File34:闇に蠢くもの

 逮捕され留置されてからのカーミラの生活は退屈そのものだった。自身の冤罪の事は勿論、『バイツァ・ダスト』事件に関してもジョンからその都度進捗状況は聞いていたが、やはりというか捜査そのものは余り捗っていない様子であった。


 それも当然だとカーミラは思った。『サッカー』と同じくこの『バイツァ・ダスト』も、恐らく警察の手に負える存在ではない。


 となるとやはり心配なのがローラの事であった。彼女は人外の存在に狙われやすい。だというのに本人は正義感の強さから、我が身の危険も顧みずに相変わらず無茶ばかりするのでカーミラとしても心労が絶えない。


 ジョンからローラの事も勿論聞いていたのだが、ここ最近捜査が佳境に入っているからという理由で、ジョンからの報告も途絶えがちになっていた。


 それと同時に、この街全体を覆う『陰の気』も高まりを見せ始めていて、妙な胸騒ぎを覚える日が続いていた。


(ローラ……お願い、早まった真似だけはしないで……)


 そう願ったが、正直甚だ不安であった。


 叶う事ならすぐにでもここを出てローラの力になりたい。それ自体・・・・はやろうと思えば実行は容易であった。


 しかしそれをやってしまうと社会的にはこの街……場合によってはこの国にいられなくなり、ローラを悲しませる事になってしまう。それが解っているので動きたくても動けないのだ。


 カーミラは『凶悪殺人』の被疑者・・・なので保釈も認められていない。もどかしさは募る一方であった。



 そんな日が何日か続いた後の事……カーミラの優れた聴覚が、警察署全体が慌ただしい騒ぎに包まれているのを察知した。それと同時に次々とパトカーその他の大型警察車両が街中へ出動していく。


(一体何の騒ぎかしら……?)


 何か街で大きな事件が起きているようだ。それにしても出動している数が半端ではない。まるでテロでも発生したのかとカーミラが思った程だった。


 そしてその慌ただしい空気のまま、夕刻から夜になろうかという時刻に差し掛かった時であった。




 ――唐突に部屋中の照明が一斉に消えた。




「――っ!?」


 同時にこの建物全体を覆うような凄まじい『陰の気』が膨れ上がった。


 カーミラは思わず立ち上がっていた。この感覚には覚えがある。あり過ぎると言ってもいい。恐らくこの部屋だけでなく建物中の照明が消えており、残っている職員は軒並みこの強烈な『陰の気』に当てられて気絶しているだろう事をカーミラは確信した。


「……あなたね? いるんでしょう? 出てきなさい」


 闇の中に向かって声を絞り出す。するとその暗闇の中……丁度カーミラが入れられている牢の外、通路部分にボゥ……と浮かび上がるシルエットがあった。吸血鬼の暗視能力があって初めて認識できるような、まるで闇が形を作ったかのような輪郭……


 暗色の長いローブとフードを目深に被り、そこから覗く顔や手は剥き出しの骨のみで構成されている。そしてまるで罪人の魂を刈り取るかのような長柄の大鎌を携えたその姿は、まさしく伝承に登場する『死神』そのものであった!


 その髑髏の顔の、存在しないはずの視線が、確かに自分を射抜くのをカーミラは感じた。


「……久しぶり・・・・ね。あなたが私の前に現れたという事は、まさかローラの身に何かが……?」


 カーミラの確認に『死神』は頷くような気配を見せた。



『然リ。今コノ街ニ巣食ウ異郷ノ死者ガ、汝ノ愛スル者ヲ捕エ連レ去ッタ……。異郷ノ死者ハ、汝ノ想イ人ヲ作リ替エ・・・・ヨウトシテイル。急ゲ……モウ猶予ハ無イ……』



「……何ですって? 作り替える……?」


 過去二度の『生命の危機』とは異なる表現だ。そう思った時カーミラの脳裏に、あのフィリップという男の言葉が甦った。


 『マスター』とやらが、カーミラを妃に迎えようとしているだの何だのという馬鹿げた言葉。『マスター』の正体がエジプトの甦った最古のファラオ……メネス王である事は既にジョンから報告を受けていた。異郷の死者とやらは間違いなくそのメネスの事だろう。


(メネスがローラを……作り替える・・・・・……? それって……)

「……っ!!」


 洗脳・・という単語が頭に浮かんだ。メネスはカーミラだけでなく、ローラもその毒牙に掛けようとしているのか。ローラが享楽の表情で男にまさぐられて喘いでいる姿を想像してしまった。


(ふざけないで!! そんな事、絶対に許さない……!!)


