File12:脅迫

 ゾーイの発見と保護を優先するという捜査方針をジョンに伝えると、即座に許可が下りた。やはり上役が裏の事情も知っている存在だと話がスムーズだ。ネルソンの時の遅滞ぶりを考えれば、やりやすさは雲泥の差である。


 それからはリンファと2人でゾーイの行方に関する手がかりを求めて奔走するが、今の所芳しい成果は上がっていない。相変わらずゾーイの方からコンタクトを取ってくる気配も無かった。


 ローラは、どうやらゾーイは意図的に身を隠していて、ローラからの連絡も何かの罠だと警戒しているのではないかとの推測を立てた。


 彼女の実家や親類、他の友人の家など心当たりのありそうな場所は全て当たったが不発であった。彼等にはもしゾーイが来たらローラが探していたと伝言を頼んだが、それも今の所動きは無いようだ。




「……見つかりませんね。一体どこに隠れているんでしょうか?」


 捜査本部。時刻は夜もすっかり更けていた。リンファが身体を伸ばしながら肩を回すような仕草をする。連日の捜査で大分疲れが溜まってきているようだ。かくいうローラも成果のない地道な捜査に若干ウンザリし始めている。


「……そうね。もう後はこの一帯のホテルやモーテルなんかの宿泊施設を虱潰しに回る他ないかしら?」


 ローラの言葉にリンファが露骨に顔をしかめた。ローラとてそんな作業は出来ればごめんこうむる。そもそもゾーイがLA市内やその付近に潜伏しているとは限らないのだ。そうなればもう捜索範囲は無限大に広がってしまう。


(……いや、でもそれなら『バイツァ・ダスト』の被害がこのLAだけで起きているのは何故? フィリップ達がまだこの街にいるのは?)


 ローラの勘は、ゾーイがこのLA市内かその近郊に潜伏していると告げていた。


(まだ詳細は不明だけど……フィリップ達やその『マスター』の動きが、ゾーイの想定よりも早かったのかも知れないわね。それで彼女は高飛び・・・の機会を逸して、この街のどこかに隠れざるを得なくなった……) 


 そう考えると色々と辻褄は合う気がする。


「……まあ一度行った場所にはゾーイの写真を渡して、見掛けたら連絡を入れるように頼めばいいだけだから」


「そうですね……が、頑張ります」


 リンファが悲壮な表情で頷く。マスコミを通じて情報提供を呼び掛ければもっと効率は良いかも知れないが、出来ればそれは最後の手段にしたかった。フィリップ達に、警察がゾーイに着目しているという事実を悟られるリスクは極力犯したくない。


「でもそれは明日からよ。とりあえず今日はもう帰って、ゆっくり身体を休めましょう」


 疲れて鈍った頭と身体では捜査に支障も出る。休息を取るのも仕事の内だ。といっても既に時刻は夜なので、ささやかな休息ではあったが。


「は、はい、そうですね! そうしましょう!」


 それでもリンファは露骨にホッとしたように勢い込んで帰宅に賛成した。ローラは苦笑しつつ重い腰を上げるのだった。



****



 アパートの前まで帰り着いたローラは車を降りた。今はミラーカが逮捕されてしまっているので誰も居ない部屋に帰る事になる。元々ミラーカとは時間帯が合わない事が多く1人も珍しくはなかったが、単に仕事で不在なのと逮捕拘留されて不在なのでは全く意味合いが異なる。


(ミラーカ……早くあなたと逢いたい・・・・わ……)


 切ない気持ちになるのと同時に彼女との夜の時間・・・・を想像してしまい、ローラは1人顔を火照らせた。



 そうして妖しい妄想に浸りながらアパートの入り口に歩いていくローラだが、ふと建物の入り口の脇に誰かがもたれかかっているのが目に入った。


 若い男だ。腕を組んだ姿勢で外壁に寄り掛かっている。ローラに気付いた男は顔をこちらに向けて、壁から背を離した。


 細身の白人の男だった。眼鏡を掛けていて気弱そうな外見の……


「――――ッ!?」


 ローラは急速に背筋に寒気が走るのを感じた。男の外見に見覚えがある・・・・・・のに気付いたのだ。


「やあ、あなたがローラ・ギブソン刑事ですね? 僕の事は……彼女・・から聞いていますよね?」


「あ、あなた……あなたは……!」



 エジプトで行方不明になった考古学生。そしてミラーカを罠に嵌めた謎の人外……。フィリップ・E・ラーナー本人であった!



 フィリップは慇懃な態度で一礼する。


「僕を探していたんですよね? まともに探しても見つからないでしょうし、こっちから来てあげましたよ。……まあ『マスター』のご命令なんですが」


「な、何……一体何の用……!?」


 ローラは咄嗟に後退りながら懐の銃に手を掛ける。ミラーカから聞いた話が確かなら、こんな物が通じる相手では無さそうだ。だが……


「……ここで私が大声出すなり発砲するなりすれば絶対に人目を引き付けるわよ?」


 夜とはいえ、大きな通りから一本入っただけの場所である。銃声が轟けば確実に誰かが聞きつけるはずだ。


 だがフィリップは余裕の体で肩を竦める。



「別に構いませんよ? メキシコ人のご友人・・・・・・・・・がどうなってもいいのであれば、お好きになさって下さい」



「……ッ!?」


 ローラは一瞬何を言われたのか分からずに固まる。


(な、何の話……? メキシコ人? ご友人…………って、え!? ま、まさか……!?)


