ロリコン裁判

~203号室。ロリコン裁判所~



「不破さん? それは勘違いだよ勘違い」


「勘違いなものですか! 証拠だってたくさんあるんですから!」



 おお……怒ってらっしゃる。


 いやしかしロリコンかあ。周りから見ればそうなるだろうなとは思ってたけど、まさかロリから言われるとは。



「一応証拠っていうのも聞いていいかな? 相違があれば訂正したいし」


「自分から墓穴を掘りたがるとはいい度胸ですね。もちろん言われずとも突き付けてやりますよ」



~妖精王女、スマホをTVに接続~



「こちらは私が黒川さんに『眷属との関係について』インタビューを行った映像です。他ならぬ本人の言葉ですから信頼性もあるでしょう」



 そう言って始まった動画は黒画面に質問文が浮かび、それに杏子ちゃんが答えていくという嫌な既視感のある構成だった。他意はないんだよね?



『初めてはいつ?』


「うむ。先日の大雨の日のことだ。魔獣に襲われて困っていた我は偶然見つけた眷属と血の契約を結び、生涯を共にすることとなったのだ。その……かなり優しくしてくれた」



「ほらァ! これでも言い逃れできるんですか!?」


「待て待て待て! 間違ってはないんだけど語弊が多分にありすぎる! 雨宿りさせておやつをあげただけだよ」



 杏子ちゃーん! 言い方が悪いよ言い方が!



『どんなことをしたの?』


「まずは湯浴みだな。暗黒神が濡れたままというのも格好がつかぬ。その後眷属のニオイ……魔力が染み込んだ衣服にて消耗した魔力を回復させ、獣と共に戯れた」



「何よこれ! 絶対ヤってるじゃないの! 獣って何の暗喩よ!」


「何言ってるのさこの感性ピンク色フェアリーは! 雨に打たれてたからシャワー貸しただけだって!」



 いや、それもまあまあヤバいんだけどさ。

 つーか眷属のニオイって……今度から洗濯洗剤増やそうかなあ。



『眷属のことはどう思ってる?』


「ふぇ……? そ、そうだな、良き手下であると思うぞ」



「ほらぁ、普通だろ?」


「何言ってるの! この表情で分からないわけ!?」



~おっさんとティターニア、動画鑑賞完了~



 その後もいくつかの質問を喧々諤々しながら見るにつれ、不破さんはどんどんヒートアップしていった。



「だからあなたはロリコンなの!」


「いやあ、そう言われても違うんだけど……。ていうか仮に俺がロリコンだったとして、不破さんはどうしたいの?」


「はあ!? それは……黒川さんから離れさせるのよ」



 ん? なんだか歯切れが悪いな。



「でもさ、見てもらったら分かるように、ここには杏子ちゃん自らの意志で遊びに来てるんだよ? そりゃもちろん俺も楽しんでるけどさ。俺がロリコンだって杏子ちゃんに言うのは不破さんの勝手だけれど、最終的にどうしたいのかは杏子ちゃんが決めるべきじゃないかな」


「えっと……そうだけど……」



 ちょっと意地が悪いかもだけど、掘り下げさせてもらおう。

 ロリコン扱いされてこのままなのもあんまり良い気じゃないし、別に本心がありそうな気がする。



「そもそも眷属だって言ってる俺をロリコン扱いして、杏子ちゃんはどう思うかな? 本当にあの子のことを思うのなら俺の居ない場所で直接本人に伝えるべきじゃない? わざわざ杏子ちゃんのあずかり知らない所で、俺にだけ、関係を辞めさせるように仕向けるのはどうしてかな?」


「う、うううううう……」



 大人げないなあ……俺。



~妖精王女、決心する~



「……羨ましいのよ」


「羨ましい?」


「ええ、認めるわ。私はアナタが羨ましい」



 不破さんは一息ついてから落ち着いて話し始めた。大人っぽい子だとは思ったけど、しっかり理性的に自分のことを言える強い子だ。



「ねえ、黒川さんってステキだと思わない?」


「うん。とても良い子だと思う」


「でしょう? 私も初めて見たとき驚いたわ。あんなにも可愛らしくて、優しくて、儚い女の子……」



 ああ、なるほど。この子の原動力は独占欲だ。

 自分の好きな物を、自分だけのものにしたい。俺も昔、気に入ってたおもちゃで兄貴が勝手に遊んでいて大泣きした記憶がある。不破さんにとって杏子ちゃんはそういった大切な相手なんだろう。



「私は体育の授業で偶然黒川さんを知って、それから気が付けば目で追いかけるようになっていた。名前を調べて、彼女のクラスメイトに聞いてどんな子なのかを調べた」

「それから帰り道を尾行して住所と交友関係と家族構成と出身小学校とその他諸々を知って、アナタの家に出入りしていることも知った」



 ん……尾行? 家族構成?



