File4:闇への扉


「先輩、そんなに慌ててどうしたんですか?」



 帰りの車の中でトミーがそんな風に聞いてくる。自分でも解らない焦燥のようなものに駆られていた。



「……さっきのエディの話に出てた黒髪の女……私があの倉庫跡で見た女の特徴と一致するのよ」


「女って……先輩、あれ本当だったんですか!? 僕はてっきり……」


「てっきり何よ?」


「い、いえ、何でもありませんよ? でもその女が本当に居たとして、事件に関わってるって確証はあるんですか?」


「確証なんてないわ。でも確信ならある。あの女があそこに居たのは偶然じゃない。犯人かどうかはともかく、絶対に何か知ってるはずよ」


「……まあどうせ行き詰まってるんですから、何でもやってみるべきかも知れませんね」



 トミーもとりあえず異存は無さそうだった。しかしローラはそうやって自分に言い訳をしていた。


 確かにあの女が事件に何らかの形で関わってると感じたのは事実だが、それを抜きにしてもどうにも彼女の事が忘れ難かった。もう一度会いたい。理由も不確かなまま、ローラの中でその思いは増々強くなっていくのだった。


 


****




 それからはしばらく地道な作業が続いた。令状を取ってマイクの携帯の暗証番号を聞き出すと、番号やアドレスが登録されている人間の情報を片っ端から調べていくのだ。


 それ程交友関係は広くなかったのか、登録されていた件数はそこまで多いものではなかった。だがそれでも全て洗い出すのには、数日の期間を要した。





「例の女と思しき情報は、結局マイクの携帯にはありませんでしたね……」



 ふぅっとデスクで一息吐いていたローラに、トミーがコーヒーを差し出しながら言った。



「まあ、そう簡単にいくとも思ってなかったけどね……」



 コーヒーを受け取りながら嘆息する。その言葉は嘘ではないが、ほんの僅かでも期待があったのもまた事実だ。だが登録されていた人物は全て身元の割り出しが済んでおり、その中にあの女は存在していなかった。振り出しに戻ったような気分だ。



「この後は登録されていた人物達への聞き込みと、当日のアリバイ探しですかね。……想像しただけでゲンナリしますけど」



 それはローラも同感だったが、何も手がかりが無い以上やるしかなかった。景気づけにコーヒーを一気に飲み干すと、思い切って立ち上がった。



「さあ、まずはまた父親のエディの所へ行くわよ。なるべく被害者に近しい人間から調べて行かないとね」


「ええ!? 今からですか? 後1時間もすれば日が暮れちゃいますよ。明日からにしませんか?」


「携帯に登録されてた人達に、軒並み聞き込みをしなきゃいけないのよ? 悠長な事してたらいつまで経っても終わらないわよ。また警部補の胃に新しい穴が開く前に、何でもいいから進展してるって実績を出さなきゃ。ダリオの奴も行き詰まってるみたいだし、ここで差を付けるのよ」


「はぁ……それが本音ですか。解りましたよ。僕も気が滅入る事はさっさと終わらせたいですからね」






 ここで遅い時刻にも構わず聞き込みに出掛けるのを選択した事がこの後のローラの人生を大きく狂わせていく事になるとは、勿論この時点では想像も出来なかった事だ。


 トミーの言う通り明日に回しておけば、恐らくこれから先の彼女の人生は全く違う物になっていただろう。平穏だがそれなりに刺激に満ちた普通の人生を送っていく事が出来たかも知れない。


 だが彼女は自らの意志で、それとは知らずに一歩を踏み出してしまったのだ。決して後戻りする事は出来ない闇の世界への入り口に……

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