 メキシコ人の友人と言われて、ローラには心当たりは1人しかいない。ゾッとして血の気が引いたが、刑事としての経験がここで取り乱して相手のペースに乗せられる事を防いだ。カマ・・を掛けているだけの可能性も皆無ではない。


「……何の事を言ってるのか見当も付かないわね。要件がそれだけならさっさと消えなさい! でないと派手に発砲するわよ!?」 


 懐から取り出した銃を相手に突き付けて怒鳴る。


「……へぇ、流石は刑事さんですね。存外冷静だ。でも……コレ・・を見てもそう言ってられますかね?」


 そう言ってフィリップがポケットから取り出したのは、1台のスマホだった。


「何を……」


「いやぁ、今はホント便利な時代ですよねぇ? これ一つでリアルタイムのライブ配信なんて物が可能なんですから」


 訝しむローラを無視して、フィリップが楽しそうな声でスマホを操作する。そしてそのままスマホをローラに投げ渡した・・・・・


「な……!」


「面白い物が見れますよ。ああ、安心して下さい。あなたがソレ・・を見ている間、僕は絶対に手出しをしませんから」


 反射的にスマホをキャッチしたローラに、フィリップはそう声を掛けて一歩下がる。


「…………」


 ローラは相手の意図が掴めないながら、とりあえず油断なく銃は構えたまま目線だけをスマホの画面に落とす。


「――――ッ!!」


 そして驚愕に目を見開く事になった。



 画面に映っていたのは、どこかの薄暗い室内だ。その中央に大きな十字架状のオブジェクトが鎮座している。ローラが驚愕した原因は、その十字架にはりつけにされている1人の女性にあった。



(ヴェ、ヴェロニカ……!!?)



 その女性は間違いなくローラの友人、ヴェロニカ・ラミレスであった。ライフガード用の赤いワンピース水着のみを身に着けた姿で、両手両足を十字の形にピンと伸ばされた形で枷を嵌められ磔にされている姿が痛ましい。口はダクトテープで塞がれているようだ。


 奇妙な事に、その両手首足首を拘束している枷は、子供が砂遊びで砂を固めて作ったような外観をしていた。だがそれでいてヴェロニカの四肢をしっかりと拘束しているようだった。


『……やあ。これを付けたという事は、今見ているのはローラ・ギブソン刑事かな?』


「……!?」


 唐突にスマホから聞き慣れない男の声が聞こえた。同時に画面内……磔になっているヴェロニカの横に男が現れた。若いメキシコ系の男。ローラはこの男の顔も写真で見覚えがあった。


(カルロス・エスカランテ……!)


 フィリップと共にエジプトの発掘調査で行方不明になった学生。やはりローラの悪い予感は当たっていた。彼等は仲間だったのだ。となると残りの2人もフィリップ達の同類だろう。


『俺達の用件は一つだ。このヴェロニカに無事でいて欲しいなら……そこにいるフィリップの指示に従ってもらおう。もし逆らえば……』


 画面内でカルロスが片手を掲げる。するとその掌から砂が湧き出てきて一塊になり、大きめのナイフ・・・を形作る。その現象にもローラは息を呑む。やはり彼等は人外の怪物なのだ。


 カルロスはそうして作り出したナイフを、ヴェロニカの喉元……頸動脈がある部分に押し当てる。ヴェロニカが引き攣ったように身体を硬直させる。テープに塞がれたくぐもった呻き声のみが漏れ出る。


(ヴェロニカ……!)


 ローラは歯噛みする。この映像は間違いなく本物だ。ヴェロニカの恐怖がダイレクトに伝わってくる。


 ヴェロニカが大人しく捕らえられたはずがない。『力』を使って抵抗したはずだ。だが彼等は恐らくそれを物ともしなかったのだ。彼等がミラーカと同等程の強さを持っているなら別段不思議な事ではない。


 『力』の通じない強大な敵に囚われた今のヴェロニカは、凶悪な犯罪者の人質になった無力な女性と同じ状況なのだ。その恐怖と不安は察するに余りある。


「…………」


 ローラは唇を噛み締めて、グッと目を閉じた。


(ミラーカ……ごめんなさい)


 彼女から今回の敵……『バイツァ・ダスト』は、今までの力任せなだけの怪物達とは違うと警告を受けていたのに、その実感が無かった。足りていなかった。


 その結果先手を打たれ、この状況という訳だ。



「……何が望み?」


 目を開けたローラは、スマホの電源を切って銃を下ろすと、ニヤニヤと笑っているフィリップに静かな声で問い掛けた。事実上の敗北宣言であった。


「そうそう。最初から素直になればいいんですよ。詳しい事は『マスター』が直接お話になるそうです。とりあえず僕と一緒に来て頂きます。……さあ、こちらです」


 フィリップは一方的にそれだけ告げると、そのままきびすを返して歩き出した。ローラが付いてくる事を全く疑っていない余裕の足取りだ。


 ローラはその背を睨みながら唇を血が滲むほど噛み締めて、黙ってその後に付いて歩き出すのだった……。

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