第3話裁判1・いじめ
「裁判が始まりますので、皆さん法廷にお集まりください」
部屋にスピーカーの様な物は見当たらないが、館内放送らしき音がどこからともなく聞こえる。声の主は恐らく裁判長だ。その放送を聞いた俺たちは法廷へと向かった。
法廷は前と変わりなく、裁判長が高いところから俺たちを見下ろしている。なにもないところではあるが椅子もないというのは流石になんとかして欲しいものだ。立ったままで裁判でもさせるつもりか。天使か悪魔か分からないが少なくともいい印象はない。
法廷内には裁判長と俺たち以外は誰もいない為、まだ被告人が誰なのか判らない。裁判自体も俺たちの知っている裁判である保証もないので被告人が現れるとも限らない。
「そうそう。裁判の前に言っておく事がありました。有罪か無罪かだけを判断します。僅かでも罪があると考えられる場合、有罪としてください。有罪の場合は死刑ですが、間違っても死刑に相当するか否かでは考えないようにしてください」
裁判長が表情を変えることなく言った。少しでも罪があれば死刑なんて俺たちの常識では考えられない。悪魔が片鱗を見せたと言ったところだが、今のところ悪魔は敵ではない。被告人が誰か判らないのが気にかかるが俺たちに命の危険がなければ問題はないだろう。
「それでは裁判を始めます。まずは被告人を紹介します」
裁判長の下の壁に映像が映る。その男は牢屋の中にいて何をするでもなく過ごしている。どうやら俺たちが見ているという事に気が付いていないらしい。そして、被告人が法廷に現れない事で俺たちの知っている裁判とは全く違うものだという事が分かる。
「この男は、いじめを行った末に相手を死に至らしめた者です。この男は有罪か無罪か」
裁判長が罪状らしきものを述べる。確かに有罪にするべき内容だがどうも胡散臭い。そもそも被告人が反論も出来ない状態で一方的に裁くという事自体がおかしい。なので俺はいくつかの質問を試みてみる。
「冤罪とかの可能性はないのでしょうか?」
「ありません。すべて確認済みです」
「確認済みとだけ言われても信用する訳にはいかない。俺たちには証拠を見る事も出来ないのか?」
「必要ありません。私の言葉は全て正しいものとして判断して結構です」
俺の質問に即答する裁判長。こうもあっさり否定されてはそれ以上の追及が出来ない。人間どうしの裁判なら断固として認めないが、人知を超えた存在なだけにやむを得ないというところか。だが、だからと言って裁判長の話を鵜呑みにする事は出来ない。
「では、裁判長の話を元に判断しますが、その内容に誤りがある場合は裁判長のみの責任と言う事くらいは約束して頂きたい」
「もとよりそのつもりですので構いませんよ」
余程自分に自信があるのか平然と言ってのける裁判長。これで冤罪であっても俺たちは罪を問われる事はないはずだ。仮に裁判長が悪魔であっても約束を守ってくれるならば……いや、悪魔なら約束を破る事も考えなければならなかったか。でも、そこまで考えるのは相手を過剰に疑う事にもなる。
そう考えているうちに、この歪んだ裁判が動き出した。
「い、いじめるだけでも罪でしょう。その上で人を殺したのであれば有罪でいいのでは? 裁判長が最初に言っていたように『僅かでも罪があれば』に該当するのでは?」
他人の命だからか早く帰りたいからかクラトは早々と有罪を主張する。その意見にレナとルミとユウナが頷く。この時点で多数となった為、俺はこれ以上の問答は不要と考えた。
「それでは無罪を主張する方はいらっしゃいますか? いなければ有罪とします」
裁判長の言葉にサホ以外は頷く。サホだけは暫く考えていたが、俺たちの視線が向けられているのに気づくと同じように頷いた。
「それでは有罪」
裁判長がそう言った瞬間だった。白い壁が赤黒く染まる。そして鉄の匂いがあたりに漂った。嫌な臭いに手を抑えようとする間もなく「きゃぁぁぁ」と誰かの悲鳴がした。悲鳴のした方を向くと首のないサホの胴体から血が噴水の如く噴きだし床に散らばっている。その先には巨大な何か……悪魔としか言い様のない奴らがいた。
「う、うわっ」
「あぁぁぁ」
複数の悲鳴が聞こえる。
なにが起こっているのか見ようとするが急に視界が遮られた。俺の頭をなにか巨大な生物が掴んでいる。それはうろこに覆われた手のようなもので、引きはがそうとするが力負けしていて僅かすらも動かすことが出来ないまま頭が締め付けられていく。
