第4話孤立


 「な、なぜ、いじめをする様な奴を弁護しなければならないんだ」


 裁判が終わり廊下に出た時、その言葉を最初に口にしたのはクラトだった。だが、他の人も言わないだけで同じような事を思っているはずだ。

 俺だって、普通の裁判なら間違いなく有罪な奴を無罪にするのは精神的に堪える。


 「ナンだか悪魔たちの思う壺だった様な気がするんだけどー?」


 レナが俺に冷ややかな目を向けながら言う。レナは最初から男には冷たかったが、悪魔たちを見てもまだ俺やクラトを疑っているのだろうか。


 「悪魔たちの言うことによると無罪にしなければみんな殺されていたのだから仕方ないだろ?  それとも殺された方が良かったか?」


 「殺されるのは嫌だけど、有罪にしても無罪にしても気持ちのいいものじゃないわね」


 俺の問いに律儀に返すのはサホだ。顎を指で摘まんでなにかを考えている。『いじめ問題』に関する宿題を考えているとするなら相当な真面目人間だが、何について考えているかまでは伺い知る事が出来ない。


 「ホントに社会のせいにして本当によかったのかな?」


 「そ、それが一番の問題だよ。社会のせいにばかりしていると、その内に辻褄が合わなくなって来るんじゃないか?」


 レナはいつも俺を口撃してくるが、そこにクラトも参加する。こうなってくると俺だけが悪者扱いされている様だ。されている様どころか悪者かなのか?  俺は皆の命を救ったんだぞ。英雄扱いしてもいいくらいじゃないのか。


 「悪魔たちが次の裁判に今回の内容を引き継ぐかどうかによるでしょうね。裁判毎であって欲しいわね」


 サホは俺の肩を持ってくれた。孤立するのが一番の問題なので、一人でも味方がいると助かる。


 「もぅ嫌だ。引きこもりたい。悪魔も人間も信用できない」


 一人で孤立感を深めているのはユウナだ。精神的に弱いところがある様だから発狂しないかが心配だ。ユウナ個人の感想なのでどうでもいい事かもしれないが悪魔たちと俺たちを同レベルの扱いなのは少し堪えるな。


 「私の~言った通り裁判長はルシファーだったわ~」


 そう言うのはルミだ。こちらは恍惚としていて逆の意味で心配だ。

 ルミは、事前に裁判長をルシファーと言い当てるくらいだから悪魔に詳しいのかも知れない。警戒が必要なくらいに怪しい人だが、最初から疑って掛かると不和の元なので、まずは話を聞くことから始めるべきだ。


 「ルミさんは、その……。なんていうか悪魔とかに詳しいんですか?」


 「え~。まあ少しは」


 「詳しく教えて頂けませんか。今後悪魔たちと裁判で戦う上で役に立つかもしれないので」


 ルミは大きく頷いて語りだす。


 「はい~。それでは簡単にではありますが悪魔講座を開かせて頂きます~。

 ルシファーは元々天使だったけど、神に対して謀反を起こして悪魔となったとされています。天使の際は高い位にあったとされています。

 サタンはルシファーと同一視されていた存在なんですけど、ここでは別々になっていたから知識がどれだけあてになるか分かりませんね。アダムとイブの話で禁断の果実があるけどアレを食べるように仕向けたのがサタンとされています。

 レヴィアタンは海の怪物です。陸の怪物とされるベヒモスと空の怪物とされるジズという悪魔と合わせて陸海空が揃っています。海と戦っても勝てないように力で勝てるような悪魔じゃありません。あと女性に憑りつくとか大嘘つきとかも言われています。

 ベルフェゴールに関しては面白い話があって、『幸福な結婚とは本当に存在するのか』という疑問を調査するために人間界に来て『幸福な結婚は存在しない』と結論付けたらしいです。

