File33:道案内は吸血鬼!?

「ふぅ……まあ、初めての実戦だし、こんな物かな?」


 既に呼吸が必要なくなっているにも関わらず、人間だった・・・・・時の癖で一息つくような動作をするニック。戦闘が終わったのを確認してジョンが近付いてくる。


「ふん、なるほど。確かに奴等と同じ力を得たようだな。あのミイラの姿にもなれるのか?」


「ん? ああ、それなら……」


 振り返ったニックは一瞬で目や皮膚がボロボロに乾燥し鼻が削げ落ちた醜いミイラの姿に変わった。同時に『陰の気』が膨れ上がる。


「……!」


『この醜い姿と飲食に対する欲求の変化・・が、力を手に入れた代償という事だね』


 そうしてニックはすぐに元の人間の姿に戻った。


「ま、僕も君と同じだ。力を手に入れたといっても、まだあのカーミラに挑むのは少々リスクが大きい。しばらくは大人しくしていて、力を磨きつつ機会・・を窺う事になるかな」


「……今のお前と俺の2人掛かりなら倒せそうな気もするが」


 ジョンが逸る心のままにそう言うと、ニックは苦笑した様子だった。


「気持ちは解るけど焦りは禁物だよ。確かに個体能力だけで見るなら、今の僕等は単体でもカーミラを上回っているかも知れない。ましてや2人掛かりならば、と思うのは当然だ。でも僕の見立てでは、あのカーミラには単純な個体能力だけでは測れない何か・・があると思っている」


「前に言ってた、500年の技術と経験というヤツか?」


「勿論それもある。でもそれだけじゃない……何というか、言葉にしづらいんだけど……一種の『勝負運』とでも言うべきか、とにかく彼女は『持ってる』気がするんだ。それは彼女がヴラドを始めとした格上の怪物達との戦いをことごとく生き延びている事が証明している」


「…………」


 そう言われると確かにそんな気がする。不思議な事だが、仮にニックと2人掛かりでカーミラを襲った場合を想定すると、どうしても自分達がカーミラを殺している場面を想像できないのだ。


 個体での能力は上回っている。更に2人掛かり。負ける要素は一切ないにも関わらず、例えどれだけカーミラを追い詰めたとしても、最終的に勝利して立っているのは彼女である……。そんな確信にも似た予感が拭えないのだ。


「だから今は雌伏の時だと思うよ。確実にカーミラを殺せる……。その確信・・を抱けるようになるまではね」


「そう、だな……」


 ジョンは認めた。確かに焦りは禁物だ。反逆のチャンスは一度きりだ。時間はいくらでもあるのだから、隙を窺うにせよ力を蓄えるにせよ、じっくりと機会を見定める必要がある。



(力を蓄える、か……)


 吸血鬼にとって力の源、それ即ち人の生き血だ。つい先程吸い殺した〈信徒〉の死体を見やった。40代の脂ぎった中年男の死体だ。


「…………」


 先程は衝動に身を任せて無我夢中だったが、よく考えると気色悪い・・・・。心なしか血も不味かったような気がしてくる。


 ジョンは男だ。どうせ血を吸うなら……若い女・・・が良かった。それも好みの美女であれば尚良い。そこまで考えた時ジョンの頭に浮かんだのは、かつての相棒にして現在は部下でもある女刑事ローラ・ギブソンの姿であった。


 彼女は色々な意味で最高だ。彼女の血を思う存分吸う事が出来れば……と、吸血鬼になってから何度思ったか知れない。今まではカーミラの怒りが恐ろしくて極力考えないようにしていたが、どうせ叛逆するのなら……と、不穏な考えが頭を過る。


 今になって、かつての上司であったマイヤーズ警部補や同僚だったダリオの気持ちが理解できたジョンである。ローラには人外の怪物を惹きつけ狂わせる何かがある。そんな気がするのだ。


 またローラだけでなく、彼女の周りに集う女性達も美女揃いなのが素晴らしい。あの女達を手に入れて自分の好きにして、存分に血を吸い尽くしてやりたい……そんな欲望をジョンは自覚していた。



