File2:不吉な予兆

 ジェシカ達が退場した後はそのままお酒を飲みながらの慰労兼報告会となった。ジェシカは未成年なので今回は残念ながら不参加だ。


 事前にヴェロニカと話し合って、彼女の『力』に関してもクレアに伝えておく事になった。既にミラーカやジェシカの事についても直接見て知っている上に、これまでの事件でも何かと協力してくれたクレアなので、今後の事も考えると打ち明けておいた方が良いという結論になったのだ。


 ヴェロニカの『力』の事を聞いたクレアは、そこはFBIの超常犯罪に関わる部署の人間という事もあって、割合すんなりと信じて受け入れてくれた。ただし絶対に悪用しないようにと念を押された。


「そうなるとウチFBIの案件になっちゃうからね……」


 真剣な表情で言うクレアに、ヴェロニカも神妙に頷いて悪用しない事を確約した。



 その後は『ディープ・ワン』事件の顛末の話になり、クレアもダリオの冥福を祈ってくれた。しかしアバロンでの騒動の事を聞くと、今度は声を上げて笑われてしまった。一番恥ずかしい思いをしたヴェロニカが顔を赤らめて俯く。


「うぅ……あ、あの時の事は早く忘れたいです……」


 いくら海辺の街とはいえ、ビーチでもない街中にいきなり水着姿の美女が現れたのだ。奇異の目で見られない方がおかしい。きっと男性からは多分に好色な視線でも見られた事だろう。



 ひとしきり笑った後クレアが表情を引き締めた。


「それで私からも報告なんだけど、一応あなたには電話で概要だけは伝えてあるけど……逃亡したクラウスの事よ」


 ローラも頷く。ロサンゼルス北部に広がる森林公園の山中で死体となって発見されたらしい。


「どうもあそこに隠れ家か何かがあったようね。偽造されたパスポートや身分証の一式を所持していたわ。恐らく海外への高飛びを計画していたんでしょうね」


 しかしその逃亡計画が実行される事はなかった。


「……発見された死体は損壊が酷く、明らかに『食い荒らされた』跡があった。そう、まるであの『ルーガルー』のようにね……」


「熊か何かに襲われたという線は……」


 ローラは確認しながら自分でも信じていなかった。案の定クレアは首を横に振った。


「無いわね。あれは明らかに熊やピューマによる傷じゃない。ウチの検死官の見立てでは大型の猛禽類・・・・・・が最も近い線との事だったわ」


「大型の猛禽類……」


 それは明らかに『ルーガルー』や『ディープ・ワン』の特徴とも異なっている。ローラは猛烈に嫌な予感に囚われた。思わずミラーカの方を見ると、彼女も難しい顔をしていた。


「じゃ、じゃあそれこそ、その大型の猛禽類に襲われたんじゃ……」


 縋るような心持ちで確認するが、クレアは無情にも再び首を横に振る。


「2つの点でそれは無いと言い切れるわ。まず単純にサイズが違うわ」


「サ、サイズ?」


「ええ、傷の形状自体は猛禽類に近いけど、その傷の大きさは最大級の成体のハクトウワシの倍以上はあろうかというサイズだったの。現存種では勿論、絶滅種で考えてもあれ程の巨大な鉤爪を持つ種は、それこそオーストラリアに生息していたハーストイーグルくらいのものかしら。それもその中でも更に最大級の個体といった所ね」


「……!」

 絶滅した動物の事はよく解らないが、成体のハクトウワシの倍以上と言われるとその馬鹿げたサイズが実感できる。


「当然ながらそんな化け物じみた大きさの猛禽類が生息しているという目撃情報は皆無よ。これが1つ目ね」


「も、もう1つは……?」


「……あなたが電話で教えてくれたでしょう? 鼠タイプの『実験体』を護衛に連れているって」


「え、ええ……」


「何か非常に鋭利な刃物で輪切りにされたような、その『実験体』の死体も付近で見つかったわ」


「……ッ!」



 あの鼠タイプはサイズこそ大型のドブネズミ程度だが、毒針の射出能力も備えた『成功体』ではあったはずだ。少なくとも野生動物くらいなら問題なく撃退できる能力は持っていたはずだ。しかもそれが輪切りになっていたというのは尋常ではない。


「そう……ついでにクラウスは銃を持っていたようで、何発も発砲した形跡があったわ」


「…………」


 鼠タイプの『実験体』、それに銃。それらを物ともせずにクラウスを殺害して食い荒らした超巨大な『猛禽類』……。単なる野生の獣でない事は明らかだ。



(でも……それじゃ一体『何』だって言うのよ?)



