File16:ペルシア聖戦士団

 とりあえず2人に平謝りした後、彼女らに交代でシャワーを浴びてもらって、その間に部屋を掃除してしまう。2人が身体を洗い終わってようやく人心地ついた所で、リビングに集まって説明会・・・となった。


 まずはこちらの事情を明かすという意味で、ミラーカが500年の時を生きる吸血鬼である事。他にも人外の力を振るう仲間がいる事。彼女らと協力して、今までロサンゼルスに現れた様々な闇の怪物達と戦ってきた事などをセネムに説明した。



「ヴァ、吸血鬼ヴァンパイアだと……? それに他にもそんな魔物共が……」


 セネムはまじまじとミラーカを見つめた。ミラーカは、彼女にしては少し挑戦的な表情で薄っすらと微笑んだ。


「ええ、その通りよ。あなたの言う所の『邪悪な魔物』という訳。あなた、何やら私達にとって不快・・な力を使うみたいだけど、魔物は人間の敵だから一匹残らず問答無用で退治するってクチかしら?」


 揶揄するようなミラーカの言葉に、セネムは難しい顔で考え込んでいたが、やがてゆっくりと顔を上げた。


「……見くびるな。私が……私達が対処するのはあくまで『人に害をなす邪悪な魔物』だ。お前は今までこのローラを助けて他の邪悪な魔物と戦ってきたのだろう? そしてローラがお前を危険ではない、邪悪ではないというなら私はそれを信じる」


「セ、セネム、ありがとう……」 


 ローラが若干感動して礼を言うと、彼女は苦笑しながらかぶりを振った。


「まあ、尤も……結社・・の他の連中もその限りだという保証は無いがな」


「結社?」


「うむ。今度は私が答える番だな。本来一般の人間には秘匿されているが、あなたは命の恩人だし、私も信用の証として素性を明かそう」


 そう言うとセネムは居住まいを正した。



「……私は【ペルシア聖戦士団】という、一種の超法規的組織に所属している」



「ペルシア聖戦士団?」


 随分と時代掛かった、仰々しい名称だ。ローラがそんな事を思うと、ミラーカが口を挟んできた。


「名前は初耳だけど、噂なら聞いた事があるわね。国境や学派の垣根も飛び越えて、イスラム諸国全体を監視する秘密結社が存在していると……」


 セネムは少し顔をしかめる。


「物知りだな? 500年生きているというのは伊達ではないようだ。尤も、監視・・というと少々語弊があるがな。確かに見張ってはいるが、我々が見張るものは人ではなく魔の存在・・・・だ」


「……!」

 ローラが息を呑む。


「特に今のイスラム諸国は内戦や政情不安で揺れる国が多く、人心は大いに乱れている。魔の存在はそういった人々の弱った心や荒んだ心、そして内戦やテロで無念の内に亡くなった人々の怨念などを吸収して、次々と発生、肥大化していく。放置すれば人の世に更なる災いをもたらす存在となるだろう。そうした魔の者共を人知れず退治、浄化するのが我等の使命なのだ」


「へぇ、それは凄いわね。じゃあシリアやアフガニスタンなんかの危険地帯にも当然出向くのよねぇ?」


 ミラーカの質問に、今度はセネムが挑戦的な表情になって頷く。


「勿論だとも。このアメリカに制圧された当時のイラクにだって赴いたぞ? ああいう情勢ほど魔物が活性化しやすいのだからな。我等が武技を磨くのは魔物との戦いは勿論、そうした内戦の勃発している危険地帯に赴く事態を想定しての事でもあるのだ」


「……!」

 ミラーカは若干目を見開いて、それから面白くなさそうな表情で顔を逸らした。どうやら出会い方と初対面での印象が最悪だった事もあって、お互いに嫌い合っているが、ローラが間に入る事で仕方なく付き合っているという感じだ。


 ローラは嘆息した。自分自身の馬鹿さ加減が招いた事態なので窘める資格もない。リンファとジェシカもそうだったが、時間が解決してくれるのを待つしかないだろう。


「結社の詳細な構成や人員までは教えられないが、私のような霊力を持った『聖戦士』が他にも多数所属しているとだけ言っておこう。尤も大半は男性であり、私のような女性の戦士は極めて少数ではあるがな」


 ローラの見た所、セネムの実力はミラーカにも匹敵するものだった。彼女と同じような力を持った人々が他にも大勢いる……。それは人間としては喜ぶべき事なのかも知れない。だが……


「……ふぅん。でもそんな御大層な『聖戦士』様達が大勢いるのに、この街の明らかな闇に対してあなた一人しか寄こさなかった理由は何? 市長の部下一体に苦戦するあなただけで、首魁である市長を倒せるとは思えないけど?」


