳? 本当にそうだったかしら? 何か……どこかで高校時代の交際について聞いたような覚えが……)


 何となくそんな記憶があるが、どこで聞いたのか、また詳しい内容もおぼろげで思い出せなかった。するとニックが口を押えてクックック……と笑いを押し殺す。


「ああ、なるほど。君の名前……クリストファーだったね? なるほど、高校時代にローラと付き合っていたというのは嘘ではないようだね」


「え、ニック? 何か知ってるの?」


 クレアは混乱した。何故ローラに関して自分が知らない事をニックが知っているのだろう。この思い出せない微かな記憶に関係しているのだろうか。しかしニックは面白そうにウィンクしただけで答えてくれなかった。



「……彼女から私の事を聞いているのか?」


 クリスがニックの様子に意外そうな表情となる。ニックは肩を竦める。


「ああ、まあね。君の名前と、高校時代に交際していたという事など・・をね」


「……ふん、まあいい。とにかくそういう訳だから今までの事件の聴取、そして『シューティングスター』事件への捜査に君達も協力してもらう事になる。これはもうこちらのプライスラー局長の許可も得ている事だ」


 クリスの言葉に局長が頷いた。


「NROが出張ってきているとなれば、地球外生命体の可能性も否定は出来ん。ここは彼に協力して便宜を図ってくれ。これは決定事項だ」


 どうやらクレア達に拒否権はないらしい。ただクリスが本当にローラと過去に交際していて、今もまた関心を抱いているのだとすればクレアも見過ごす事は出来ないので、渡りに船ではあった。


 ニックはもしかしたら異星人とコンタクトできるかも知れないという事で大いに好奇心を刺激されたらしく、勿論異存は無いようだ。


 こうして思わぬ成り行きで、FBIの『シューティングスター』事件への関与が決定した。

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