File32:悪魔誕生

 LAPDの受付に現れた3人の男性が突然、「王の新しき世に!」と喚き出して、対応していた女性職員に対して手を突き出した。女性職員は首の骨を折られて即死。男達は手から青白い光を発しながら、手当たり次第に近くにいた者に襲い掛かる。


 場所が場所だっただけに、集中砲火によって3人の男は全員射殺されたが、何故か青白い膜のような物が彼等を保護し、「鎮圧」までに10人近い犠牲者が出てしまった。


 更に混乱に追い打ちを掛けるように、街のあちこちから一斉に通報の電話が殺到した。警察署を襲った3人と同じような連中が至る所で暴れているらしい。既に人的被害も出ている様子だ。


 LAPDは忽ち蜂の巣をつついたような騒ぎとなるが、ドレイク本部長の的確な統率によって幹部達が落ち着きを取り戻し、指揮系統はすぐに回復した。


 その後は警備部から分署の巡査に至るまで、ほぼ総動員の体制で各地の現場対応に当たる事となった。消防署もフル回転の状況のようだ。



 そんな現状であり、警部補たるジョンも捜査を一時中断して現場に当たっている状況であった。



 今も裏通りで市民を襲おうとしている2人の暴徒――ローラ達によると〈信徒〉というらしい――に牽制の銃撃を加えて注意を引き付ける。


「早く逃げろ!」

「……!」


 ジョンに怒鳴られた市民が一目散に駆け逃げていく。ジョンは更にその〈信徒〉に銃弾を浴びせるが、全て青白い膜に阻まれる。どうやら警察支給のグロック程度ではあの膜は破れないらしい。


「――咎人めっ!」


 獲物に逃げられた〈信徒〉達が怒り狂って、手に青白い光を発しながら迫ってくる。あの光には謎の破壊力があり、人間を一撃で殺してしまう事も可能なのは警察署でも確認済みだ。


(ふん……しゃらくさい・・・・・・


 幸い時刻は既に夕刻を回っており、周囲に人の気配もない。おあつらえ向きだ。ジョンは口の端を吊り上げ、銃を手放す。


 突き出された手を軽く掻い潜ると、お返しに拳を握って全力で殴りつける。青白い膜による抵抗を一瞬感じたが、それを強引に突き破ってジョンの拳が〈信徒〉の顔面にめり込んだ!


 吸血鬼の剛力は人間の頭を、脆い果実のように貫いて粉々に粉砕した。肉体そのものは元の人間と何ら変わりがないらしい。これなら戦闘形態になるまでもない。


 腕を血と脳漿に塗れさせたままジョンは、もう1人の〈信徒〉の方を振り向いた。予想外の事態に〈信徒〉は怯んだような様子になる。どうやらまるっきり感情が無い訳でもないようだ。


「……これだけ好き勝手したんだ。当然死ぬ覚悟でやってるんだよなぁ? だったら何も恐れる事ないだろ?」


「……っ! 悪魔めっ!」


 ニタァ……と嗤うようなジョンの姿に気圧された〈信徒〉は、己を鼓舞するように両手に青白い光を発生させて、叫びながら飛び掛かってくる。


「悪魔か……案外当たってるのかもな」

「……!」


 〈信徒〉の両手がジョンに触れる直前で止まった。いや、止められたのだ。ジョンの手が目にも留まらぬ速さで〈信徒〉の前腕を掴み取ったのだ。凄まじい握力で〈信徒〉の腕を、骨ごと握り潰し引き裂く。


「うぎゃああぁぁぁぁっ!!」


 〈信徒〉の口から物凄い絶叫が迸る。大音量で周囲の注意を引きたくないジョンは、その開いた口に自分の片手を突っ込むともう片方の手で相手の肩を押さえて牙を生やし、その首筋に噛みついた・・・・・・・・


「……! ……!!」


 〈信徒〉の身体がビクッ、ビクッと跳ねる。程なくして血を吸い尽くされた〈信徒〉の死体がその場に転がった。グールになられても困るので、延髄の部分を砕いておく。


「ふぅ……」


 ジョンは一息吐いた。初めて……初めて人間を吸い殺した・・・・・。人外の力で相手を蹂躙し、思うままに吸血し絶命させる……


 ジョンの身体に震えが走った。それは後悔や慚愧によるものではなく……歓喜・・と興奮による震えであった。


 これを……この快楽・・を、この先一生封印して過ごすなど馬鹿げている。


(やはりカーミラは何としてでも排除・・しなければ……)


 その思いを増々強くするジョン。と、その時……



「ふふ、人外の力を存分に振るうというのは、そんなに病みつきになるものなのかい?」

「……!!」



 唐突に背後から声が聞こえて、ジョンは驚愕して振り返った。吸血鬼である自分が人間が近付いてくる気配に気付かないはずはない。しかも今の声は……


「……ニック?」


「やあ、ジョン。余人を交えずに会うのはあのオフィス以来だね」



 場違いな程爽やかに笑いながらそこに佇むのは……ジョンの『同盟相手』であるFBIのニック・ジュリアーニ捜査官であった。



「お前、何故ここに……。あの【コア】とやらを持ち帰って調べている最中じゃなかったのか?」


 ジョンの疑問にニックは肩を竦めた。


「ああ、それならもう終わった・・・・から」


「何…………ッ!?」


 そこで初めてジョンは違和感に気付いた。



(ニックから……『陰の気』を感じる!?)