 マモンは金銀財宝に関する悪魔で、人間に採掘技術を教えたといわれています。ただ、元々は富という意味でしかなかったとかいう話もあります。

 ベルゼブブは元々は他の宗教の神でしたがキリスト教で悪魔として扱われたもので蠅の王とされています。

 アスモデウスは女性に憑りついてその女性と結婚した男を何度も殺すという残忍な一面がありつつ色欲の悪魔にも拘わらず憑りついた女性に手を出していないという面白い一面もあります~」


 「な、何も見ずにここまで話せるのはすごいな。ネットなど調べる事はあるけど漠然としか覚えてないよ。説明を聞くと確かそんな感じだったなと思い出すくらいは出来るけど」


 「ドッチにしてもチョット引くわー」


 クラトとレナがルミの即席の悪魔講座に感想を述べる。

悪魔講座が役に立つかどうかは兎も角として、もう一つ気になるのは『社会問題』を題材にしていることだろうか。こちらについて詳しい学生なんている訳もないだろうし、本は入手出来るので情報収集は独自に行うにする。


 一呼吸間が空いてからサホが言う。


 「これからも裁判が続くみたいだけど、どうするべきでしょう?」


 「次の裁判が分からないから、どうする事も出来ないさ」


 敢えて『社会問題』の可能性がある事を言わないのは、裁判で社会のせいにした事で責められている上に、先回りするような事を言えば悪魔側である疑いを掛けられる可能性があるからだ。これ以上、信用を落とすのは危険だ。


 「じゃ、解散ってことで」


ユウナがそう言ってさっさと部屋に戻っていったので、この辺で解散となった。俺たちは悪魔と戦っていくには仲間意識がなさすぎるとは思うものの、今の俺には皆を引っ張っていくだけのリーダーシップもなければ知識もなかった。




 部屋に戻る前に自販機もどきに向かう。目的は本だ。

悪魔たちが次にどのような裁判を用意してくるか分からない以上、今は広く浅く知識を付けた方が良い。そう考えて社会問題に関連する本を3冊とコーヒーを持って部屋に戻る。


 こんな本を読む事になるとは思ってもみなかった。選んだ本が悪かったのか分厚いし文字ばかりだし、それに読んでいて楽しくないので頭に入らない。

 熟読する時間はないので、読んでいて難しいと思うところは読み飛ばす。ただざっくりと読んで、大まかな知識だけ頭に詰め込んで、考える材料になればいい。そもそも未だに社会問題である以上そこに答えは書いていないのだから。


 襲い来る眠気は難しい本を読んでいるからだけではない。赤黒く染まる部屋は俺のやる気を一段と削いだ。それをコーヒーで撃退して本を読み続ける。幾度かの睡魔を撃退してやっと一冊だけ目を通すことが出来た。


 社会問題がどのくらいあると思っている?  それらすべての本を読むのは無理難題だ。しかも何時必要かも分からない。しかも状態が状態なので誰かに手伝いを求めることも出来ない。

 しかし、次の裁判が始まる事もなく用意した3冊の本に目を通す事が出来た。あまり詰め込んでも知識が脳から零れ落ちるだけなので、次の本に行く前に一旦休憩をとる事にした。

 そういえば、裁判長は出来るだけ早くする様にすると言っていたはずなのにどれだけの時間を掛けているのだろうか。ただ、今はそっちの方が有難い。次の裁判が早く始まればその分情報不足で裁判を戦わなければならなくなる。


