良いものは色褪せない。人も簡単に変わらない。


~日暮れ前。ボロアパート203号室~



「我は退屈だぞ眷属ぅー……」



 ゴン太問題を解決後、お母さんが帰ってくるという19時まで俺と杏子ちゃんはやることがなくなってしまっていた。


 パソコンを好きに使わせて俺の『新しいフォルダー』が火を吹いたら大変だし、テレビもニュースや情報番組ばかりでアニメにはまだちょっと早い。どうしたものか。



~暗黒神、部屋を探索~



「おっ、異界の物語をしたためし禁断の書物があるではないか!」



 禁断の書物マンガね。ガキの頃はバカみたいに買ってたからなあ。最近は買わなくなったけど、捨てるにも捨てられないしで実家から持ってきたんだよね。



「む……我の知らぬ名が多いな」


「あはは。俺が杏子ちゃんぐらいの頃のやつだからね。でも名作揃いだよ」


「ほう、古代の名の知れた魔導書たちか」



 古代とか言わないで……おじさんまだ心は若者だから……ガラスの20代(ギリギリ)だから……。



「読んでもよいか?」


「もちろん。でも絵が古いから杏子ちゃんが気に入るかどうか」


「ククク……我は暗黒神ぞ? たとえネクノロミコンであろうと読み伏せてみせよう」



 ネクミコンね。それじゃあGoogle先生に『もしかして:ネクロノミコン』とか言われちゃうよ。


 ネクロノミコンはクトゥルフ神話に登場するアブドル・アルハズラット著の魔導書のこと。エイボンの書や無名祭祀書と並ぶビッグタイトルだ。最近クトゥルフTRPGが流行ったから、それで知ったのかな。



「邪神に興味があるなら……これなんてどうだろう」



~暗黒神、眷属オススメの禁書を閲覧中~



「……!」



 おー、キラキラしてる。


 俺が杏子ちゃんに薦めたのは『Cthulhu-MAN』。タイトルの通りクトゥルフ神話がモチーフのマンガだ。


 主人公“愛 作太郎”が邪神の力を借りて社会の闇と戦うストーリー。熱いバトル、カッコいいライバルたち、ダークだが分かりやすい世界観。そして何よりニヒルなダークヒーローである作太郎がカッコいい。


 ヒーローがみんなの憧れなら、ダークヒーローは俺たちひねくれ者中二病の憧れだろう。社会に認められない苦悩。それでも戦う正義感。扱う力が恐ろしいのも含めて、まさしく中二病が頼って演じるそのものだ。



「け、眷属! 続きを!」


「はいはい」



~暗黒神、Cthulhu-MAN第2巻を読了~



「俺は正義じゃない……悪の敵さ!」



 いやあ、気持ちいいぐらいハマってくれたなあ。


 ちなみに今のは作太郎の名ゼリフ。彼に力を授けてくれた恩師の仇であるドン・クセーノの「正義にでもなったつもりか!」というセリフに返したもの。


 作太郎は復讐でも人助けでも正義で人を傷つけちゃダメだ! って考えてるんだよな……それが原因で苦悩する終盤が見ものでさあ」


「眷属! ネタバレするなんてなんばしよっとか!?」


「うおおぅ、ごめん! 声に出ちゃってた」



 完全に無意識だったわ。


 杏子ちゃんはテンション上がると訛るのかな。さっきと方言の地域が違った気がするけど。



「……まあ良い。ところで眷属よ、この聖典はあと何冊程度あるのだ?」



 聖典に格上げされてる……。



「たしか本編が32巻と小説版が2冊。それにファンブックも2冊と外伝が3冊とアニメが2クールと映画版が……」


「ま、待つのだ! 我が言っておるのはこのく……『くちゅーふマン』だけの事ぞ!?」



 残念。それはくちゅーふじゃなくてクトゥルフと読みます。口すぼめてるの可愛い。



「そうだよ。杏子ちゃんの世代は知らないだろうけど超人気作だったからね」


「う、うむ……たしかに面白いからな」


「おいおい、序盤だけでCthulhu-MANを知ったつもりになってちゃ困るな。2巻じゃまだ最大のライバル『ハスター』も登場してないだろ?」



 Cthulhu-MANの人気の秘密はライバルたちにもある。同じく邪神の力を授けられた人間たちで、熱狂的ファンが今でも大勢いるほどだ。その中でもハスターは寡黙で陰気な作太郎と正反対のいわゆる『俺様系ツンデレ』で、共闘したり決闘したりスピンオフが出たりと第二の主人公的キャラである。一部のお姉さま方にも大人気らしい。



