File15:出会いは最悪で

「さあ、ここよ。どうぞ上がって頂戴」

「う、うむ。失礼する」


 ローラは玄関の鍵を開けてセネムを中に招き入れる。ミラーカは不在のようだ。まだエスコートの仕事が終わっていないのだろう。


「……落ち着いた、良い内装だな」


「ふふ、ありがとう。あそこの部屋が客間よ。荷物は自由に置いてもらっていいわ。普段からそんなに使ってないから散らかってはいないと思うけど」


 リビングと隣接している部屋のドアを指差す。セネムは礼を言って客間に荷物を運びこむ。といってもそれ程量がある訳では無く、殆どが着替えの類いであった。後は宗教関連の道具くらいか。何か大きい書物を取り出してサイドテーブルに置いていた。いわゆるコーラン(クルアーン)のようだ。


(……私も寝室に聖書が置いてあるけど……大丈夫よね?)


 ついそんな事を思ってしまうローラであった。


 因みにあの廃倉庫にはレンタカーで来ていたらしく、そこに予備の衣服も用意してあり、今の彼女は元の落ち着いた服装の女性に戻っていた。


 リンファを病院に送り届けた後、セネムは(経費節約の為)レンタカーを返却し、ローラの車に相乗りしてアパートまでやって来たのだ。


「適当に座ってて。何か出すわ」

「あ、ああ。ありがとう」


 再び礼を言って、ソファに腰掛けるセネム。室内という事でスカーフも外している。程なくしてローラが紅茶とお菓子を持ってリビングに戻ってきた。自分の分の紅茶もある。


「……私は戒律上飲まないだけで、別にあなたがお酒を飲む分には構わないぞ?」


「え? ……ああ、別に遠慮してる訳じゃないのよ。今日は色々あって疲れたから、お酒を飲んだら多分寝ちゃうと思うし。この後紹介したい人もやって来るし、私が酔っ払っていたくないだけだから気にしないで」


 笑いながらティーセットを差し出すローラ。


「あの時も言っていたな? 一体誰なのだ? 私の事をそのまま紹介してしまって問題ないのか?」


「それも大丈夫よ。彼女・・とは一種のルームメイトみたいな物だから、余程の事情が無ければ互いの決めた事に干渉しない約束なのよ」


「い、いや、私が言っているのはそういう意味ではなく、私が来た経緯・・をどう説明するのだ?」


「ああ……」


 セネムが何を懸念しているか理解できた。ローラにとっては当たり前の事過ぎて失念していた。自然と口の端が笑みの形に吊り上がる。


「ロ、ローラ?」


「ふふふ、そうね。それは見てのお楽しみ・・・・・・・としておきましょうか?」


「……?」

 セネムは首を傾げるが、ローラは悪戯っぽい笑みを浮かべたまま詳細を話そうとしなかった。



 その後はお互いに他愛のない雑談をしながら過ごした。主にローラの方がイスラム社会のしくみやしきたりに興味を持って色々質問をして、セネムがそれに答えるという形ではあったが。肝心な部分・・・・・はミラーカが来てからにしようと考え、踏み込まなかった。



 30分程そんな時間が続いた後……



「……っ!?」

 セネムが急に目を険しくして玄関の方を振り向いた。そして片膝立ちの姿勢になると、ローラを庇うような位置取りで油断なく身構える。


「セ、セネム? 急にどうしたの?」


「ローラ、出来るだけ下がっていてくれ! 詳細は解らないが……玄関の向こうに魔の気配・・・・を感じる……。かなり強力だ。質は異なる・・・・・が、先程の霊魔シャイターンにも劣らぬ強さの気配だ」


 一切余裕のない表情のセネムは真剣そのものだ。ローラは一瞬呆気に取られたものの、シャイターンではないと言われて、すぐに真相・・に気付いた。そしてセネムのこの反応を予測しなかった事を悔いた。勿体ぶらずに事前に教えておけば良かったのだ。


「あ、違うのよ、セネム。彼女は――」


 ローラが慌てて説明しようとしたが、その前に玄関のドアが開いてしまった。


「ふぅ、ただいま、ローラ。遅く――」


「――邪悪な魔物め! 覚悟っ!!」


「――ッ!?」


 ローラが止める間もなく事態は一瞬で動いた。いつの間にかセネムの右手には曲刀が握られていた。そしてそれを振りかざして、玄関に入ってきたミラーカ目掛けて一直線に突進したのだ!


 先手必勝という事だろうか、既に曲刀はあの白い光に覆われていた。ローラは青ざめた。あれ・・に斬られたら、ミラーカと云えども只では済まない!


「ミラーカ、逃げてぇっ!!」

「ローラッ!?」


 ミラーカは何が何だか解らないまま、それでも魔物としての生存本能が働いたのか、突進してくるセネムとその手に握られた光り輝く曲刀を見て咄嗟に脅威・・と判断したらしく、その斬撃を紙一重で回避する事に成功した。


 しかし狭い玄関だ。すぐに背中が壁にぶつかってしまう。


「ふっ!」


 そこにセネムが容赦なく追撃で下から斬り上げてくる。


「く……!」


 ミラーカは辛うじて反応が間に合い、斬撃が己に届く前にセネムの手首を掴み取って制止する。


 そのまま吸血鬼の握力でセネムの手首を握り潰そうとする。しかしセネムの方も大きく息を吸い込んで、気合を発するような動作を取る。もしかしたらあの閃光を使う気かも知れない。あの密着した体勢で使われたらミラーカがどうなるか解らない。


 このままでは完全な殺し合いだ。ミラーカがセネムの手首を握り潰そうとする、セネムが閃光を発しようとする、その瞬間――




「2人共、やめてぇぇぇぇぇーーーっ!!!」





 ――バシャアァァン!!




「「……ッ!!?」」


 水をぶっかけられた・・・・・・・・・ミラーカとセネムが、同時に硬直する。互いの攻撃動作が中断された。



「「……ローラ?」」



 そして期せずして2人の声が綺麗にハモった。彼女らが振り向いた先では、大きな空の花瓶・・・・を手に肩で息をしているローラの姿があった。床には水と共に、花瓶に飾られていた花が散乱していた。


「……ごめんなさい、2人共。これは全部私のせいだわ。全部説明するから……お願い、一旦落ち着いて」


「…………」


 ミラーカとセネムはずぶ濡れのままそれでも相手を油断なく見据えていたが、やがて何かがおかしい事に気付いたらしく、どちらともなく身体を離した。


「……ローラ。一つだけ確認させてくれ。この魔物はあなたの知り合いなのか?」


「ええ、そう。彼女は味方よ、セネム」


 ローラは誤解の余地なくしっかりと首肯した。


「ローラ、何がどうなってるのか、説明してもらえるわよね?」


「ええ、勿論よ、ミラーカ」


 やはりしっかりと頷くローラ。そこでようやく2人の身体から闘気が消えた。それを確認してローラはホゥッと安堵の溜息を吐いたのだった。

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