File22:絶望の虜囚


「……ならやるべき事は二つ・・ね」


「メネスを滅ぼす方法の解読。それとヴェロニカの救出ね?」


 ローラの意を汲んだクレアが引き継いで確認する。ローラは頷いた。


「ええ。解読作業も急務だけど、ヴェロニカに関してももう余り猶予がないわ」


 メネスから区切られた期限は一週間。それまでに『達成報告』が無ければ、必ず『確認』が入るはずだ。タイムリミットはもう後二日程しかない。その前に何としてもヴェロニカの監禁場所を探し出して彼女を救出しなければならない。


 だが以前フィリップに拉致された時は、目隠しをされていて場所の確認は全く出来なかった。あの場所の手がかりがない。それにメネスの話ではあそこだけではなく、他にも拠点があるらしい。


「ローラさん。あたしは先輩の救出の方に回らせてくれ」


 ジェシカだ。


「先輩の匂い・・ならしっかり記憶してる。今までやった事はないけど……何とか辿れないか試してみるよ」


「……!!」

 確かにジェシカは狼の特性を持った半人半獣の少女。そう言われてみると出来そうな気がしないでもない。他に何の手がかりもない状態だ。試してみる価値は充分にある。


「ジェシカ……ありがとう。いい機転ね。是非お願いするわ」


 ローラが礼を言うと、ジェシカは少し決まり悪そうに頬を掻いた。


「いや、実はこれ、あのニックって人から提案されてたんだ。自分の能力の事なのに、あの人に言われるまで思いつきもしなかったんだから馬鹿だよな、あたし」


「……! そうだったの。でも実際にやるのはあなたなんだから、あなたが頼りなのは違いないわ。宜しくね?」


「あ、ああ! 任せてくれよ! 絶対に先輩を探し出してみせるよ!」


 ジェシカが意気込んで頷く。ローラ自身は勿論ヴェロニカの救出に当たる。ローラのせいで彼女は攫われたのだ。それに正直古文書の解読作業などでローラが何か力になれる気もしない。


「私は彼女の手伝いに回るわ。荒事になったら恐らく足手まといになるしね……」


 ナターシャはゾーイの方を示しながら発言した。確かに敵の拠点の一つだし、何があるか解らない。ヴェロニカの監視に誰か〈従者〉が付いてる可能性も高い。ナターシャはゾーイに付いてもらった方が良いだろう。


「……仮にも敵の拠点に乗り込もうっていうのに2人だけじゃ、人手が足りなくなる可能性もあるでしょう? 私もあなた達に同行させてもらうわ」


 クレアだ。ローラは少し驚いた。てっきり彼女は解読作業の方に行くと思ったのだ。


「いいの? 正直どんな危険があるか……」


「解ってるわ。ヴェロニカは私にとっても友人だし、放ってはおけないのよ」


「……! クレア、ありがとう……」


 ローラは心からの感謝を示す。クレアはちょっと恥ずかしそうに顔を逸らしていた。



 しかしそうなるとゾーイ達の方が少し不安だ。奴等にはまだ気取られていないはずなので大丈夫だとは思うのだが、解読の為の専門的な資料は大学や自宅に行かなければないらしく、そこにはメネスの監視の手が伸びている可能性は皆無ではない。


 ローラはスマホを取り出すと、とある番号に掛けた。待ち構えていたのかと思ってしまう程の速さで相手が電話に出た。


『せ、先輩!? 先輩ですか!?』


 慌てふためくような若く張りのある声。ローラの現相棒のリンファの声だった。


「ええ、私よ。ごめんなさいね、心配かけちゃって。もう大丈夫だから。それよりあなた今何か仕事を仰せつかってる?」


『い、いえ……先輩が休暇を取らされてるので、新人って事もあって重要な捜査からは外されてます……』


 まあ当然の措置だろう。彼女には申し訳ない事をしたが、今この状況では都合が良い。


「じゃあ丁度良かったわ。あなたにやってもらいたい事があるの。今からすぐにゾーイ・ギルモアの自宅に向かって頂戴。そこにゾーイともう1人ナターシャという女性が向かうから、彼女達と合流してその身辺警護に当たって欲しいの」