 この世界は時間の感覚が分からない。太陽が見える訳ではないし、時計もない。そんな状態でも唯一時間を感じることが出来るものがある腹時計、つまり空腹感だ。

 腹時計を確認すると小腹が空いている。折角休憩を取ると決めたのだからこの時間に何か食べておくか。俺は自販機もどきに向かうことにした。




 自販機もどきには、おにぎり、サンドイッチ、ラーメン、弁当、ケーキ、ポテチと色々ある。

 なんか、コンビニで入手出来るものはあるって感じだな。しかも無料で、食べ放題だ。そこだけは有難く思う。ただ、未だにトイレは見つかっていない。

 食べ物を見ていると色々と味見をしたくなるが、この赤黒い世界が食欲をなくす。おにぎりくらいなら小腹を満たすにはちょうどいいか。

 毒を疑わないのかと言われれば、全く疑いがない訳ではない。だが、最初の裁判で俺たちが生き残ったのは悪魔たちにも流儀があるからだと考えている。それに据え膳食わぬは男の恥という言葉もあるので頂いておくのが礼儀というものだ。

 選んだおにぎりとお茶を持って自室に戻り食べた。コンビニの味とあまり変わらない。もしポテチの味が知っているものと同じ味なら、この世界をどう解釈したらいいのだろう。本を読んでいる時より頭が回っている様な気がして苦笑する。


 ゴミを捨てようと思ったが、この世界でゴミ箱というものを見たことがない事に今更ながらに気が付く。コンビニの場合、レジ袋も入手出来るのでレジ袋をゴミ入れにする事が出来るが、残念ながら自販機もどきにはそういうサービスがない。あまり気が乗らないが、ゴミは邪魔にならないところにまとめて置いておくことにした。


 一息ついた訳だが、本来なら皆とも交流を図るべきなのだ。会話からも情報が得られるし、手分けして情報収集をする事だって出来る。

 今の俺は全員の命を救った嫌われ者だ。本当なら有罪にするべき者を無罪にした事で、少なくともクラトとレナからは嫌われている。レナに関しては出会った時から理由は分からないが警戒されていた。

 ルミは悪魔寄りな気配があるし、ユウナは引きこもりだから期待できない。

 唯一協力が得られそうなのは俺の肩を持ってくれる様な発言も多いサホだ。全員が俺を嫌っている訳ではなさそうだと考えを改める事の出来た俺はサホの部屋に向かった。




 コンコン。俺はサホの部屋をノックする。


 「ダレ?」


 声はサホではなくレナだ。なぜ、レナがいる?  サホと話をしていたのだろうが、こちらにとってはタイミングが悪い。サホの前にレナという番犬がいる様なものだ。そしてその番犬が俺にとっては狂犬なので質が悪い。


 「シュウヤです」


 名乗って僅かの間があって


 「ダレだっけ?」


 「ほら太ってない方の……」


 クラトは確かに太っていたし男は俺とクラトだけだからそういう説明になるだろうけど、聞こえているんだからもう少し気を使った表現をしてくれると有難いのだが……それもこれもレナが名前を覚えていないのが悪い。


ガチャと音がして、ドアが開く。開けてくれたのはサホだ。


 「何か用?」


 「ああ。間違っている可能性はあるけど裁判の対策として、社会問題について手分けして調べる必要があると思うのだがどうだろう?」


 俺の提案にレナが横やりを入れる。


 「ソンなこと言ってサホに気があるだけなんじゃないの?」


 俺はレナの問いには無視する。といってもそれほど間を置いた訳ではないのにレナは続けて言う。


 「ハハーン。黙っているってことは図星?  下心しかないのね。これだから男って奴は」


 そこまで言われると流石に黙っている事が出来なくなる。俺も健全な男子だから気がない訳でもないが下心は今のところない。裁判に勝つために情報収集する必要があるのは俺だけじゃない。


