File21:情報交換

 ジェイソンを撃退しゾーイとの合流を果たした一行は、場所をウォーレンの教会に移してこれまでの経緯の擦り合わせを行っていた。因みにジョンとニックはいなかった。ジョンは警部補という役職がある立場の為、余り長期間職場を不在にする訳にも行かなかった。リンファなど一部の人間にだけはローラの発見と保護を完了した事は伝えておくそうだ。


 ただし事件に巻き込まれた衝撃から鑑みて、という名目・・で、数日間の『休暇』をローラはジョンから与えられていた。警察という組織に縛られずに自由に行動できるこの『休暇』の間に、ヴェロニカの行方を突き止め彼女を救出しなければならない。


 ニックもジェイソンから入手した【コア】の分析を急がせるという理由で、状況の説明は全てクレアに任せて、自身はFBIの支局に戻っていた。


 なのでこの場には女性達だけが残る事になった。即ちローラの他、クレア、ジェシカ、ナターシャ、そしてゾーイの5人だ。教会の主であるウォーレンはローラの無事の帰還を喜びつつも、教会がすっかり人外の怪物対策の拠点となってしまった事実に、天を仰いで嘆息していた。



 そうして一行は改めて情報の交換に入った。ローラはこれまでの自身の推測、そしてメネスと名乗る存在と対面し、彼が『バイツァ・ダスト』であると自分で認めた事。そしてヴェロニカの命を盾にゾーイを探すよう命令された事などだ


 警察の捜査で解った事は既にリンファから聴取していたらしいので割愛する。


「さあ、今度はそっちの番よ。何故ゾーイの居場所が解ったの? それにジェシカやナターシャがいる理由は?」


「そう思うのは当然ね。こっちも色々あってね……」


 今度はクレアが説明してくれた。どうもニックがかなりの機転を見せてくれたらしい。メネス達の正体や目的の推察だけでなく、『捜査方針』の提案までしてくれた。


 闇雲に探してもローラ達市警の二の舞だと解っていたニックが、ナターシャにコンタクトを取る事を提案した。


 ナターシャはローラ達のこれまでの事件をレポートに纏めるにあたり、関係者への聞き込みの際にクレアやニックとも面識が出来ていた事が幸いした。



 果たして常に新たな事件の火種がないかアンテナを張り巡らせていたナターシャは、ローカルな話題であった『幽霊屋敷』の噂を聞き及んでいた。


 家人が謎の失踪を遂げた住む者もいない家で、カーテンが勝手に動いたとか黒い怪しく動く女の影・・・を見たという噂が広がり、増々近寄る者もいなくなっていた空き家の話であった。


 ニック達からこの街のどこかに潜伏しているらしい女性・・の話を聞いたナターシャはすぐにピンと来て、自分を今回の件に一枚噛ませる事を条件に『幽霊屋敷』の事を伝えたのであった。



 そして空き家となっていたダンカンの家で実際にゾーイを発見したクレア達は、やはりニックの提案でゾーイを餌にローラ達をおびき寄せて、彼女の監視に付いているだろう〈従者〉を倒してローラを救出する作戦を立てた。


 ジェシカは、ヴェロニカやローラが捕まっている事を聞くと、二つ返事で駆けつけてくれた。勿論後見人のウォーレンにもその時に事情を話してあった。


 ただジェシカだけでは〈従者〉との戦いに不安があると見たニックは、ジョンにも連絡して協力を仰いだ。クレア達はこの時初めてジョンの身に起きた変化・・を知ったのだった。


「ごめんなさい。私がミラーカに頼んだ事なの。クレア、彼の事は……」


 クレアは超常犯罪を捜査する部署の人間だ。彼女はジョンの事をどう認識しているのか……。不安に思ったローラが弁解しようとすると、クレアは苦笑しながら頷いた。


「大丈夫よ、ローラ。解ってるわ。私達はあくまで超常犯罪・・に対処する部署よ。彼は別に何もしていないでしょう? そもそもジェシカやヴェロニカ、ミラーカの事だって黙認してるんだし、今更な話でしょ」


「クレア……ありがとう」


 ローラはホッとして息を吐いた。


 ジェシカ達の事は必然的にゾーイにも知られる事になったが、彼女は既にメネス達に追われていた事もあって人外の存在に接していたので、驚きはしたものの案外すんなりと受け入れてくれた。