『え……ええ!? ゾーイって……見つかったんですか!? それに身辺警護って……!?』


 その驚きと戸惑いも当然の事だとは思うが、今は説明している時間が惜しい。


「ごめんなさい。詳しい話は現場で直接彼女達から聞いてくれる? 今欲しいのは了解の返事だけよ」


『……っ。りょ、了解しました。すぐに向かいます』


「ごめんなさいね、リンファ。全て済んだら必ず説明するから。……ゾーイ達を頼むわ」


『は、はい……!』 


 ローラは通話を切ってゾーイ達を振り返る。


「という訳で、私の今の相棒の刑事を護衛に付かせるわ。新人でまだちょっと頼りないけど……いないよりはいいと思うわ」


「……その相棒の刑事はどの程度事情を知ってるの? 怪物の事を明かしてしまっても問題ないの?」


 ナターシャの質問にローラはかぶりを振った。


「ごめん。まだ何も話してないの。何事もなければ伝えないでおいて。下手に話すと不信感を抱かれてしまうと思うから。でももし不測の事態・・・・・があった時は……」


「……その時は巻き込む・・・・のも止む無しって訳ね?」


 ナターシャの確認に頷く。酷だとは思うが、ローラの相棒でいる限り恐らく避けては通れない道だ。遅いか早いかの違いでしかない。ただ勿論何事もなければそれに越した事は無い。ローラは何も起きないよう心から祈った。



「さて……それじゃゆっくりしている時間もないし、早速行動を開始しましょう」


 ローラは集まっている皆にそう言って合図を出す。


「ローラ……こんな事に巻き込んでしまってごめんなさい。でも……」


「大丈夫よ、ゾーイ。何も言わないで。それにね……私、もうこういう事には慣れっこ・・・・なの。だからあなたは何も気にしなくていいのよ。それよりあなたは自分の役割をしっかり果たして。メネスを斃すにはあなたの働きが必要不可欠なんだから」


「……! わ、解った。必ず解読して見せるわ……!」


「ええ、お願いね」


 ローラはナターシャの方にも視線を向ける。


「ナターシャ。ゾーイを頼むわ」


「ええ、任せて頂戴。これでも大学は出てるし、何かの役に立てるかも知れないしね」


 ナターシャはしっかりと頷く。それに頷き返して、クレアとジェシカの方に向き直る。2人共既に準備は万端のようだ。無言で頷き返す。


 ローラは最後に、出掛ける気配を察して様子を見に来たウォーレン神父の方を向いた。


「神父様……」


「ふぅ……もう何度目になるか解らないし、今更止めるような事はしないけど……皆、絶対に無事に戻って来るんだよ? まあこれを言うのも何度目か解らないけど……」


 ウォーレンの言葉に、ローラは不謹慎ながら少し笑ってしまった。


「そう……ですね。いつもご心配をお掛けして申し訳なく思っています。でも今までと同じく、今回も必ず無事に戻ってきます。お約束します」


「ああ……皆の無事を心から祈っているよ。……気を付けて行ってきなさい」


「ありがとうございます、神父様。では……行ってきます」


 そうしてウォーレンに見送られながら、5人の女性達はそれぞれの役割を果たす為に出掛けていくのであった……




****



「う……」


 ヴェロニカは浅い眠りから目を覚ました。ひび割れた暗く陰鬱な天井が目に入り一瞬混乱するが、すぐに状況を思い出し絶望に打ちひしがれた。


 狭い室内を淡い蛍光灯の光だけが照らしている。彼女は硬くて粗末なマットレスのみが敷かれた寝台の上に、すっかり一張羅になってしまったライフガードの赤い水着姿のまま横たわっていた。毛布は愚かシーツの一枚すらない。


「…………」


 寝台から身を起こす。冷たくザラついた床の感触が裸足に滲みる。狭い部屋には寝台の他にはトイレと水道しか付いておらず、殺風景極まりない独房のような部屋であった。入り口のドアも小さな格子の付いた金属製の扉で、独房という印象を補強していた。


(今……何日経ったんだろう……?)


 それすらヴェロニカには曖昧だった。磔にされてローラの前に引き出されて拷問を受けた。その後ローラが退出させられてから、この独房に放り込まれ、その後は〈信徒〉の1人が粗末な食事を持ってくるだけの時間が続いており、昼夜の感覚もない為、あれから何日経ったのかも曖昧になっていた。


 食事の回数から恐らく数日程度だとは思うのだが、体感的にはもう何年もここに監禁されているような感覚を味わっていた。


「…………」


 ヴェロニカは自分の首に、まるで首輪のように吸い付いている砂の輪・・・に手を触れる。


 何度か『力』を使って脱走を試みたが、この砂の輪がヴェロニカの『力』を封じているらしく、能力を使う事が出来なかった。手で外そうにも、輪はぴったりと首に吸着されていて全く剝がせないのだ。