 「気があると言っても下心と捉え、気がないと言っても魅力がないと捉える。これでは話が進まないから黙っていただけだ」


 「うーん。悪魔が社会問題を出してきたのは偶然だと思うけど、根拠はあるの?」


 「根拠という程のもではないが、社会問題は社会全体で解決出来ていないものであり、そんな難題だからこそ悪魔は出題してくるんじゃないかと考えた」


 サホは顎を指で挟み少し考えてから言う。


 「今のところはなんとも言えないわね。山を張るにも情報が少なすぎる。けど確かに闇雲に行動するよりはいいかもね」


 サホの同意が得られたのと同時にレナが舌打ちをする。俺とサホが同時にレナを見た時、放送が始まる。


 「裁判が始まりますので、皆さん法廷にお集まりください」


 「ソンな事はもう少し早く言えよな」


 レナは俺を睨み部屋を出る。


 「時間が足りないわね」


 俺もサホもレナの後を追って法廷に行く。




 悪魔たちが俺たちを見下ろしている。


 「今回はどうしてもレヴィアタンが人類に対する罪を裁きたいというので皆様に集まってもらいました。皆さんには大変申し訳ありませんがこの裁判は予定になかったもので、私も内容を聞いていません。それではレヴィアタン。よろしくお願いします」


 裁判長がそう言うとレヴィアタンが一礼して言う。


 「えー。なぜ私レヴィアタンがルシファーより下に位置づけされているのかについての罪を裁きたいと思います」


 レヴィアタンが話をしている途中でサタンが奥の方へと下がり、ベルフェゴールが狸寝入りを始めてしまった。


 「ってサタン。ちょっと帰らないでよ。ベルフェゴール寝てるんじゃないわよ。あ、こら……」


 レヴィアタンの話に割り込んで裁判長が言う。


 「大変申し訳ありませんでした。この裁判は中止になりましたのでこれにて解散です」


 レヴィアタンを除く悪魔たちは次々と奥へと下がっていく。最後まで粘ろうとしていたレヴィアタンも俺たちの冷たい視線が痛く感じたのだろう他の悪魔を追って下がっていく。


 取り残された俺たちは呆気にとられていた。


 「な、なんだったんだあれは」


 「ふぅ。毎回こんな感じだと楽なんだけど……」


 クラトとユウナが感想を述べる。それに対してその他の人間は苦笑するしかなかった。


 「ちょうど集まっているところだし提案してもいいかな。次の裁判に向けて情報収集する必要があると思うんだ。それで山勘なんだが社会問題について調べようと思っているだが手分けして調べないか?」


 「ぇ。社会問題!?  いや、無理。私勉強とか苦手だし」


 「お、お前に言われなくてもその程度の勉強はやるよ」


 「私も~自分のペースでやるから~」


 俺の提案にユウナ、クラト、ルミは挙って反対意見を述べる。思えば今の悪魔たちのやり取りが行われていなければ協力も得られ易かっただろうが、集まってすぐに中止解散となれば苦しい思いをして情報収取する気もなくなるというものだろう。

 偶然か計算か知らないが流石は悪魔だ。人を堕落させるなんて悪魔の手に掛かれば簡単な事なのだろう。

 残念ながら同意を得られることなく俺たちは解散した。




 サホの部屋に俺とサホとレナがいる。なぜかというと今後の方針を話し合うためだ。


 「あ、その。悪いね。女性の部屋を集まる場所にしてしまって」


 「ワルいと思うなら出ていけば?」


 俺の提案に反対しなかったから少しは待遇も良くなったと思ったが、レナはやはりレナだった。


 「構わないわよ。ここはこの世界での仮の部屋であって、元の世界の自分の部屋じゃないから」


 そう言ったサホの部屋は俺の部屋と大体同じだ。血の様に赤黒い壁。ベッドしかない飾り気のない部屋。当然だがこの部屋に女性らしさなんて欠片もない。

 強いて違いを上げるなら、部屋にゴミがない事だろうか。この世界自体にゴミ箱というものがないため飲食したらゴミは部屋の中に転がっているはずなのだ。


 「まだ食べたり飲んだりはしていないのか?」


 部屋の状況からつい質問してしまい迂闊だったと後悔する。そしてその言葉に反応するのはレナだ。


 「フツーこんな気持ち悪いところで食べられる訳ないでしょ?  何が入っているか分からないのよ。いやー、気持ち悪い。あっち行け」


 てっきり部屋の中を観察した事を変態扱いされると思っていたが、ない事には気が付けなかったようで助かった……のか?  なんか随分な言われようだった気がするのだが……いつか普通に対応してくれる日は来るのだろうか。