 ローラの脳裏にこれまでの体験・・が浮かび上がる。吸血鬼やグール達、狼男、それに半魚人……。何だか自分が大衆向けのパニックホラー映画の世界に入り込んでしまったかのような体験の数々。



「また……なの?」

「ローラさん?」



 ローラは我知らず声を漏らしていた。ヴェロニカが訝し気にローラを見る。しかし止まらない。一度流れ出てしまうと、押し留めるのは不可能であった。  


「今度は何? また私の前に怪物が現れるの? 一体何なのよ!? 私が何をしたって言うの!? 何で毎回あんな目に遭わなくちゃいけないのよ! もう……もう、いい加減にして!」


「ロ、ローラさん……」


 ヴェロニカの唖然とした声。だが一度吐き出したローラの激情は止まらない。一体何故、人外の怪物が急に立て続けに現れるようになったのか。何故自分は毎回怪物達に殺されかけるのか。一体この街で何が起きているのか。何故、何故、何故――――!


 パニック障害のような症状を呈しかけたローラだが、ガバッ! と何か柔らかいものに頭を抱え込まれた。




「大丈夫よ、ローラ。落ち着いて。私が付いているわ」




 ミラーカだ。彼女は優しくローラの頭を掻き抱く。


「確かに色々怖い目に遭ったわね。でもあなたはこうして生きてる。そして何よりそれがあったからこそ私達はこうして出会う事が出来た。そうでしょう?」


「……!」


「ヴラド達に狙われ死を受け入れていた私に、諦めずに抗えと言ってくれたのは誰? 私はあなたのお陰で生き延びる事ができた。私達の出会いも、全部無かった方が良かったの?」


「そ、それは……」


 ローラの語調が緩んできたのを見計らって、クレアとヴェロニカも言葉を重ねてきた。


「そうね。ミラーカの言う通り、そうした事件があったからこそ私達もこうして友達になる事が出来た。それに犠牲を払ったのはあなただけじゃないのよ?」


 クレアはかつて自らが提案した作戦に失敗し、多くの仲間を惨殺された。彼女にとってあの出来事は未だに心に深い闇を落としているのだ。


「そうですよ! 私もジェシーもローラさんに出会えたお陰で、自分の中の力に向き合う切欠を掴む事が出来たんです! 皆ローラさんに感謝しているんです!」


「クレア……ヴェロニカ……」


 ジェシカはあんな形で父親を失い、ヴェロニカもダリオと死別する事になった。辛い目に遭っているのは自分だけではない。そして確かにミラーカだけでなく、彼女達との縁も今までの事件があったればこそだ。



「……ありがとう、ミラーカ。もう大丈夫よ」



 ローラの声が今までの調子を取り戻したのを確認してミラーカが離れる。ローラは頭を振って目の前のグラスからウィスキーをあおる。そして一息吐くと完全に元の調子を取り戻した。



「ふぅ……ごめんなさい。みっともない所を見せちゃったわね。もう落ち着いたから安心して」



 クレアもヴェロニカも安心したように肩の力を抜く。ミラーカが手を叩く。



「さあ、ちょっと暗い話が続いたわね。本来は皆の慰労とジェシカの歌を聞きに来たのが主目的だったはずよ。今は全部忘れてこの場を楽しむ事にしないかしら?」


「……! そ、そうね。私もちょっと無粋だったわね。おほん! ……それじゃあヴェロニカ? アバロンでの話、もう少し詳しく聞きたいわね?」 


「え、ええ!?」


 ミラーカの意をおもんぱかったクレアによって、触れられたくない話題に戻されたヴェロニカが目を白黒させる。その様子が可笑しくてローラは軽く吹き出してしまう。



 それ以降は事件の話が出る事も無く、皆楽しい夜を過ごす事が出来たのであった…………

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