 カーミラは激情に目を見開き、牢の鉄格子に駆け寄って握り締める。


「どこ!? 私はどこに行けばいいの!? 早く教えなさいっ!!」


『……ココヨリ南東ノ方角ニアル朽チタ病院跡ダ……。ソコマデ行ケバ、後ハ己ノ感覚・・ニ従エ……』


 『死神』が手を振ると、ガチッという音と共に、牢の扉がゆっくりと開いた。


「……!」

 そしてカーミラは開いた牢の扉の床に、いつの間にか置かれている物に気付いた。それは……カーミラ自身の愛用の『刀』であった。


「…………」


 聞きたい事は山のようにあった。だがどうせ聞いてもまともには答えてくれまい。そして今のカーミラには、それ以上に気掛かりな事で心が占められていて逸っていた。


 一刻も早くローラの元に駆け付けねばならない。それが最優先だ。カーミラは黙って自分の刀を拾い上げた。


 脱獄の心配はしていなかった。恐らく『死神』が敢えてこの警察署に姿を現したのは、それも理由であるはずだ。だがそれ程時間的猶予がある訳ではないのも確かだろう。色々な意味で急がねばならない。


「……行くわ」


 それだけを告げて、後は脇目も振らずに建物を飛び出していく。案の定職員達は全員その場で気絶している様子だった。



****



「……行ったか」


 カーミラの去ったジェイルの牢前。相変わらずその場に浮かんでいる『死神』の元に、歩いてくる・・・・・者があった。


 強烈な『陰の気』に当てられて署内にいる職員達は軒並み気絶しているはずなのに、その人物は何事も無かったかのように……そして闇の中に浮かぶ『死神』の姿を、何ら恐れる様子も疑問に思う様子もなく、ツカツカと歩いてきたのだ。


『……デュラハーン・・・・・・カ。外部ヘノ対応ハ?』


 そして『死神』もまた、近付いてきた人物に何の疑問も抱かずに問い掛けていた。その人物が肩を竦める。


「電話で対応する係の者だけは個別に操って・・・ある。夜明けまでは問題なかろう。流石に明日の朝になってしまえば誤魔化しきれんが」


 デュラハーンと呼ばれたその人物……それは、このロサンゼルス市警のトップであるはずのジェームス・ドレイク本部長であった!



『ソウカ……。イズレニセヨ、ソレマデニハ決着・・ガ着クダロウ』


「……勝てると思うか?」


 ドレイクの問いに『死神』は、かぶりを振るような動作・・をした。


『単純ナ強サ・・ダケデ言エバ絶対ニ勝テヌ。ダガ『特異点』ハ、コレマデニモ多クノ『蟲毒』ヲ引キ寄セテ来タ。ソノ全テニ、アノ者ガ打チ勝ッテ来タノハ紛レモナイ事実……。アノ者ニハ、強サダケデハ測レヌ何カ・・ガアル』


「何か、か……。確かにな……」


 カーミラがこれまでの戦いを生き残ってこれた理由は、時に運であったり、時に共闘する者の存在であったりと様々な要素が絡んでいる。単純な実力だけでは測れないというのは間違いない。


「……しかしそれにしても、5000年前のエジプトの死者とは……。アルゴル閣下・・・・・・も、大層な物を呼び寄せたものだ。いや、この場合は『特異点』が、というべきか……」


『ダガ既ニ次ナル『蟲毒』ガ胎動ヲ始メテイル。アノ者ニハ何トシテモ今回ノ危機ヲ乗リ越エテ貰ワネバナラヌ……』


「次の『蟲毒』と言うと、確かお前が閣下に提案したという、トルコ……いや、オスマン帝国の……?」


『然リ。アノ者ニトッテハ、アル意味デ因縁ノ相手・・・・・ト言エル存在……。ダカラコソアノ者ニハ、ココデ斃レテ貰ウ訳ニハ行カヌノダ』


「……やけに入れ込むな? 当初の予定では次の『蟲毒』は、この国の先住民インディアン共の恨みと憎しみを凝縮した土着の精霊神を呼び覚ますはずが……。何かあの女に入れ込む理由でもあるのか?」


『…………』


 ドレイクは訝し気に『死神』を仰ぎ見る。だが当然ながらその髑髏の面貌は一切の表情を変えなかった。ドレイクは再び肩を竦めた。


「まあいい。どちらでも強い力を持った『蟲毒』である事に変わりはないからな。だが精霊神の方は元々オーガ・・・の奴が提案していたものだ。それを押しのけた形になっている事を忘れるなよ?」


『……解ッテイル』


「ならいい。ここに来て妙な内輪揉めは勘弁願いたいからな。閣下もいい顔はされんだろう。……まあ今の段階から次の『蟲毒』の話をするのも何だが」


 ドレイクは苦笑したようにかぶりを振る。


「まずはあの女が、今回の『蠱毒』を昇華できるか見届けるべきだろうな」


『然リ……。デハ、後ノ事ハ頼ム、デュラハーン』


 それだけ告げると『死神』の姿、は徐々に輪郭がぼやけて闇の中に溶け込んでいく。そして数瞬の後には、その姿は存在ごとこの場から完全に消え去っていた。


 それを確認してドレイクが再びかぶりを振って溜息を吐いた。


「全く……社会的立場の無い奴は自由で良いな。いや……奴は奴で難しい立ち位置か……」


 そしてドレイクもまた踵を返してこの場から立ち去って行った。後には誰も居ない、闇に包まれた冷たい牢だけがその場に存在し続けていた……

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