File6:異常事態

「先輩、怪我はありませんか!?」


「大丈夫よ、ありがとう。……一体何だったの、こいつら?」


「明らかに正気じゃありませんね。ドラッグの過剰摂取か何かでしょうか……」


「全く、こんな時に……! かと言って放ってはおけないし、とりあえず署まで連れていきましょう。警部補に連絡を入れておいて頂戴」



 そんな会話をしている時だった。その時丁度……日が完全に落ちた。



 スタンガンを喰らって伸びていたギャングの目がカッと見開かれる。そして、身体のどこも曲げずに・・・・・・・・・・スゥッと起き上がった。それはまるで一本の棒が垂直に向きを変えたかのような不自然な挙動であった。



「「……は?」」



 期せずしてローラとトミーの声がハモッた。それと同時に――



「「ぐるるぅううううううっ!!」」

「……ッ!?」



 手錠を掛けられて制圧されたはずの2人のギャングも、同様の挙動で起き上がったのだ。そしてどんな怪力か、手錠の鎖をあっさりと引きちぎった。



「な…………」



 ローラが絶句する。ギャング達は挙動だけでなく、その目も明らかに不自然な変貌を遂げていた。



(瞳が……ない!? いや、と言うよりも……)



 逆だ。白目がない・・・・・のだ。その目は黒一色に染まっていた。そして唸り声を上げながら歯を剥き出しにするその口からは……



(あ、あれは……牙!?)



 犬歯と言うには明らかに長く鋭い『牙』が生えていたのだ。



「こ、こいつら、尋常じゃありませんよ! 新種のドラッグか何かですか!?」



 異常な事態に、トミーが再び銃を構えながら叫ぶ。ローラもその意見には賛成だ。事態はさっぱり解らないが、最早悠長な事を言っている場合では無さそうだという事だけは解った。ホルスターから素早く銃を抜いて水平に構える。



「止まりなさいっ! それ以上近付いたら容赦しないわよ!」



 しかしギャング達は向けられている銃口に一切頓着する様子が無い。それどころか牙の生えた口の端を吊り上げて、嘲笑したようにローラには見えた。ギャング達が一歩を踏み出す。ローラは決断した。

 夜の路地裏に銃声が轟いた。


 真ん中にいたギャングが、胴体に銃弾を受けて倒れる。仲間が射殺されたと言うのに、他の2人はお構いなしに近付いてくる。



「トミー!」

「……ッ!」



 そして再び轟く銃声。今度は一発では無かった。ローラとトミーの銃から放たれた銃弾は、狙い過たず胴体や頭部に命中した。


 ギャングが全員地に倒れ伏す……はずが、ローラ達は先程よりも更に驚愕に目を見開く事になる。


 起き上がったのだ。先程と同じく棒を立てるような不可思議な起き方で。全員が。2人は胴体、1人は頭を撃たれているにも関わらず、何ら痛痒すら感じている様子がない。



「せ、先輩……僕ら夢でも見てるんですか?」


「夢と思いたいけど……どうやら現実のようね」



 トミーが言っていたような新種のドラッグなのだろうか。それにしても頭を撃たれて平然としているというのは尋常ではない。考えてる余裕もあればこそ、ギャング達が突っ込んでくる。


「速っ……!」


 慌てて引き金を引き絞るが、今度はギャング達は銃弾を物ともせずに人間離れした速さで迫ってきた。その内1人は何と3メートル程の高さを軽々とジャンプしてトミーの方に飛び掛かった。


「うわあっ!」


 トミーが悲鳴を上げて避けようとするが、ギャングの方が遥かに速かった。ギャングに飛びつかれたトミーは地面に引き倒される。


「トミー! く……!」


 慌てて相棒の方に駆け寄ろうとするが、別のギャングが間に割り込む。後ろにはもう1人のギャング。挟まれた形だ。


「退きなさいっ!」


 割り込んだギャングに再び発砲するが、やはり死ぬどころか堪えている様子も無い。ギャングがローラの右腕を掴む。


「ぐ……あぁ……!」


 凄まじい握力に、苦痛から銃を取り落としてしまう。後ろのギャングもやってきて、ローラの左腕を掴む。両腕を掴まれた。



「は、離し……なさい!」



 必死で暴れるが、相手の膂力は文字通り人間離れしていた。為す術も無く、建物の壁に背中を押し付けられるローラ。


「かはっ……!」


 衝撃で一瞬息が詰まる。ギャング達は全く力を緩める気配がない。不気味な四つの黒い目がローラを覗き込む。おぞましさと恐怖から全身が硬直してしまう。正面に居たギャングが口を開く。凶器のように長い牙が再び露出した。その黒い目線は明らかにローラの首筋に向いていた。ローラは青ざめる。



(い、いや……何なの? 何なのよ、コレ……。何で私、こんな目に遭ってるの?)



 ローラとてロス市警に入職し、殺人課への配属を希望した時から職務に殉じる覚悟は出来ていた。しかし意味不明な状況に対する混乱と恐怖は、そんな彼女の覚悟を微塵に打ち砕いていた。今彼女は純粋な根源的恐怖に支配されていた。



「いや、た、助けて……誰かぁっ!!」



 警察として本来は自分が人々を助ける立場でありながら、気が付けば恥も外聞もなく大声で助けを呼ばわっていた。それを恥に思う心の余裕も無かった。ただ1人の人間として純粋に助けを求めていた。



 本来この誰も寄り付かない夜の路地裏に、その叫びを聞き届ける者は誰もいない…………はずだった。



「ガァッ!?」


 今まさにローラを手に掛けようとしていた2人のギャングが、苦痛に驚いたように仰け反った。銃弾を受けても平然としていたギャング達が。




「あらあら……だからあの時警告したのに、本当に命知らずなお馬鹿さんね。人の忠告は素直に聞くものよ?」


「――――っ!?」



 優美な女の声。聞き覚えのあるその声に目を開けたローラは、文字通り目と鼻の先にある絶世の美女の顔に思わず息を呑んだ。それはまさしくローラが追い求めていた女の顔であった。

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