File23:猟犬ジェシカ
ヴェロニカの捜索は、ゾーイのそれとは違った意味で難航を極めた。ローラが憶えている限りではどこか廃ビルの中だったような気がするが、確証はない。あの時は部屋の内装などに気を配っている余裕は無かったし、行きも帰りも厳重に目隠しされていたのだ。
しかも他にも拠点があるという話が本当なら、今もあそこにいるとは限らないのだ。
このLAにも周辺の都市圏全体も含めれば使われていない廃ビルや廃工場、倉庫など無数にあり、それらを一件一件当たっていくのは現実的ではない。そして残された日数的にもそんな余裕は無かった。
という訳でここは申し出てくれたジェシカの
「どう? 追えそうな感じ?」
ローラとクレア、ジェシカの3人は、ロングビーチ市にあるライフガードの詰め所がある建物にやって来ていた。事務室や指令室の他、シャワー室や更衣室、談話室なども備わった比較的大きな建物だ。
1週間程前に、ここで大規模な集団卒倒事故が起きていた。夕刻、建物に残っていた職員たちが軒並み、急性の
夕刻の閉鎖前だったという事もあって発見が遅れ、不幸にも何人かの職員がそのまま帰らぬ人となったが、消防や警察、衛生局などの調査にも関わらず原因は解明されなかった。
急激に身体の水分を奪われるという症状、原因が一切不明、建物内に多量の砂の痕跡があった事から、『バイツァ・ダスト』との関連が疑われた。
そして……ヴェロニカの行方が分からなくなったのもこの時であった。ローラがあの時見た彼女は、ライフガードの赤いワンピース水着姿のままであった。間違いなくこの場所でヴェロニカは『バイツァ・ダスト』に拉致されたのだろう。
彼女の『匂い』を辿るに当たって、この場所から始めてはどうかというクレアの提案もあって、3人は同地を訪れたのだった。
「…………」
建物の前でジェシカが難しい顔をして唸っている。しばらくそうしていたかと思うと、ローラ達の方を振り返って疲れた顔でかぶりを振った。
「駄目だ。色んな匂いが混ざり合っちまってて……。
この人の賑わう日中の行楽地でそれは不可能だ。いや、夜でも完全に人通りが途絶える訳では無いので、いずれにしても難しいだろう。
ジェシカが頬を掻く。
「それか……猟犬みたいに地面に直接鼻を近づけて匂いを嗅いでいけば、もう少し嗅ぎ分けられる、と思う……」
「…………」
それもまた色んな意味で不可能だろう。明らかに挙動不審だ。ましてやジェシカのような可愛い女子高生が、地面に這いつくばって匂いを嗅ぎながら四つ這いで移動している姿など、とんでもなく人目を惹いてしまう。
野次馬にスマホで撮られまくってSNSで拡散される事請け合いだ。ジェシカの名誉や生活の為にも避けるべきだろう。
「さて……どうしたものかしら」
それを受けてローラが思案顔になる。いきなり手詰まりになってしまった。だがジェシカには痕跡を辿る能力自体はありそうだ。しかしそれを発揮させる手段がないのである。
「……手がない事もないんじゃない?」
「クレア?」
それまで黙っていたクレアが発言する。
「ヴェロニカが
「誰に? って、それは多分……」
いや、間違いなく『バイツァ・ダスト』だ。あのメネス本人が直接この建物に入ってきて彼女を攫ったとは少し考え難いので、下手人は恐らくフィリップら〈従者〉達だろう。それこそ彼女を監視していたカルロスかも知れない。
エディ・ホーソンのような〈信徒〉達という線も考えられるが、〈信徒〉はローラが直接対峙しても辛うじて対処できたレベルだ。そういう意味では吸血鬼の作るグール達や『エーリアル』の生み出した『子供』達とそう大差ない脅威度であり、彼等がヴェロニカをやすやすと拉致出来たとは思えない。
クレアが我が意を得たりと大きく頷く。
「そう……十中八九、あのジェイソン・ロックウェルと同じ〈従者〉とやらの仕業でしょう。あいつらはミラーカやジョンのような吸血鬼とも互角の強さを持っている。つまり……相応に『陰の気』とやらも強いんじゃないかしら?」
「……!」
ローラにもクレアが何を提案しているのかが読めた。
「なるほど……その
「ええ。〈従者〉がヴェロニカを直接攫ったなら、ヴェロニカの『匂い』と奴等の『陰の気』は
「……!!」
クレアからの確認にジェシカは目を剥いた。
確かに大量の匂いが混ざり合ったこの場所で、ヴェロニカの匂いだけを選り分けるのは至難の業だ。ましてや1週間ほども経っていれば尚更だ。だがそこに『陰の気』が重なっていれば?
