もう戻らない

 夏の土臭い畦道あぜみちを歩いている私の髪の毛を誰かがぐいっとひっぱった。

「おい、男女おとこおんな! あいかわらず髪が短すぎて男か女かわかんねぇなあ!」

 振り向くと、同級生の男の子たち数人が私を見てニヤニヤしていた。

「な、なにすんのよ……!」

 精一杯の怖い顔を作ると、きゃはははっという笑い声と共に私の横を駆けて行ってしまった。

 男の子たちの後ろ姿をめいっぱい睨み付ける。だけどいきなり強い風が吹いて、目を開けていられなかった。

 

 しばらく閉じていると瞼が作る闇が濃くなっていき、耳の横からシャキンという音が聞こえてきた。その音を聞くたびに、足先や手先からじわじわと冷たくなっていくのを感じて、恐ろしくなる。

 はやくなんとかしないと、きっと大変なことになる!

 そう思って身をひねると

「あれあれ、おかしぃなあ」

 という声が遠くの方から聞こえてきた。

 とても楽しそうなのに、その声の余韻にどこか暗さを感じた。

 声に意識を集中させる。恐ろしい声だけど、今はそれしか、すがるものがない。

 だんだん声が近づいてくる。その代わりに、あの氷のように冷たい音がどんどんと遠ざかっていく。足先も手足も、もう冷たくない。

 瞼の外が明るくなったのを感じ、私は目を開けた。


 白い光に、つんと目が痛くなる。

 だんだん目が慣れてきて、目の前のものがはっきりと見えるようになる。

 目の前には、髪の短い私がいた。

 びっくりして身をのけぞると、切られた髪の毛が肩からさらりと落ちた。

「あ、お客さーん。起きました?」

 その声で、私の後ろに立っている美容師さんに気づいた。

「あの、すみません……寝てしまって」

「だいじょぶ、だいじょぶ。しっかり切っておきましたからー」

 そう言いながら、彼は、私をてるてる坊主のスカートのように包んでいた布をとった。さらさらさらと、髪の毛が落ちる音が聞こえる。

 まだ夢心地で、自分を確かめるように頬に触れ、鏡をよく見てみる。

「……ん? えっ?」

 鏡では、耳も首も丸見えの、髪の短い私が、頬に手を当てていた。

 あまりの驚きにそのままの体勢でかたまっていると、美容師さんが申し訳なさそうに眉をさげた。

「ごめんなさい、ちょっと楽しくて、切りすぎちゃったんです…」

「はあ……」

 私は気の抜けた返事をすることしかできなかった。

 ……目を開けたときに見た髪の短い私は、見違えじゃなかったのか。

 足元に落ちている自分の髪に視線を落とし、少し寂しい気持ちになる。でも、怒ったところで、切った髪はもう元には戻らない。それに元から短く切るつもりだったし、ちょっとくらい想像より短くても、じきに伸びてちょうどいい長さになるだろう。

「……いいえ、大丈夫ですよ」

 そう呟いて、彼を安心させようと頑張って笑みを作る。

 彼は私の顔を見て怒ってないと分かったのか、軽く息を吐いた。

「えっと……お会計しましょー、お客さん」

「は、はい」

 私は立ち上がり、スリッパで、自分の髪の毛の散らばる床を歩いた。



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はやく異世界に行きたい。

男装させたい。


読んでくださり、ありがとうございます!



 

 

 

 

 

 

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