 そして脱出が不可能である事を悟ると、後はただ絶望に打ちひしがれながら虜囚の生活を送るのみとなっていた。



「……!」


 その時彼女は外の廊下から、この部屋に近付いてくる足音を聞いた。1人のようだ。ヴェロニカは緊張から身を固くした。足音はこの部屋の前で止まった。そして格子から中を覗き込んできたのは……


「……ヴェロニカ。気分はどうだ?」

「カルロス……!」


 それは彼女を捕らえここに監禁した人物、カルロス・エスカランテであった。


「気分……? 気分がいいように見える? だとしたらあなたの目は、道端に落ちて腐ったマンゴー以下だわ!」


「……違いない。言い得て妙だな」


 カルロスは何故か自嘲気味に笑った。それからすぐに真顔になった。


「後二日程の辛抱だ。いずれにせよそれで終わる・・・

「……!」


 それはあの『マスター』とやらがローラに言っていた、一週間の期限が云々という話だろうか。


「あ、あなたは……あなた達は何者なの? 何が目的? 私やローラさんをどうするつもりなの!?」


 ヴェロニカが堪りかねたように矢継ぎ早に質問すると、カルロスはかぶりを振った。


「俺達はゾーイという助教授の元、エジプトでメネス王の墳墓の発掘調査に赴いていた。墓を発見したまでは良かったが、そこで助教授が功を焦った為に、俺達は罠に嵌って一度死んだ・・・・・んだよ」


「……ッ!?」


「そして俺達の血で『マスター』……エジプト最古のファラオたるメネス王が復活した」


「メネス王……最古のファラオ」


 それがあの『マスター』の正体……。ヴェロニカは想定外のスケールに絶句していた。そして自分やローラがまた人外の存在と関わる事になったのは果たして偶然なのだろうかと考えた。


「そして俺達はメネス王の〈従者〉として甦った。そして逃げた助教授を追ってこの国まで戻ってきた……。それが真相さ」


「…………」


「君達をどうするつもりなのかは、『マスター』の御心次第だが……。反抗さえしなければ、恐らく殺される事はないだろう。……殺される事はな」


「え……?」


「『マスター』はミラーカという女を妃にと狙っておられるが、君やあのローラという女の事も気に入っておられるようだ。恐らく……愛妾・・にと考えておられるのだろう」


「……ッ!?」

 ヴェロニカは全身に怖気が走るのを感じた。両手で自分の身体を掻き抱く。


「ふ、ふざけないで……! 誰が、そんな……」


「……残念だが『マスター』に現代の倫理観は通用しない。そしてまた君達の同意・・も必要としていない。あの方がその気になれば君達の意思を縛って洗脳してしまう事は簡単だろう」


 恐ろしい言葉を淡々と紡ぐカルロス。ヴェロニカは青ざめた。


「あ、あなた……! あなたはそれでいいの!? 私達一度は付き合っていたでしょう!? 自分の彼女が寝取られるのよ!?」


 恥も外聞もなく鉄の扉に取り縋るヴェロニカ。だがカルロスの表情は全く動かなかった。


「悪いがそういう感情・・・・・・は、一度死んだ時に失ったよ。それに『彼女』だって? あのビーチでやり直そうと歩み寄った俺に、自分が何て言ったのか忘れたのか?」


「……っ。そ、それは……」


 言葉に詰まるヴェロニカ。カルロスの表情が冷酷とも言える笑みに歪む。


「君が『マスター』に凌辱されるなら、むしろいい気味だとしか思わないね。俺を振った事を後悔しながら審判の日・・・・を待つがいい」


「っ……!」


「ああ、それと無いとは思うけど、自殺しようとしても無駄だよ。その首に嵌った砂の輪は、『マスター』の力が込められた媒介なんだ。君が不穏な動きをすればすぐに察知して強制的・・・に止めるはずだからね」


「……ッ!」


 ヴェロニカは再び青ざめて首に手を宛がう。そんな彼女の様子を嘲笑いながらカルロスは立ち去っていった。



「う……うぅ……く……」


 ヴェロニカは扉を背にもたれ掛かって力なく床に座り込む。そして堪え切れずに嗚咽を漏らす。


「うぅ……も、もう、いやぁ……。お願い……助けて……誰かぁぁっ!! ウアァァァァァァァッ!!!!」


 頼りの『力』も封じられ、恐ろしい怪物達の虜となり、助けもなく、死より辛い運命が待つと宣告された……。ヴェロニカの精神は限界に近付いていた。


 ただ来るはずのない助けを求めて泣きじゃくる以外に、今の彼女に出来る事は無かった。余りにも無力だった……

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