 また彼女は潜伏生活の中で、自分がエジプトで入手した資料や大学から持ち出した資料を研究し、奴等・・を滅ぼす方法などを調べていたらしい。ジェイソン達の【コア】の事もそこで知ったのだとか。


 クレアからの話を聞き終わって現状を理解したローラは、旧友の方へ顔を向ける。ゾーイは少しビクッと肩を震わせる。


「ゾーイ……エジプトで何があったのか話して貰えるわね? メネスが何故あなたを追っているのかも」


「……っ」


 ゾーイは逡巡するように顔を青ざめさせて、唇をギュッと引き結んだ。しかしやがて諦めたように溜息を吐くと、ぽつぽつと語り始めた。


「……もう多分解っているでしょうけど……今この街を騒がせている殺人鬼『バイツァ・ダスト』は、エジプト古王朝最古のファラオ、メネス王その人よ……」


「……!」

 クレア達はニックを通じて既に知っていたようだが、ローラは今この時初めて敵の素性を知った。



(エジプトの……太古のファラオ……。ミイラ男・・・・って訳ね)



 ジェイソンが変身・・したあの姿からもそれは明らかだろう。吸血鬼、狼男、半魚人、極めつけはミイラ男ときた。ローラは再び自分が、古典的なホラー映画の中にでも紛れ込んでしまったように錯覚した。


 気を取り直して気になっている事を質問する。


「でも……ダンカンの話によるとそれは一種の罰ゲーム・・・・だったのよね?」


 ゾーイが忌々しそうに頷いた。


「ええ……私が馬鹿だったんだけど、もっと早くそれに気付いていればあんな事・・・・には……」


 あんな事……。それこそが核心なのだろう。今まで黙って聞いていたナターシャが引き継いで質問する。


「でも実際にはダンカンの予想を外して、メネス王の墳墓は実在していた。あなたはそれを発見して『王の間』に踏み込んだのね?」


 ゾーイがまた首肯した。


「ええ……。そして私は……あ、過ちを犯してしまった……!」


 ゾーイは両手で自分の顔を覆ってしまう。詳細は聞かずとも、これまでの情報やジェイソンの話などから凡その状況は推察できる。


 恐らくゾーイはそれと知らずにメネスを目覚めさせてしまったのだ。それもジェイソン達4人を何らかの形で犠牲にする方法によって……!


 そして彼女は自らの保身の為にジェイソン達の死を隠蔽しようとした。しかしそこにメネスとジェイソン達が復活し、それどころではなくなってしまったというのが大体のあらましだろう。


「ゾーイ……。私はメネスに直に会った。そして奴からあなたを探し出すように命令された。私の友達の……ヴェロニカを人質に取られてね」


「……!」

 ヴェロニカの名前にジェシカが反応した。ゾーイは顔を上げた。


「そこまでしてメネスがあなたを探している理由は何なの? 確かに〈従者〉……ジェイソン達はあなたを恨んでいるみたいね。でもあのメネスが従者の為だけにそこまで労力を割くとは思えない。何か……他にも理由があるんじゃないかしら?」


「…………」


 ゾーイは青い顔のまま何かを考えていたが、やがて思い至ったのか再び顔を上げてローラを見た。


「まだ……専門的な資料が無くて解読が出来ていないのだけれど……」


 そう前置きして、自分のスマホを操作すると一枚の画像を見せた。薄暗い空間にライトで照らされた壁……古い扉のような物が写っている。そしてその扉には何やら文字が刻まれていた。


「これは?」


「メネスの墓の……『王の間』の入り口に刻まれていた文字よ。念のために撮っておいたのだけれど……断片的な部分だけ読む限り、メネスの復活の方法と……そして恐らく『封印』もしくは『滅ぼす』方法が書かれている、はず」


「……ッ!!」


 それが本当なのだとしたら、メネスがゾーイを狙っている理由は明らかだ。メネスは恐らくまともな人間にどうにか出来る存在ではないのだろう。だが、唯一自分を滅ぼしえる情報をゾーイが握っているとしたら……


 何をさておいても最優先で彼女を捕らえる、もしくは抹殺しようとするはずだ。ローラの中でこれまでの謎が解けた。

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