 自分の考えに没頭していたジョンの思考をニックの声が破る。


「さて、ここに散らばる死体を僕等と結び付けられると面倒だ。とりあえずこの場からは離れておくべきだね」


「む……そうだな。表の通りまで出ておくか」


 そうして表の大きな通りまで出てきた2人。街では未だに〈信徒〉達の騒ぎによる混乱が続いているようだった。ジョンが溜息を吐く。


「……しかしコイツ等、一体何が目的なんだ? こんなテロ紛いの暴動など……こっちには警備部やSWATだっているんだ。最終的に鎮圧される事は解りきってるだろうに」


「まあ、彼等というよりメネスの目的だけど、恐らくは……」


「――警部補っ!」


 ニックが推測を述べかけた時、大急ぎでこちらに近付いてくる複数の人間の気配。ただし今度は〈信徒〉ではない。


 それはジョンが電話で呼び寄せていた新人刑事のリンファと、他に2人の女性の姿があった。その内1人は、先程ジョンが想像の中で吸い殺した、ローラの仲間でロシア系の赤毛の美女ナターシャであった。


 もう1人はやはりローラの旧友で、今回の『バイツァ・ダスト』事件の発端になったらしいゾーイという女だ。薄汚れた服装をしてはいるが、こっちも結構な美女であった。


(……ローラを泳がせておけば怪物だけでなく、誘蛾灯のように美女も引き寄せてくれそうだな)


 走って近付いてくる3人を見ながら、そんな事を考えるジョンであった。



「おう、来たか。解読の成果があったってのは本当か?」


 内心でおぞましい欲望を抱いている事などおくびにも出さずに、上司の警部補の顔になって手を振るジョン。その豹変ぶりに隣でニックが苦笑している。


「は、はい! そのようです、けど……」


 リンファが同行者達の方を振り返る。ナターシャが進み出てくる。


「ええ、本当よ。メネスを『封印』する為の方法が記されていたわ。その為に必要な物も……」


「そりゃ朗報だな。で、何が必要なんだ?」


「一つを除いては、簡単に集められるわ。問題はその一つなんだけど……」


 ナターシャはゾーイの方に視線を向けた。ゾーイはやや青白い顔をしている。


「彼女……ゾーイが直接・・メネスの元に出向く必要があるの。『封印を解いた者』が重要みたい」


「メネスの元にだって? それが出来れば……」


 ジョンの言葉にナターシャが頷く。


「ええ、誰も苦労はしないわね」


 居場所が解らない者の元へ出向く事は不可能だ。


 〈信徒〉どもを生け捕りにして吐かせたい所だが、恐らく連中はただの捨て駒で、余り期待は出来ないのが正直な所だ。


 かといって敵の〈従者〉にゾーイを敢えて攫わせるのも駄目だ。その場で殺されるリスクが大き過ぎる。〈従者〉を生け捕りにして情報を吐かせるなども戦力的な見地から難しいだろう。そもそも素直に吐くとも思えない。



「ふむ、そういう事なら……」


 ニックが意味ありげに顎に手を当てて考え込むようなポーズを取る。人外になろうが相変わらず芝居がかった男だと思いながらも、ジョンは彼の小芝居に付き合う。


「……何か考えがあるのか、ニック?」


 敢えて聞いてやると、ニックは待ってましたとばかりに嬉しそうに顔を上げた。


「ローラ達はヴェロニカ嬢を救出する為に別行動を取っているんだよね?」


「え、ええ……」


 ニックの確認にナターシャが戸惑いながらも頷く。


「ヴェロニカ嬢は間違いなく敵の懐に囚われているはずだ。ローラ達が彼女を無事に救出して戻って来れるかは……正直、僕の見立てではかなり分の悪い賭けになるだろうね」


「……ッ!」

 ナターシャとゾーイが青ざめるが、ニックは最後まで聞くようにと手を上げて制する。


「そしてやはり僕の予想が正しければ、彼女達は捕らわれはしてもすぐに殺される事はないはずだ。だから不謹慎だけど……彼女達にはむしろ捕らわれていて欲しいんだ」


「? どういう事だ?」


 今度は純粋な疑問符を浮かべるジョンに、ニックは薄く笑って再びナターシャの方を向く。


「これも確認なんだけど……あの『エーリアル』事件で、ミラーカは何の手がかりもない状態でローラを助ける為に、エンジェルス国立公園まで駆け付けたんだよね? そして『ディープ・ワン』事件の時にはサンタカタリナ島へも」