もしヴェロニカと戦闘をしたのであれば、『陰の気』を隠蔽したままではいられなかっただろう。必ず痕跡が残っているはずだ。
ジェシカは必死になってこの建物に残る『陰の気』の痕跡を探る。
そういう意識で探ってみると、意外な程早くそれを感知する事が出来た。つい先だってあのジェイソンというミイラ男と直接戦闘した経験が役に立った。あの時に奴等の『陰の気』の性質はジェシカの感覚に嫌という程刻み込まれていたのだ。
一旦感知したら後は注意深くその『陰の気』の軌跡を辿っていく。するとそれはこの建物を出た辺りで急に途切れている事に気付く。恐らくヴェロニカを攫った怪物が、ここで再び『陰の気』を隠蔽したのだろう。
だが既にジェシカはその『陰の気』と全く同じ軌跡を辿って、建物を出ていく匂いがある事に気付いていた。良く知っている匂い……
(……見つけた! ありがとう、先輩)
連れ去られる際にヴェロニカが抵抗して、奴等が『陰の気』を放出せざるを得ない……
一旦特定してしまえば、後は注意深くその匂いを辿っていくだけだ。ジェシカはローラ達を振り向いてサムズアップした。2人共笑顔になる。
「流石だわ、ジェシカ! ありがとう!」
手を叩いて喜ぶローラ。クレアも深く頷いている。
「良くやってくれたわ。それじゃ……行きましょうか」
そして狼の血を引く少女の追跡が始まった――
それからも決して平坦では行かなかった。少しでも気を抜くと霧散してしまう、微かな……本当に微かな痕跡を辿っていく繊細な作業。
途轍もなく長く伸びた非常に細い一本の糸を、切れないように慎重に手繰り寄せていくようなものだ。しかもそれを他にも様々な音や匂いが溢れかえる街中を進みながら行っていくのだ。
並みの精神なら気が狂ってしまうような精密な作業。だがジェシカは人外ならではの強烈な意思の力でその作業を継続した。ヴェロニカを助けたい、ローラの力になりたいという強い想いがそれを後押しした。
そして……
「ここ……のはず、だ……」
ジェシカがそう言って止まった時、時刻は既に日もとっぷりと落ちた夜になっていた。その間一切の飲食も休憩も取らずに追跡を続けたジェシカは疲労困憊の様子となっていた。
「ここは……病院……の跡地?」
ローラとクレアも同様に疲労が滲んだ顔でその建物を見上げる。彼女らもジェシカと共に全く休憩も無しに同行していたのだ。ただの人間である彼女らにはそれだけでもかなりの苦行であった。
そこはロングビーチ市から北東に進んだアナハイムの外れにある、何年も前に閉鎖された古びた病院跡であった。周囲や内部は静まり返っている。
「ここに……ヴェロニカが?」
クレアがゴクッと喉を鳴らす。ただでさえ夜の廃病院など不気味だというのに、実際に幽霊よりも厄介な化け物が隠れ潜んでいる可能性もあるのだ。
「間違いないわ。私はジェシカを信じる」
「ローラさん……」
断言するローラに、ジェシカが少し感激した様子になる。
「……さあ、皆。疲れているとは思うけど休んでいる暇はないわ。ヴェロニカを助け出すのよ」
ローラが銃を抜いて促す。クレアも頷いてやはり銃を抜いた。ジェシカは自分の肉体こそが武器のようなものだ。
3人は疲労している身体に鞭打って、慎重に周囲を窺いながら暗い廃病院の中へと踏み込んでいくのであった……
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