第5話裁判2・少子化
「裁判が始まりますので、皆さん法廷にお集まりください」
俺たちは法廷へと向かった。
「それでは裁判を始めます。まずは被告人を紹介します」
被告人の映像が映る。映像からは被告人が何かを言っているように見えるが声は聞こえない。
「この者は結婚をしているが子供を作ろうとしません。勿論、病気などで作れない体という訳ではありません」
裁判長の話に続けてベルフェゴールが口を開く。
「ケケケ! 少子化ってなんだよ頑張らなさすぎだろう? まあ、愛がないのは分かるけどさぁ!」
「チョット待った。子供を作らないといけないなんて法律はないよ」
俺が反論しようとする直前、レナが先に反論した。
社会問題に狙いを絞っていたのは正解だったが、少子化を言い当てたのはサホだったな。
しかし、前回の裁判で『法律に基づいて裁判をしています』と言っていたはずだ。少子化は法律とは関係ないのだから、これを罪とするのはおかしい。
「ああ、すみません。法律はもう必要ありません。そもそも法律なんて使い物になりませんから」
「ナゼ?」
何事もなかった様に言う裁判長にレナが言う。それに答えたのはサタンだ。
「なぜ? そこの男が社会に問題があると言ったではないか。社会を維持する為に法律があるのだが、社会が間違っているという事は社会を維持出来ていない。それはつまり法律が間違っているからではないか? そんな法律に何の意味がある」
レナが俺を睨む。俺は悪魔たちに嵌められたという事か。これで俺の信用はまた落ちてしまうな。
「きっと~怠惰って事でしょ? つまり、普通は~子供を作らなければならないところをそうしない。それが~怠惰っていいたいのでしょ~? もともと七つの大罪に関する裁判なのではないの~? だから~もともと法律なんて関係がない。違う?」
ルミがベルフェゴールを見ながら言う。それに対してベルフェゴールはwhyと言わんばかりのジェスチャーをして言う。
「ケケケ! そんな質問に答える義理はないね。だから質問は無視するよ。面倒臭いから。
少子化って奴が問題なんだろ? 愛がないのは分かるけどさ全員が子供を作らなかったら人間滅ぶよね? これって良くないと思うんだよね。子供を作るのは人間、いや生物の義務だよ。義務。
世の中には相手もいなくて子供作れない人もいるんだよ。それから比べれば作らないのは怠惰でしかないよねぇ。ケケケ」
「そもそも子供を作らなければ種の存続が行われない。それによって自然淘汰されるのだから子供を作らない人はそこで罰せられていると見て問題ない気がするのだが? 故に子供を作らない事は自由であり無罪を主張する」
俺はベルフェゴールに対してそう言ったが、その言葉に対して反応したのはレヴィアタンだ。
「そんなに『自由』が重要なのぉ?」
レヴィアタンの声に怒りが感じられる。しかし、『自由』の何がいけないというのだ。
「現代は独裁者によって自由が奪われていた時代より成長が加速している。自由になったから成長速度が上がったのだ。自由なくして成長はありえない」
俺の言葉に俺以外の人間は全員頷く。
「それなら、あたしがあなたたちの命を奪うのも自由って事でいいのよねぇ」
「自由は規律を守ってこそだ」
「あなたたちは、自由と規律を使い分けて自分勝手な解釈をしているだけだでしょ? 自由か規律かどちらかを選ばせてあげる」
自由か規律か? もう少子化なんて関係ないじゃないか。それに自由を否定すれば選択肢がどんどん少なくなるんだろ。その手に乗るか。俺の答えは最初から決まっている。
「自由だ」
俺の返答が終わるや否や俺の体に何かにぶつかって床に倒れ込む。
巨大なハエが倒れた俺の体を抑え込んで「ごめんね。頂きます」と言って突起物を俺の顔に近づける。その突起物が俺の顔に触れると体中の皮膚が腐った様な色になり血が滲み出る。
俺は「うぁ」と声を漏らすのが精いっぱいだった。体から力が抜け、喉も焼ける様に痛い。次第に目も霞んでくる。音は最後まで聞こえていたが、誰かの悲鳴が聞こえるだけだ。それも一人また一人と消えていく。そして俺も……。
また、本を読みながら寝ていたのか。こんな事、受験勉強でもなった事ないのに。
それはそうと、どうやら悪魔たちは『自由』という言葉が嫌いらしい。
裁判を勝っていくには、悪魔たちがなにを納得するかを見極める必要がありそうだが、『自由』が納得されないのは厳しい。人とのやり取りなら『自由』が侵害されているといえば十分な理由になるが、悪魔を自由にさせると俺たちが殺される。悪魔に『自由』は禁句だ。いや、禁句なんて生ぬるいものではない『デスワード』だ。
自由に関しての主張に間違いはないと思うが、それでは悪魔には通用しない。