「え、ええ……。ミラーカによると、正確には『死神』みたいな奴に教えられたという事だったけど……」


 再びナターシャは戸惑いながら頷く。


「何でも構わないさ。要はミラーカはローラの危機に駆け付けたという事。それが重要だ。そしてジョン……君なら・・・ミラーカの居場所を追跡する事は可能だろう?」


「……ッ! お、お前、まさか……」


 ここでジョンにも彼が何を言いたいかが見えてきた。ニックが首肯する。


「そう……要はミラーカに道案内・・・をしてもらおうという訳だね」

「……!」


 ジョンは唖然としていた。ナターシャも同様である。



(一体全体何て事を考え付くんだ、コイツは……!)



 それが2人に共通する思いであった。ミラーカが誰の事か知らないゾーイとリンファはキョトンとしていたが。


「ミラーカにはちょっとローラの危機を教えてあげれば勝手に飛び出していくだろうから、その前に他の準備だけ済ませておいた方がいいだろうね」


「し、しかし彼女は今、留置所に……」


 勝手に飛び出したら脱獄になってしまう。今はまだカーミラの忠実な部下を演じなければならない手前、それは余り宜しくない。ニックは肩を竦めた。


「そこはそれ君、警部補の権限で何とか誤魔化してもらうしかないね。『バイツァ・ダスト』の脅威を取り除く為だ。一肌脱いでくれないかな?」


「……っ! ええぃ、クソ! どうなっても知らんぞ!」


 ジョンは半ばヤケクソ気味に答える。他に何か打開案がある訳でもないので、ここはニックの策に乗るしかない。ジョンとしてもいつまでもこの街に、他の強力な怪物がのさばっている状況は面白くないので、早期解決できるならそれに越した事はない。



 ジョンは、事態に付いていけずに目を回しているリンファの方を振り返る。


「ミラーカへの報せは俺達がやる。リンファ、お前はもう少しその2人に護衛として付き添って、その他の準備とやらを終わらせとけ。それが終わったらまた合流だ!」


「え……え、あ、は、はい!」


 何が何だか分からないまま、とりあえず上司の命令に頷くリンファ。その後、合流する場所と時間だけ決めてナターシャ達3人と別れたジョンとニックは、その足でLAPDに向かう。



 ――そしてそこで異様な雰囲気を感じ取った。



 殆どの職員は暴動の鎮圧に出ているが、当然署に残っている職員もいる。その職員たちが軒並み床や机などに突っ伏して倒れているのだ。駆け寄って調べてみると死んではおらず、ただ気絶して寝ているだけだと解った。


「お、おい、ニック。こりゃ一体……」


「……ふむ。警察署全体を薄い『陰の気』が覆っているような感じだね。職員達はその『陰の気』に当てられたようだね」


「……!」

 この建物全体となればかなりの広さだ。職員だって100人単位で残っている。その全員が等しく気絶しているなど尋常ではない。ジョンやニックにも、そして勿論カーミラにもこんな芸当は不可能だ。


(まさか……メネス自身か? いや、それならもっと痕跡・・が残っているはずだ)


 『バイツァ・ダスト』の仕業と目されているライフガードの集団卒倒事件では、それまでの事件と同じく建物内に大量の砂が荒れ狂ったような痕が残されていたらしい。だがここには砂など一粒も落ちていない。


「……とりあえずカーミラの元へ急いだ方が良さそうだね」

「む……」


 ニックに促され2人が被疑者留置用のジェイルに駆け付けると、そこにはもぬけの殻・・・・・となった牢だけがあった。カーミラの姿はジェイルから忽然と消えていたのである……

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