 それもかなり強い気だ。そこに転がってる〈信徒〉どもなど比較にならない位の、そう……丁度ジョンが先日戦ったあの〈従者〉とやらに匹敵する程の……


「お、お前、まさか……」


「ああ、こんなチャンスはまたと無かったし、時には冒険・・をしてみるものだね。そしてどうやら僕は賭け・・に勝ったらしい」


 ニックは頷いて両手を広げた。


「僕は僕のままだ。【コア】を破壊ではなく強奪・・されるという状況を、メネスが想定していない可能性に賭けたのさ。そしてそれは見事に的中した。あのジェイソンという〈従者〉の死をメネスが察知しなかった事から、恐らくと踏んではいたけどね。そしてどうやら正規の手段・・・・・によってメネスに埋め込まれない限り、奴への忠誠心のような物は生じないらしい」


「…………」


 ジョンは正直呆気に取られていた。いくら何でも昨日の今日に過ぎる。いくら多少の勝算はあったとはいえ、あんな得体の知れない物を碌に調べもせずに自分の身体に取り込んだというのか。


「……リスクなどは考慮しなかったのか?」


「勿論したさ。ただいくら調べた所で、結局人体実験・・・・しか検証する方法が無いと解ったのさ。そしてあの力を他人にみすみす渡すなんて馬鹿げている。そうだろう?」


「その為には自分の命すら賭けられると?」


「実際に賭けた。そして勝った。それに余り長く置いておくとクレアや他の職員にも不審がられる可能性が高かったからね。総合的に判断した結果さ」


「…………」


 ニックの力への渇望はジョンが想像していたよりも大きかったようだ。常に冷静で一歩先を見据えているようなこの男が、リスクを承知でこのようなギャンブルとも言える大胆な行動に出るとは。


「……それで、危険を冒した甲斐はあったのか?」


 その問いにニックは薄く笑った。その時ジョンはこちらへ駆けつけてくる複数の足音を察知した。



「……! 同胞が死んでいる! 貴様らの仕業か、咎人共め!」


 見ると新たに3人程の〈信徒〉がこちらに向かって走ってくる所だった。既に手の中に青白い光を発生させて臨戦態勢だ。ジョンはほくそ笑んだ。獲物・・が向こうからどんどんやって来てくれるのだから笑いが止まらない。


 だがニックがそれを手で制して前に出た。


「ジョン。ここは僕に譲ってくれないか? 僕がこの騒ぎの最中に出てきた理由は、まさに実戦テスト・・・・・にうってつけの環境だと思ってね」 


「……ふん、いいだろう。お手並み拝見だな」


 ジョンとしても『同盟者』が頼りに足る存在か見極めておきたい所だ。血は先程たらふく飲んだから腹は充足している。


 ニックは口の端を吊り上げたまま頷いて、走ってくる〈信徒〉に向かって手を突き出す。 するとその手がに変化し、そこから猛烈な勢いで砂の弾丸が飛び出した!


 砂の弾丸は〈信徒〉の防護膜を突き破って、先頭にいた〈信徒〉の胴体に風穴を開けた。その〈信徒〉は信じられない物をみるような目で自分の身体を見下ろした後……白目を剥いて倒れ込んだ。


「な……!?」


 他の〈信徒〉が怯んだ隙に、ニックが一気に跳躍・・した。人の身長の倍ほどの高さを助走も無しに軽々と飛び越える……。それはまさに人外にしか成し得ぬ驚異的な挙動であった。


 ニックの手の先に砂が集まり、それは一本の剣を形成する。


「むんっ!」


 跳躍からの落下の勢いも併せてニックが剣を叩き付けると、それはやはり容易く〈信徒〉の防護膜を本体の〈信徒〉ごと一刀両断した!


「ば、馬鹿な……。その力は……王の近衛・・・・の……な、何故……!?」


「さあ、何故だろうねぇ!」

「……!」


 残った〈信徒〉は驚愕に構わず飛び掛かるニック。〈信徒〉は思わず手を突き出す。するとその青白い光に触れたニックの腕が粉々になった。だがニックは……


「ふむ……?」


 と、不思議な物でも見るように自分の腕を見た。そこからは血が一滴も流れておらず、それどころか砂が集まるようにして即座に再生・・してしまったのだ。


「……素晴らしいね。これが今の僕の身体か」


 得心したように頷くニック。反対に〈信徒〉は顔を引き攣らせて逃走しようと踵を返した。


「ひ、ひぃぃぃっ!! こ、近衛が……近衛が乱心したぁぁっ!! 〈王〉にお報せせねばぁぁぁっ!!!」


「……! それは見過ごせないね!」


 ニックはその人外の身体能力で一瞬にして逃げる〈信徒〉に追いつくと、背中から剣を一突きにして心臓を刺し貫いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る