少子化については一点だけ気に掛かっている事がある。悪魔は体だけを問題視していたが、経済的に余裕のない人や時間的に余裕のない人たちだっている。しかし、こんな事が通るとは思えない。
経済的余裕に関しては、これだけ飽食の時代なのだから必要な分はあると言えるだろう。
時間的余裕に関しては、仕事で時間がないから……では恐らく通用しないだろう。日本は比較的時間に余裕のない人がいそうだが、世界全体ではそうではない。
今のところ主張しても返されそうな事ばかりなのでひとまず静観しながら考えた方がいい。
「裁判が始まりますので、皆さん法廷にお集まりください」
俺たちは法廷へと向かった。
「それでは裁判を始めます。まずは被告人を紹介します」
この後は夢と同じ展開になるので、俺が自由を主張した前の会話、ベルフェゴールの会話になるまでスルーする事にする。
「ケケケ! そんな質問に答える義理はないね。だから質問は無視するよ。面倒臭いから。
少子化って奴が問題なんだろ? 愛がないのは分かるけどさ全員が子供を作らなかったら人間滅ぶよね? これって良くないと思うんだよね。子供を作るのは人間、いや生物の義務だよ。義務。
世の中には相手もいなくて子供作れない人もいるんだよ。それから比べれば作らないのは怠惰でしかないよねぇ。ケケケ」
俺は夢とは違ってここでは静観する事にした。俺の代わりに発言したのはレナだ。
「イジメはアタシたちの常識で考えても罪と言えるものだったけど、今回の罪はアタシたちの常識では罪にならないのがちょっと問題よね。怠けているといわれてもピンとこないね」
「そ、そうだ。そうだ。そんなのは『自由』であるべきだ」
『デスワード』を口にしたのはクラトだ。黙っているだけで展開が変わってくれる程、悪魔たちとの裁判は甘くはなかった。
「そんなに『自由』が重要なのぉ?」
『デスワード』に反応したのははやりレヴィアタンだ。こいつが『自由』を禁じているのかもしれない。
止むを得ないのでカバーに入る事にする。
「いや待ってくれ。自由なんて関係ない。子供を作るのが出来ない可能性がある」
時間稼ぎのための行動なのでゆっくりと間を十分にとって話す。
「ケケケ。分かってるって、愛がないのだろ。愛を語りながらも誰も愛せない孤独でみじめな生き物。それが人間って奴さ」
俺の話に割り込んできたのはベルフェゴールだ。怠惰に対応した悪魔の割に話に参加してくるとは結構仕事をしてるんじゃないか。とは言ういうものの俺としては時間稼ぎになってくれているので有難い。ベルフェゴールの言葉に誰かが反応する。
「アイがないなんて、そんなことない! そんなことない!」
「愛を否定するなんて~流石は悪魔……」
レナは悔しそうな顔をしているが、それとは対照的にルミは恍惚とした表情をベルフェゴールに向けている。
「愛なんて関係ない。普通に考えれば経済的な問題よ。つまり被告人は経済的な問題で子供が作れないのよ。そうでしょシュウヤ?」
そうサホが言うが、裁判長が即座に答える。
「いえ。この者には十分な経済的余裕があります」
「うーん。残念。あとはお願い」
サホは顎を指で摘まんで暫く考えた後で話をこちらに戻してきた。もうちょっと粘ってみてから諦めてくれてもいいんだよと言いたいが、俺自体が過度な間を取って話している状態なのでサホの態度の方が正しい。
「え、あー。俺もそれは考えてたんだけどね。違ったか。まあもう一つあるからいいけど……」
今までの時間稼ぎは実らず、それでも何か言わなければと話を続けてきたが何も浮かばない。ついに話が止まってしまう。
「ケケケ。勿体ぶるねー。たっぷりの間を使って。時間稼ぎなんだろ。いいね。いいね。貧しい頭でまだ考えるのかい? ケケケ。もう終わらせてもいいかい?」
貧しい頭だと? ベルフェゴールの挑発にカチンとくる。しかし、言い返したくても反論の糸口が見つからない。
貧しい頭? なんだかモヤモヤする。
引っ掛かる点は『少子化』、『貧しい』だ。
「これ以上待てるか。さっさと答えろ」
答えを催促するのサタンの額にしわが寄っておりこちらを睨んでいる。もう答えないわけにはいかない状態だ。
貧しい……国。つまり発展途上の国では少子化は問題になっていない。少子化の問題は先進国でしか起こっていない。いや、それどころか地球全体でみると人口は増加していて、食糧不足や水不足が懸念されているくらいだ。これで、先進国でも人口が増えだすと食糧不足や水不足がますます問題になる。
本当に少子化が悪いのか? そもそも、地球の規模は大きくも小さくもならないのだから地球上における適正な人口があってもおかしくはない。つまり、人口が増えることは正しい事ではない。
悪魔がヒントをくれたというのは引っ掛かるが今は時間が欲しい。
