File7:ミラーカ

「あ、あなた……!」


「話は後よ。まずはこの者達を『処理』してしまわないと……」


「しょ、処理?」



 女に気を取られていたローラだが、状況を把握するにつれて、その目が今日何度目かの驚愕に見開かれる。女は2人のギャングの首根っこを後ろから片手でそれぞれ掴んでいるのだった。そして……



「う、嘘でしょ……?」



 何と2人のギャングの身体が宙に持ち上がり始めたのだ。ギャング達は必死で後ろの女を掻き毟ろうと暴れるが、女はお構いなしに片手で彼等を持ち上げる。女の優美な外見からすると常識外れの怪力だ。


「ふっ!」


 女が気合の声を発して手に力を込める。すると2人のギャングがビクンッと大きく震えると、全身が弛緩したようにダランと垂れて動かなくなった。女が手を離すと、ギャング達は先程までの生命力が嘘のように、二度と起き上がってくる事はなかった。女の両手は血まみれであった。



「な、何をしたの……?」


「延髄を砕いたのよ。『グール』達はそこが急所なの。それ以外では簡単には死なないわ」


「グール?」



 女は戸惑うローラには構わず、最後の1人に注意を向ける。仲間が2人、本当に・・・死んだ事によりそのギャング――グールはトミーから離れ、女に威嚇するように牙を剥いた。



「下がっていなさい」



 ローラにそう一声掛けて、女がロングコートを脱ぎ捨てる。


「ッ!?」


 ローラは思わず目を瞠る。コートの下の服装は、かなり際どいボンテージ風の衣装だったのだ。黒光りするレザー素材が女の白い肌によく映えていた。


「グアァァッ!」


 グールが狂乱したように女に飛び掛かる。人間離れしたまるで獣のような挙動であった。女はその突進を横っ飛びに躱す。すれ違いざまに延髄を攻撃しようとするが、そうはさせじとグールが反転。女に拳を振り上げて殴り掛かる。女はバックステップで躱すが、その背中が壁に当たる。狭い袋小路の弊害だ。グールが両手を広げて襲いかかる。


「あ、危ない!」


 ローラは思わず声を上げてしまう。女は自らも両手を広げて、グールとそれぞれの手を掴み合う。純粋な握力勝負となるが結果はすぐに出た。


「ガァァッ!?」


 グールの両手が握り潰されたのだ。グールは破れかぶれに牙で噛み付こうとするが、女に顔ごと片手で受け止められる。動きが止まった所に女が空いている手で貫手を作り、グールの延髄に突き入れた。


「……!!」

 グールが呻き声すら上げずに、やはりビクンッと痙攣してから崩れ落ちた。




****




「ふぅ、終わったわね。……怪我はないかしら? あいつらにどこか齧られたりしてない?」


「あ、あなた、一体何者なの……?」


「まずは私の質問に答えて。グールには『マーキング』という厄介な特性があるのよ」


「マーキング? 何だか知らないけど、どこも齧られたりしてないわ。トミーは?」



 ローラが問い掛けると、トミーが頭を振りながら身を起こしてきた。



「うぅ、えらい目に遭いました。え、怪我ですか……? いえ、転んだ際に少し擦り剥いただけです」


「そう、なら良かった。さて、私の名前だったかしら? そうね……ミラーカと呼んで頂戴」


「つまり本名じゃないって訳ね」



 ローラの詰問に女――ミラーカは少し申し訳なさそうな顔をした。



「ごめんなさい。事情があって軽々しく本名を名乗れないのよ。私の事を呼ぶだけなら、不都合はないはずよ」


「事情、ね……。それって『サッカー』絡み?」


「…………」



 ミラーカは再び少し困ったような表情で押し黙った。ローラはこんな状況だが、ミラーカをもっと困らせてやりたいような屈折した衝動に駆られた。が、そこにトミーが割り込んだ。



「先輩! 今はそれよりも、もっと切迫した疑問があるでしょう!? 一体こいつらは何なんです!? 頭を撃たれても平然としてるなんて尋常じゃありませんよ。それにあの異常な身体能力……!」


「そう、ね。……ミラーカ。あなたはこいつらを『グール』と呼んでいたわね。殺し方も知ってた。一体こいつらは何なの? 何も知らないとは言わせないわよ?」



 ミラーカが今度は若干面白そうな表情と口調になる。



「あらあら……私、一応あなた達の命の恩人のはずだけど……?」


「助けてくれた事には素直に感謝してる。でもそれとこれとは話が別よ! 私は刑事なの。目の前で行われた異常な事件を見過ごす事なんて出来ないわ」


「立派な心掛けね。でも好奇心は猫をも殺す、なんて言い回しがあるように、これ以上首を突っ込むと、あなたの為にならないわよ?」


「おあいにく様。見てしまった以上知らんぷりなんて出来ない性分なの。さあ、話しなさい」



 ミラーカは再び困ったような顔をした後、しばらく考え込んだ。そしてコートを拾い上げると、内ポケットから一枚のカードを取り出した。



「これは? 『アルラウネ』?」


「ナイトクラブの名前よ。カードはその会員証。それを見せればガードマンが通してくれるわ」


「……これをもらってどうしろって言うの?」


「明日の夜10時過ぎに、そのクラブへ来なさい。そうしたら事情を話すわ」


「適当言ってまた雲隠れする気じゃないでしょうね?」


「……確かにあなたは此方・・の事情に触れてしまった。なら闇雲に動かれるよりは、ある程度の事情を知っておいた方がまだ安全よ。一晩ゆっくり考えてみて、考えが変わっていないようならその心は本物という事。後は『アルラウネ』で話すわ」


「……いいわ。明日の10時以降ね。ちゃんと待ってなさいよ?」



 ミラーカの言う通り、確かに今は躁状態と言うか……余り冷静に物事を判断できる自信が無かった。冷静になって考える時間は必要かも知れない。



「はぁ……でもその前にこのギャング達の事を署に連絡しないといけないわね。……何て言って説明しよう?」


「言っても誰も信じないと思うわよ。それにほら……死体の事は心配しなくて良いわ」


「え?」



 ミラーカが指差した先……ギャング達の死体が、まるで土くれのようにボロボロになって風化し始めた。



「せ、先輩、これは!?」


「ミラーカ……ッ!?」



 2人がギャング達の死体に気を取られていた一瞬の間に、ミラーカの姿は忽然と路地から消え去っていた……

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