File5:ギャングの襲撃

 車に飛び乗って、エディの自宅に向かう2人。時刻は夕方。もう間もなく日が暮れようとしている黄昏の時間帯だ。通りにはぼちぼち仕事を終えて自宅へと帰る車が目立ち始めている。


 エディの自宅がある通りはスラムにほど近い、余り治安がいいとは言えない区画だ。近付くにしたがって徐々に人気が無くなっていく。それと入れ替わる様に、派手な化粧と露出の多い服装をした女達の姿を見かけるようになってくる。いわゆる街娼という奴だ。


 彼女らが本格的に活動を始めるのは完全に日も落ちた後だが、一部気の早い者達がライバルに差を付けようとでもしているのか、既に通りに出始めていた。



「世知辛いのはどこの業界も同じですねぇ。行動原理も誰かさんと同じですね」



 トミーが街娼の姿に鼻の下を伸ばしながらそんな事を言ってくるので、ちょっと強めに肘打ちを入れておいた。



「馬鹿な事言ってないで気を引き締めなさい。もうすぐ着くわよ」



 そう言ってローラが何気なく横を向いて窓の外を見やった時だった。歩道をひっそりと歩いている1人の人物が目に入った。まるでもうじき訪れようとしている夜の闇に溶け込もうとするかのような長い黒髪、そして黒いロングコート――――



「……ッ!?」

 ローラは思わず車のブレーキを踏んでいた。



「――っと! 急にどうしたんですか、先輩!?」


「いたのよ!」


「え?」


「あの女……! あの倉庫跡で見た女に間違いないわ!」



 言いながらローラは後ろを振り返り女が歩いていた歩道を見るが、そこには既に女の姿は影も形も無かった。



「……先輩。やっぱり今日はもう帰りませんか? きっと疲れが溜まってるんですよ」


「馬鹿! 幻覚なんかじゃない! 間違いなく居たのよ!」



 丁度あの女の事を考えていたならともかく、全く唐突に現れたのだ。幻覚や見間違いのはずはない。



「――追うわよ!」

「あ、先輩!?」



 路肩に駐車する時間ももどかしく、ローラが飛び出す。トミーも慌てて後を追う。


 ローラは血走った目で周囲を確認しながら、女が歩いていったと思しき方向に目安を付けて走り続けた。やがていつしか人気のない裏路地のような場所まで来ていた。路地は丁度袋小路になっており、どこにも隠れられるような場所はなかった。



「――そんな!」


「……先輩。気が済みましたか? 今日はもう帰りましょう。ゆっくり休んで、明日また出直しましょう」


「…………」

(全て幻覚か何かだったと言うの? そんな……でも、そんな事、あり得ない!)



 現実を受け入れられないローラが難しい顔をして考え込んでいた所……後ろ、つまり彼女達がやってきた袋小路の入り口から、奇妙な唸り声のようなものが聞こえてきた。


 慌てて振り向いた彼女達の目に、3人のアフリカ系の青年が路地の入口を塞ぐように立ちはだかっているのが映った。青年達は皆、腕に特有のタトゥーを施していた。3つ並んだAの文字に装飾を施したようなデザインの赤いタトゥー。



「マイクが所属してたギャング団の連中みたいですね……」



 トミーが咄嗟に銃を構える。連中は全員ナイフや鉄パイプのようなもので武装していたが、見た所銃器の類いは持っていない。ローラは相手を刺激しないよう、自身は銃を取り出さずに、しかし舐められないよう強めの口調で詰問する。



「何なの、あなた達は。マイクの知り合いかしら? 私達はロサンゼルス市警の者よ。今すぐ武器を置いて後ろに下がった方が身の為だと思うわよ?」



 マイクの関係者なら聞きたい事もあるが、とりあえず自分達の安全の確保が最優先だ。 銃の代わりにバッジを見せながらギャング達を威嚇する。だが……



「ぐぅうううう……!」



 こちらの言葉が通じているのかどうか、ギャング達はお構いなしに武器を構えながら距離を詰めてくる。唸り声と言い、どうも正気ではない様子だ。



「先輩っ!」

「……ちっ!」



 警告を聞き入れる気が全くない様子に、トミーが注意を促す。ローラは舌打ちしながらスタンガンを取り出す。相手は銃を持っていない事もあり、射殺はあくまで最後の手段としたい。それを見てトミーも慌てて銃をしまう。



「ぐるぅおおおおぉぉっ!」



 ギャング達が武器を振りかざして迫ってくる。振り下ろされる鉄パイプは、明らかに手加減なしの殺気が込められていた。ローラは身を逸らしてそれを躱すと、相手の脇腹にスタンガンを喰らわせる。



「……!」

 ギャングがビクンッと跳ねながら、声も無く崩れ落ちる。お構いなしに別のギャングがナイフを振りかざして突っ込んでくる。



「危ないっ!!」



 トミーが横合いからタックルを仕掛けそれを阻止する。体勢の崩れたギャングに警棒を叩き込んでいる。



「良くやったわ!」



 その間に最後の1人に対処する。相手はバールのような物を両手に構えている。先手必勝とばかりにスタンガンを繰り出すが、同時に相手も動いていた。横薙ぎに振るわれたバールの先端がスタンガンに引っかかり、ローラの手から弾かれてしまう。



「く……!」



 銃を抜く暇はない。素手のローラに対して相手は容赦なく、武器を再び横薙ぎにしてくる。咄嗟に身を屈めて躱したローラは、そのままの勢いで足払いを仕掛ける。大振りの攻撃を躱された直後のギャングは、体勢を崩しそのまま転倒する。


 ローラは素早くギャングの背中に組み付くと、そのまま腕を捻じり上げて、膝頭で背中を踏みつけて押さえ込む。


 トミーもナイフのギャングを押さえ込んで、手錠を掛けていた。ローラも押さえ込んでいるギャングに手錠を掛け終えると、ようやく人心地ついた。

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