「子供を産む事に問題があるとする場合はどうだろう? それでも絶対に子孫を残す必要があるか?」
「ケケケ。子孫を増やす事が出来ない状態なら問題ないんじゃない? 無理に増やす方がどうかしてると思うぜ。でも体も経済的にも問題はないんだよ? 他になにがあるんだい?」
俺の質問にベルフェゴールが更に質問で返す。よし。増やせない状態にある場合、増やさなくても問題にならない事は確認出来た。
「人口が多すぎと考えればどうだ? 地球の大きさから考えたら、人口を無限に増やせる訳もない。限度はあるはずだ」
「ケケケ。なるほど限度があるのは分かった。しかし、その限度とはどのくらいか分かるのか? 分からないのであれば子孫を残そうとしないのは問題な気もするが?」
俺の仮説は具体的な数を示せない。そんな計算はしていないしデータもない。ベルフェゴールがそこを指摘するのは当然だろう。
「しかし、少子化が言われている一方で地球規模では人口増加も指摘されている。一方で増やしすぎる人がいて、一方ではそのバランスを取るために止む無く子孫を残すのを諦めている人がいる。そうしないと増える一方だ。限度や適正な数は分からないが地球規模の人口増加を止めるためには子供を作らないという事が悪いとは言えない」
「ケケケ。少子化を議論しているはずがいつのまにか人口増加の話にひっくり返しちまったな、やるなあんた。その先の話は大体分かるが、人口が増え過ぎた場合どういう問題があるのかを聞かせてくれるかな?」
ベルフェゴールは納得した様にうんうんと頷きながら言った。悪魔の罠かと思っていたのだが、案外本当にヒントをくれていたのか。それではこの裁判、遠慮なく勝たせてもらおうかな。
「人口過多になったら、水不足や食糧危機が訪れる。だから子供を作らなくても問題はない。よって無罪だ」
俺はベルフェゴールを指差して言ったが、指先の相手はニヤッと口角を上げて言う。
「ケケケ。そうだとするならなぜ少子化なんて問題が発生しているんだ?」
「あ、あれ? なんでだ?」
俺の指先が指し示す方向がはベルフェゴールから自分のこめかみに移る。
勝ったと思っていたのでその先を全く考えてなかった。やっぱり悪魔の罠だったか。
死を覚悟した時、サホがベルフェゴールに向かって言う。
「ちょっと失礼するわ。
少子化が問題になっているのは経済の問題じゃないかしら。経済が発展すればサービスが増え、人手が必要になる。経済が発展するには人口の減少は望ましくない。でも地球上における適正な人口はあるはず。つまり今の経済はどこかがおかしいって事になるんじゃないかしら」
「カッコイイ」
レナがサホを輝いた目で見ながら言うが、悪魔であるマモンは驚いた表情で言う。
「ほう。経済がおかしいとは大きく出たな」
暫くの間、誰も次を語ろうとしない。悪魔がなにも指摘をしないということは納得したと思われれるのだが、まだ無罪の判決が出ない。
サホの言葉を思い出し、抜け落ちていた部分がある事に気が付いた。
「ということで少子化の問題は経済の問題であって被告人に罪はない。よって無罪だ」
俺は再度ベルフェゴールを指差し言ったが、俺の発言に横からヤジが飛んできた。
「コラそこの男子! かっこ悪いから最後だけ持っていこうとしない。さぁサホ。その人差し指をあいつらに突き付けて無罪を主張する!」
こういうことを言うのはレナしかいない。指名されたサホは両手を胸の前で振りながら恥ずかしそうに「え? 別にいいよ。そんなこと」と言う。
「こほん。そこ勝手に盛り上がらないでください。有罪を主張する方はいますか?」
拳で口を隠し裁判長が言った。
誰も手を上げない。
しかし、悪魔たちの顔はより禍々しい笑みを浮かべている。まるで罠に嵌っていくような感じだ。
「ケケケ。ない。さっさと終わろうぜ」
興味なさそうにそっぽを向いて言うベルフェゴール。逆にこちらに興味があるのかこちらを見て話し掛けてくるマモン。
「出来れば君たちの考える経済の在り方を聞かせていただきたいものだがな。まあ期待はしないでおくよ」
「よろしい。それでは無罪」
「カッコよかったよ。サホ」
「ありがとうレナ。予想が大当たりしてラッキーだったね。シュウヤが社会問題に的を絞った結果だよ」
「あ、ああ」
俺は最後の最後で詰め切れなかったので、サホに感謝の言葉を掛けられてもどう反応していいかわからず曖昧な返事になってしまった。
法廷から出るサホ、レナの顔は明るかった。予想が見事に当たり無罪を勝ち取るのに貢献したのだから当然だろう。
一方、クラト、ルミ、ユウナの顔は暗い。これを機に情報収集に協力してくれればいいがと甘いことを考えていた。
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