 「まあそれは置いておいて、全員で分担して情報収集しておくのが望ましいが、時間がどのくらいあるか分からない。そこで、ざっと目を通して参考にするくらいはしておかないといけないと思うんだ」


 「他の人にも、もう一度お願いしてみる必要がありそうね」


 俺の提案にサホが同意する。そうするとレナも頷いた。


 「とりあえず本を選ぶ事から始めようと思う。他の人に協力をお願いするのは一人で十分だろうし、それ以外は情報収集に充てるべきだろう」


 俺たちは部屋を出て自販機もどきに行く。移動中にユウナの部屋のドアが開いたが俺たちと目が合った瞬間部屋に引っ込んだ。

 どうやらユウナも自販機もどきに用事があったらしいが、俺たちと僅かな間でも一緒なのが嫌なのだろうか。これでは説得も難航しそうだ。


 自販機もどきに付いた俺たちは、さっそく端末を動かす。


 「どの本にする?  とりあえず、俺が3冊は既に読んでいるんだけど格差社会、食料や水不足、資源枯渇」


 「改めて見ると多すぎて選びようがないわね」


 サホが顎をつまんで答える。この仕草はレナにも伝染している。

選び辛いのも無理はない。どれだけの社会問題を棚上げにして生きてきたかを突き付けられているのだから。


 「気になる社会問題はない?」


 「アタシは不倫かな?  あんなの許せないじゃん」


 レナが素早く答える。レナが、あのレナが俺の質問に素直に答えた。しかも、割と純情。今まで散々な扱いだったが、今のは可愛いと不覚にも思ってしまった。

 暫く考えこんでいたサホも顎を挟んでいた指を放し言う。


 「じゃあ少子化とかかしら?」


 なんだか性的な方向に集中してしまったような気がするが、次なにが来るか分からない状態なので否定する気にはなれない。

 それぞれ違う本を2冊ずつ選ぶ。


 「どうして違う本を2冊ずつなの?」


 サホが聞いてくる。


 「本は誰かの視点で書かれているので同じ本を繰り返し読むより違う本を読む事で、違う視点で物事を見れるようになり、物事の全体像が見えてきやすいんだよ。それぞれの本で書いてある内容が違えばどちらが良いか悪いか判断しなければならないだろ?  その状態が一番いいんだよ」


 「ダメでしょ。違ったらどっちが正しいか分からないじゃない。それが一番いいってどういうこと?」


 レナが眉をひそめて言う。

 レナからは理解が得られないと感じたのでサホの方も見てみるがこちらも難しい顔をしている。どうやら説明が必要なようだ。


 「いいかい?  学校の勉強と違って書いてある事を覚える必要はないんだ。これらの本に書かれている事は問題を解決出来なかった失敗作か、実現や実行が難しい夢物語なんだ。だからこそ、まだ解決出来ていない社会問題なんだ。本に書かれている違いを検討する事で問題がどこにあるかを特定しようって訳さ」


 そう言いながら手にした本を乱暴にパンパン叩く俺に、サホが話を続ける。


 「本を読んだ上で検討しなおさなければならないって事よね。そして検討する為には情報は多い方がいい」


 「そういうこと」


 まだピンと来ていないレナがまだ難しい顔のまま質問をしてくる。


 「ソレじゃあどうすんの?」


 「情報収集して考え直さなければならないってことよね?  三人寄れば文殊の知恵っていうしなんとかなるかもね」


 俺の言いたい事を理解してくれたサホが言い、俺は親指を立てて返事をする。

3人いる時にぴったりな諺を使ってくるところにサホのセンスが伺える。


 「あと、情報収集についての声かけは……」


 そう言ってサホとレナの顔を見るが、率先して引き受けそうになかった。


 「俺の方でしておくよ。断られたらお願いするかもしれないが」




 俺たちの情報収集に参加するよう頼むために、クラトの部屋のドアをノックした。しかし、返事はなかった。

 ドアノブをそっと回してみるとすんなりと回るので、鍵は掛かっていない。居留守を使われている可能性はあるが、頼みに来ている手前勝手にドアを開ける様な非礼は出来なかった。仕方なくクラトの部屋から離れる事にした。