「ちょ、ちょっと、ミラーカ……」


 ローラが注意しかけるが、セネムは自嘲気味にかぶりを振ってそれを制止した。


「いや、いいんだ、ローラ。彼女の言っている事は事実だ。しかも例え私一人でも正式に派遣されたのならまだ良かった・・・・・・のだがな」


「……え?」


「先程、彼女が言っていただろう。結社はイスラム諸国・・・・・・全体を監視している存在だと」


「え、ええ……それが?」


 ローラは目を瞬かせるが、ミラーカの方はセネムの事情を察したようだ。不快気な表情になる。


「ふん……つまり、異教徒・・・が何百人死のうがどうでもいい、という訳ね?」


「……!?」

 ローラは思わずミラーカの方を振り向いたが、セネムは恥じ入るような表情で頷いた。


「ああ……それどころか、魔物が活性化してクリスチャン達がその被害を被るのならむしろ歓迎すべき事ではないのか、とすら言われたよ」


「な…………」


 絶句するローラ。だがミラーカにはそれ程驚きはないようだ。ただ不快そうに口を引き結んでいる。


「……私は、というより女は、結社での立場は下も下だ。結社の方針に関与する権限は一切与えられていない。明らかな邪悪が存在していると解っていながら、私にはどうする事も出来なかった」


「セネム……」


 ローラは同情的に呟く。正義感の強いセネムには耐えがたい精神的苦痛だった事だろう。


「でもあなたは行動した。アメリカに来たのはあなたの独断・・ね?」


 ミラーカの確認。彼女には既に確信があるようだ。案の定セネムが再び頷く。


「それも肯定だ。クルアーンの教えは素晴らしいものだが、私はそれを価値観の異なる人々にまで強要しようとは思わない。人によって心の拠り所は異なるはずだ。またそうあるべきだ。非ムスリムの人々を異教徒などと呼ばわって、嫌悪、排斥する考えが、幼い時からどうしても理解できなかった」


「…………」


「魔物の被害を受ける人々にムスリムもクリスチャンもない。そう訴えたが誰にも聞き入れられなかったよ。だから今私がここにいるのは……結社とは関係ない私個人の意思によるものだ」


 断言するセネム。組織の命令で派遣されていて活動資金不足で首が回らなくなるなどあり得ない話だろう。彼女が資金に不安を抱えていたのは、それが彼女の全財産であり、それ以上支給される事も無かったからだったのだ。



「……あなたの事情は理解したわ。良く……来てくれたわ。少なくとも私とリンファはあなたによって命を救われた。それはあなたの分け隔てない考え方と行動力のお陰よ。本当に……ありがとう」


「ロ、ローラ……」


 セネムの手を取って本心から感謝を示すローラ。セネムは若干目を潤ませる。ミラーカも渋々といった様子で頷く。


「……そうね。少なくともあなたはローラを救ってくれた。それだけでも私にとっても恩人よ。不本意だけど……認めるわ。あなたは偏見なく高潔で決断力もある素晴らしい女性だわ。そして……優秀な戦士でもあるわね」


 ミラーカはそう言ってセネムに手を差し出す。セネムは一瞬信じられない物を見るような目でその手を見つめたが……やがてしっかりとその手を握った。


「うむ、私も……『邪悪な魔物』などと言って斬りかかった事を謝罪する。少なくともあなたは、あの霊魔シャイターン共などとは全く違う。これまでローラを助けて幾多の魔物と戦ってきたその決断と実績に、敬意を表する」


 魔物とそれを狩る者。対極の立場にいる2人の女が、互いを認め合って握手を交わした。ローラはその光景に感動すると共に、心底からホッとしていた。


 やはり2人共大人の女性であり、器の大きい心の持ち主だった。ローラが気を揉むまでもなく、和解し、認め合ってくれた。その事にローラは嬉しくなった。


「おほん! そ、それじゃあ、そろそろ本題・・に入らない?」


 ミラーカが彼女にしては珍しく、ちょっと恥ずかし気な表情で咳払いして促してきた。


 本題。


 そうだ。ある意味ではその為にセネムを家まで招いたのである。ローラは気持ちを切り替えた。



「セネム。そんな事情で私達は怪物に対して無知無力という訳じゃないの。そして私の前には何故か怪物達が次々と現れる……。今世間を騒がせている『ディザイアシンドローム』にも既に命を狙われ、無関係ではないわ。私達は暫定的にジョフレイ市長を『敵』と認定して、それを討伐・・する方法を探していた所なの。私達の戦いにあなたも協力して欲しいのよ。持っている情報も含めてね。どうかしら?」



「うむ、そうだな。そういう事情であれば、私も力を貸す事はやぶさかではない」


 セネムは躊躇う事無く頷いてくれた。ローラは礼を言ってから、まず自分達のこれまでの経緯を伝えた。といっても大筋は既にセネムも把握しているようではあったが。

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