周りの悲鳴は一つ、また一つと聞こえなくなり、ついに俺の頭は何者かに握りつぶされてしまった。
墜ちる。これはいつも見る空から墜ちる夢だ。その夢ではいつも飛んで華麗に着地する事が出来る。今回もいつもの要領で着地して目を覚ます。
「……いつもの夢の前になんか変な夢を見たような。白い壁の……の部分は現実なのか。それじゃあ今は裁判の後か? いや、裁判中に殺されていたのだから、あれが現実なら死んでいなければならない。それでは、裁判はまだ始まっていないということか?」
あまりの悪夢に独り言を言っている事に気が付いて、落ち着くために深呼吸をする。
どうやら裁判に関する本を読みながら寝ていたようだ。時間もないというのに何をやっているんだ俺は……しかし本当に夢だったのか、あの痛みが。いや、死んでいないのだから夢のはずだ。
試しに頭がどうもないかを触って確認するが、ちゃんとあるし特に痛みもない。
どうせ夢なら全てが夢であれば良かったのにと思うが虚しいだけだった。
正夢にならない事を祈るばかりだが、正夢なんて見たことはないし信じてもいない。
「裁判が始まりますので、皆さん法廷にお集まりください」
裁判長のセリフが夢の通りで嫌な予感がする。力であの悪魔に敵うはずもないので裁判でなんとかするしかない。
そういえば、有罪にした時に俺たちは殺された。ひょっとしたら有罪にしたから俺たちは殺されたのか?
引っ掛かる点は『有罪は死刑』、『相手を死に至らしめた者』、『俺たちは被告人を有罪にした』だ。
裁判という行為がいじめに該当するかどうかは兎も角、『いじめを行った人をいじめた』と解釈をすれば、『有罪』にし『相手を死に至らしめた者』となりそれは俺たちの事を指す。悪魔は他人を裁く振りをして俺たちを裁いているのではないか? なるほど悪魔らしい巧妙なやり口だ。だとするならどうやって無罪にするかを考えないといけない。
「倉田 修也さん。来ないようでしたらあなたを罰せなければなりませんがよろしいですか?」
裁判長からの催促が放送される。俺は法廷に急いだ。
「すみません。考え事をしていたもので」
法廷に入るなり下手な言い訳をする。皆からの冷ややかな目線が更に冷たくなるのを感じるが、言い訳を考えている暇なんてなかった。どうやって無罪にするかを考えていた為だが残念ながらこちらも何も思いつかなかった。
「次遅れるようなことがあったら罰します。他の人も同様ですから注意してください」
現実世界ならいざ知らず、この裁判長の『罰する』は死刑だろうななどと考えながら「すみません」と謝罪する。
「そうそう。裁判の前に言っておくことがありました。有罪か無罪かだけを判断します。僅かでも罪があると考えられる場合、有罪としてください。有罪の場合は死刑ですが、間違っても死刑に相当するか否かでは考えないようにしてください」
夢と同様の裁判長のセリフ。
「それでは裁判を始めます。まずは被告人を紹介します」
これも夢と同じで裁判長の下の壁に映像が映る。
「この男は、いじめを行った末に相手を死に至らしめた者です。この男は有罪か無罪か」
「い、いじめるだけでも罪でしょう。その上で人を殺したのであれば有罪でいいのでは? 裁判長が最初に言っていたように『僅かでも罪があれば』に該当するのでは?」
クラトは前回と同じことを主張する。前回はその意見にレナとルミとユウナが頷いたが夢と同じにしてはいけないと思い、俺は意見を言う。
「待った。言い回しが引っ掛かる。いじめは兎も角、『相手を死に至らしめた』で有罪になるんだったら、この裁判で有罪にして死刑にすると、有罪にした俺たちも裁かれるという事ではないか?」
そう言い終えると俺は周りを見渡す。全員がこちらを見て絶句している。その沈黙を破ったのは裁判長だ。
「皆さん。私は言ったはずです。『僅かでも罪があると考えられる場合、有罪としてください』と。あなたの言い様では罪はあるが無罪にすると言っているように聞こえますが、もしそうだとするのならあなたたちを罰しなければなりません」
裁判長は『俺たちも裁かれるという事』には一切触れなかった。つまり、有罪にしたら俺たちを殺すという部分は事実と受け取って良いらしい。
俺たち6人が無罪を主張すれば6対1で勝ちだ。悪魔の知恵など恐れる必要もなかったとそう考えた時だった。壁が赤黒く染まり、裁判長の左右に6体の悪魔が出現する。
「きゃぁぁぁ」
