File1:平穏な一時
ロサンゼルスのメインストリートから一本外れた通りにある小さなバー。小さいと言ってもカウンターからテーブル席も一通り揃っており、尚且つ専用の小さな舞台まで据え付けられている。
マスターの趣味でストリートミュージシャンをスカウトしてきて演奏をさせる事が多いので当たり外れはあるものの、掘り出し物に当たる事も多く概ね好評であった。それがこのバーの特徴ともなっており、粗削りだが可能性のある音楽を聞く為に、ややマニアックな音楽通達が良く集まってくる。また未来あるアーティストを発掘しようと、業界筋の人間が訪れる事もある。
当然演奏する側にとってもチャンスを掴める可能性のある場所としてそれなりに有名で、このLA界隈で活動している新人ストリートミュージシャン達にとっては一種の登竜門的な扱いであるそうだ。
そのような話を、ローラは向かいの席に座っているヴェロニカから聞かされていた。
「へぇ……ならジェシカも場合によってはって事? それは凄いわね」
「ええ、まあ……後はあの子達次第ですけど……」
ローラが感心したように言うと、ヴェロニカが心配そうな表情で舞台の方に視線を向ける。今は別のジャズバンドが演奏しているが、この次がジェシカのバンドのはずだ。ヴェロニカの様子にローラは苦笑する。
「まあ、私達が気を揉んでも始まらないわよ。ジェシカはまだ高校生でこれからの子なんだし、焦らず行くのがいいと思うわよ?」
するとローラの隣に座っているミラーカも同意する。
「そうね。今日は『ディープ・ワン』事件の
2人に諭されたヴェロニカが恥ずかしそうに俯く。
「あ……そ、そうですよね。あの子達を以前から知っているものですからつい……」
「確か、同じ中学高校の後輩なのよね?」
ヴェロニカの隣の席に座るクレアの確認に頷く。
「は、はい……。あの子達、本当に真剣に頑張ってましたし、ジェシカは
尚もソワソワしているヴェロニカに、今度は他の3人が皆苦笑する。
ローラはかつて教会でジェシカのステージを見に行くと約束していた事もあって、皆の慰労を兼ねてここに誘ったのであった。ミラーカやヴェロニカは事前に日取りを伝えておけば予定を空けるのは容易であったし、クレアに関しても一応声を掛けたら『ディープ・ワン』事件の顛末を当事者達から是非聞きたいという事で非番の日を調整して来てくれた。
4人の妙齢の美女が集うこの席は当然周囲の注目の的であったが、それを見越したミラーカが公衆の面前でこれ見よがしにローラを抱きすくめて熱いキスを交わして牽制した事が功を奏し、ゲイの集まりだと認知されてナンパをしてくるような男は居なかった。
ローラに関しては実際にミラーカと恋人同士なので問題ないが、クレア達には悪い事をしたと思うローラであった。そのクレアが顔を上げてステージの方を見る。
「あら、終わったみたい。それじゃ次はいよいよジェシカ達の番ね」
見ると演奏していたジャズバンドが客からの拍手に応えている所だった。彼等が退場して小休止の後、いよいよジェシカのバンドの出番となった。
ジェシカを先頭に入場してきたメンバーは全員女の子であった。ジェシカを含めて4人。スリーピースにボーカルのジェシカという基本的な構成のようだ。
バーの客達から歓声が湧く。口笛で囃す者もいる。ガールズバンドはこの界隈では珍しい上、全員高校生でしかも可愛いときている。そういう方面からの注目もありそうだ。
メンバー達が少し照れくさそうに挨拶している。まだ若干緊張があるようだ。ジェシカがローラ達に気付いたので、軽く手を振っておく。ジェシカは照れくさそうに、しかし嬉しそうな表情で微笑んでいた。
準備が出来た所で演奏が始まった。ロックバンドという事もあり、先程のジャズバンドの演奏よりもテンションが高めだが、それでもバーの雰囲気に合わせた落ち着いた調子の曲であった。
「へぇ……思ったよりも……いい感じね」
クレアが思わずといった感じで漏らすと、ローラも頷く。
「ええ……高校生だしもっと拙いと思ってたけど、正直今までの大人のバンドに全然引けをとってないわね」
ギター、ベース、ドラム。皆、しっかり連携が取れて美しい調和を奏でていた。きっとあれで相当練習してきたのだろう。それに加えて……
「ふふ……
ミラーカも目を閉じって聞き入っている。ボーカルであるジェシカの歌声は中々素晴らしいものがあった。大きくて良く響き、それでいてうるさいとは感じない、聞き惚れてしまうような美声であった。
「私も久しぶりに聴きましたが驚きました。前に聴いた時よりもずっと上手くなってます……」
ヴェロニカが驚いたように目を見開いていた。ローラもジェシカ達の評判が良かったというのは、決して外見上の理由からだけでない事が解った。
やがてジェシカのバンドの演奏が終わり、ローラ達は他の客同様に惜しみない拍手を送った。ジェシカは笑顔でそれらに応えていた。とても充実した様子であった。
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