「あっ、くとぅるふって読むんだ……じゃなくて! ネタバレをするな! そして眷属なのに偉そうにしちゃダメなんだぞ!」


「あはは、ごめんごめん


「うひっ……。い、以後気をつけるのだぞ?」



 ちょろい。ちょろいよ杏子ちゃん……。



 まあ俺の不注意なのは確かだな。マンガなんて飽きたと思ってたけど好きな作品となると熱が入ってしまう。よく中二仲間からも同じように怒られたっけ。



「はい、3巻どうぞ。ココア入れるけど飲むかい?」


「飲む!」



~ココアが空になった頃~



「……あれ? 今何時だ?」


「ふぇ……? えーっと」



 杏子ちゃんに聞いてもわかんねーか、俺の部屋だしな。えーっと……。



「うわっ、もう18時45分か。杏子ちゃん、制服が乾いてるか確認してもらって良い?」



 懐かしくなって俺もマンガを読んでいたらこんな時間だ。好きなことをしていると時間が経つのが早すぎる。


 杏子ちゃんの制服は洗濯後、換気扇を回した浴室に干してもらっておいた。乾くかは分からないけど雨ざらしの後にそのままというわけにもいかないだろう。



「今ツァトゥグァの子供が……眷属見てきて……」


「ああそりゃ邪魔できねーわ。ごゆっくり……」



 ツァトゥグァの子供というのは、ライバルの一人であるツァトゥグァが子供を人質に取られ、敵対している作太郎に助けを求めるという話のことだろう。プライドが高く力が弱いツァトゥグァは作太郎に頼ることに逡巡し、あと一歩というところで助けが間に合わない。ファンの間でも賛否が分かれるけど、とにかくドキドキする回になっている。


 読んだことがあるからこそ途中で止められない気持ちが分かる。俺からすればその後のツァトゥグァvs作太郎まで含めて神回だ。ぜひとも集中して読んでもらおう。



「じゃあ俺見てくるわ」


「うん……」



~男の部屋。浴室~



「さーて、乾いたかなっと」



 制服は微妙だな……スカートはそこそこ乾いてるか。Tシャツも大丈夫。あとは……。



パンツ「やっほー」



「パンツ!!!」


「眷属ー……?」


「あっ! ゴメン今のくしゃみだから!」


「そう……」



 危ねえ! 杏子ちゃんがマンガに集中してて助かった……。



 グレー地に星柄のパンツ……可愛いけどさ。


パンツ「いやん、照れるわぁ」


 あっ、同じ柄のスポブラみたいなのも干してある。


スポブラ「邪魔してるでー」


 これはご丁寧にどうも……じゃなくて! てことは今! 杏子ちゃんは!



Tシャツ「ノーパンやな。そんでノーブラや」



「お前が言うのかよ! あとなんで関西弁っぽいんだよ!!」


「眷属ー……?」


「くしゃみ! くしゃみだよー!」


「そう……」



 はあ……マンガ読んでるとはいえ警戒してなさすぎだろ……。


 これはさすがに乾いてるかチェックできねーな。



パンツ「なあ、あんちゃん」


 なんだよ……なんでJCのパンツに話しかけられてるんだよ……俺疲れてるのか?


スポブラ「いや俺らの声はあんちゃんの幻聴やけどな?」


 そうか……疲れてるんだな……。


Tシャツ「それどころやないで、あんちゃん」


 はあ? 何言ってるんだよ。


「眷属」


「だからくしゃみだって……あっ」



 振り返った先には杏子ちゃんが居たわけで、俺は杏子ちゃんのパンツたちと脳内会話をしている所を見られたわけで、すでに彼女の目には涙が溜まり始めているわけで……。



「うわあああああああああああああああああん!!!」


「あ、杏子ちゃん!? 違うんだよ!」


「ぜったいくしゃみじゃないもおぉぉぉぉぉぉん!!!」


「違うんだって!」


パンツ「何が違うん?」


「中学生のパンツに興奮したりしないって!!!」


「ばあああああああああああああああああああ!!!」



 その後も俺の弁明と杏子ちゃんの悲鳴が交互に鳴り響き、無事に予定であった19時をオーバーすることになるのであった。

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