「驚いたわよ、黒川さんがこんな冴えないオジサンの家に出入りしているだなんて。それも学校ではとても見せないような笑顔で」



 杏子ちゃん、学校ではあまり笑わない子なのか。そういえば雨の日も最初はスゲー大人しかったっけ。



「その理由を突き止めるために私は放課後彼女の机を漁って――」


「ちょ、ちょっと待ってもらっていいかな!?」


「なによ。今から大事なところなんだけど」


「いやあ、えらく細かいところまで調べてるけどさ、それって杏子ちゃんの許可は……?」


「取れるわけないじゃない。『あなたの机を漁らせてください』って言われて、アナタは許可を出すかしら?」


「出すかしらって……そりゃ出さないけど」


「そういうことよ。続きを話すわね」


「お、おう」



 こ、この子もなかなかこじらせてるな……。

 倫理観の話は後にして、とりあえず最後まで聞いてみるか。



「彼女の机の中には『暗黒神黙示録』と書かれたノートがあったわ」


「クリティカルヒット!」


「はぁ? まあいっか。私はそれを見て、最初は宗教か何かかと思った。でも調べた情報によれば黒川家はに関して特別な点は無さそうだったし、書いてある内容について調べてみても色々なサブカルチャーを出典にしていたり設定が支離滅裂だったり、とにかく杜撰ずさんなものだった」


「アイタタタ……」



 杏子ちゃん、ご愁傷様です。



「そうして調べているうちに、中二病という概念が存在することを知ったわ。むちゃくちゃな黙示録の内容も、中二病であるなら一気に説明がついた」


「うん、正解だと思います……」



 知らない所で自分の黒歴史を研究されてるだなんて地獄すぎる……このことは墓場まで持っていこう。



「私は思ったわ。『他人とあまり関わりを持たない彼女でも、同じ世界観を持つ相手になら心を開くんじゃないか』って」


「それでリトル・ティターニア妖精王女と」


「ええ。私も適性があったのかしらね、設定を練っている間は存外楽しかったわ。昔からお世辞で妖精みたいだと言われることはあったけれど、演じてみると面白くって」


「うん、似合ってると思う。設定も凝ってるけど、服装や言葉遣いだって気にしてるんだろう? 暗黒神なんて今日Tシャツと短パンだったぜ」


「うふふ、黒川さんはそれでいいのよ。ただ、それでも彼女はアナタの話ばかり……『今日の眷属は』『眷属に借りた魔導書が』『明日も眷属の所へ行ってやる』他にも色々聞いたわ」



 ああ、杏子ちゃん楽しそうだもんなあ。毎回マンガの感想を報告してくれたり暗黒神の伝説について語ってくれたり。



「本当に悔しかった。いい迷惑だろうけれど、アナタが恨めしくて仕方なかったわよ」


「アハハ……」


「まあ無難な反応だこと。本当にどうしてコイツなのかしらね……」



 不破さんは穏やかに笑いながら近寄ってくると、あぐらをかいている俺の足の上に座った。



~ティターニア on おっさん~



「不破さん?」



 小さい子のような甘い香りがする。身長の通りに重さを感じさせない彼女は俺の上半身に背中を預け、顔をあげてこちらを見る。ぬるい春の気温よりも高い体温が布越しに伝わっていた。



「嫌なら退けていいわよ。別にセクハラだなんて言わないから」


「嫌って……」


「改めて話してみてね、やっぱり黒川さんからアナタへの好意を折るのは難しいと思ったのよ。だから逆に、あなたからの好意を奪ってみようかな……なんて」



 柔らかくて小さな手に引かれ、俺の手が金色の髪にスルリと絡んだ。

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