 続いてはルミの部屋だ。部屋の中からは声がするので一人ではなさそうだ。俺はルミの部屋のドアをノックした。


 「は~い?  誰ですか~」


 声はルミの声だ。


 「シュウヤだけど、ちょっと話があるんだけどいいかな?」


 なにやら部屋の中で誰かと話をしている様だが、小声であるためうまく聞き取れない。少しして部屋の中から声がする。


 「どういう~用ですか~?」


 どうやら一緒にいる誰かがドアを開けることを拒んでいる様だ。


 「情報収集の件なんだが、少なくとも意見交換等もあった方がいいだろうと思ってさ」


 そうすると鍵が外されドアが少しだけ開く。そこからこちらを覗いているのはクラトだった。


 「お、お前に言われなくても意見交換くらいしているよ。邪魔をしないでくれるかな」


 そう言ってさっさとドアを閉めるクラト。いじめの裁判の件で大分不信感を与えてしまっているらしい。だが、そうしなければ俺たちが殺されるのだから、ああするしかなかったと分かって欲しいものだが……。


 「そうか。邪魔したな」


 既に閉まっているドアにそう言って俺はルミの部屋を後にした。

 クラトとルミのグループで仲良くやっていることは良いことだ。とりあえずは様子見でもいいだろう。




 最後はユウナの部屋だ。部屋のドアをノックするが、返事がない。ドアノブを回そうとしても回らないので中にいることは間違いない。

 暫くドアの前でどう声を掛けるか悩んだ挙句、深いため息だけついてこの場から離れた。引きこもりの子供を持った親の気持ちというのはこういうものなのだろうか。可能性としてはただ寝ているだけという事もあるのだろうが、せめて応対くらいしてくれてもいいのにと思う。




 再びサホの部屋にいく。参加要請の結果を報告する為だが気分が重い。

サホとレナは話をしている最中だった。この2人は理由は分からないが仲がいい。

クラトとルミの件とユウナの件を伝えるとレナが答える。


 「フーン。まあ放っておくしかないでしょう。社会問題関連の裁判になるかどうかもわからない訳だし。それじゃね」


 そう言ってレナが俺を部屋から放り出す。あれ?  おかしいな。レナは少しくらいは俺の話に乗ってきていた様な気がしていたのだが?

 サホとレナの会話が部屋から漏れてくる。


 「ちょっとやり過ぎじゃない?」


 「イヤイヤ。いじめられている人の心を踏みにじるような奴だし、それになんか悪魔臭いじゃん」


 「それはちょっと言いすぎ。聞いてたらどうするの?」


 「アタシは最初から疑ってますから問題ありませーん。それより裁判に負けないために情報収取」


 「そうね」


 悪魔臭い……勝手な事を言ってくれる。好きで無罪を主張したんじゃない。俺たちが死刑になるのを回避する為だ。俺と俺以外の違いは恐らく夢を見ているかどうかだろうが、悪魔たちに明言されたにも拘わらず、死刑が半信半疑なんだろう。だから被告人を無罪にした俺を疑問視する。

 こんな事では、俺は孤立してしまう。いや、今、間違いなく孤立している。




 失意の中、自室に戻ってきた。

 はぁーと深いため息を付く。

 悩んでいても仕方がない、前に進もう、本を読もう。

 本を読んでいる時は他の事を忘れられる。


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