「う、うわっ」
今回もダメだったかと思ったが悪魔たちは襲ってくる様子はない。
横を向いてみると俺以外の人はすべて腰を抜かしていた。ということは夢は俺しか見ていない、または、覚えていないという事だ。一度見れば驚く事くらいはあるが少なくとも腰を抜かす様な事はない。
「紹介しておきましょう。向かって左からサタン、レヴィアタン、ベルフェゴール。私を飛ばしてマモン、ベルゼブブ、アスモデウス。この方たちもあなた方と同じ裁判員です。仲良くしてくださいね」
「七つの大罪に関連する悪魔たちですね~」
ルミが起き上がりながら言った。
現れた悪魔たちに今すぐ襲われる事がないとわかると他の人も起き上がる。
「知っているとは感心なことだ。知っているのだから挨拶は不要だな」
サタンと言われた悪魔が言った。サタンは翼が悪魔の翼を6枚持ち、頭には角を生やしている。顔や背丈などは裁判長とよく似ており天使の姿が裁判長、悪魔の姿がサタンといった感じだ。
「ちょっと待った。全員が知っている訳じゃない。自己紹介してもらえると助かるのだが」
悪魔に怯むことなく言う俺に皆の視線が集中する。そんな俺にサタンが言葉を返す。
「そんな必要はあるまい。もう決まった様なものだろう」
俺たちは6人。悪魔は7体。多数決が採用されるのであれば、確かにもう決まっている。しかし……。
「待った。『全く罪がなければ無罪』だ」
俺は食い下がる。これには悪魔からは笑いが、レナやクラトからはため息が漏れる。
「まあまあ。自己紹介くらいいいじゃありませんか。それと人間の皆さんは自己紹介は不要です。私たちは既に知っていますから。それではサタンさんからお願いします」
「私はサタン。七つの大罪では憤怒に当たる。以上だ」
サタンは憤怒と言うだけあって今にも怒り出しそうな口調だ。
「あたしは、レヴィアタンよぉ。よろしくね。七つの大罪では嫉妬」
蛇の様な長い胴体に小さい手と足の付いた大きなドラゴンだ。女口調だが声は男っぽい。ほかの悪魔を見ても鱗を持つような奴はいない事から、夢で俺を握りつぶしたのはコイツという事になる。
「ケケケ。ベルフェゴール。怠惰」
姿は年老いた悪魔という感じだ。そのせいというのもなんだが一人だけ『何か』に座っている。俺にはその『何か』は便器に見えるのだが、まさか腹でも下しているのだろうか?
「我はマモン。強欲と言われているが不本意だ。失礼だとは思わないのか」
フクロウと悪魔を合わせたような姿をしておりフクロウの頭をこちらに向けている。黒い翼がマントの様にその身を包んでいる。
「私はベルゼブブ。七つの大罪では暴食ということになっている。おせっかいなのは分かっているが言わせて欲しい。食事は健康に気を付けて摂ってほしい」
とても大きなハエだ。ハエをこれほどまじまじと見る機会などなかったが、とても気持ち悪い。ハエを研究している人なら別だろうが吐き気を催す。
ベルゼブブの挨拶には『お前が言うな』と思いはするが出来るだけ関わりたくはない。
「僕の名はアスモデウス。色欲。よろしく子猫ちゃんたち」
牛と人と羊の頭があり、人の頭がやり慣れていないのかぎこちないウィンクする。ウィンクの対象は俺とクラトを除いた人間だろうが、殺そうとする相手にするような行為とも思えない。もっとも悪魔の考えることなど理解できる訳もない。
「それでは裁判に戻ります」
「ちょっと待って貰ってもいいかしらぁ。ルシファーあんた自分だけ自己紹介しないつもり?」
そう言いながら裁判長を睨みつけたのはレヴィアタンだ。悪魔どうしで仲間割れして殺し合いになってくれれば楽でいいのだが、そんなに簡単にはいかないのだろうな。
「確かにそうですね。私はルシファーと申します。不本意ではありますが傲慢などと呼ばれております」
裁判長が言い終わるや否やサタンが俺を見て発言する。
「ルシファーもうその辺でいいだろう。さて本題に戻ろう貴様は『全く罪がなければ無罪』と言ったな」
俺は無言で頷く。
「ならば全く罪がないことを説明してみせよ」
サタンいや悪魔たちは裁判を続けようとする。悪魔が出現した時点で襲われなかったのは悪魔たちの罠を回避したからだろうが、多数決で決めるなら有罪は決まっている様なものだ。
それでも裁判を続けようとするのは、俺たちを精神的に追い詰めてから殺そうと言うつもりなのか、それとも説明出来れば無罪を勝ち取れるという事か? ならば見つけてやる無罪にする方法を!
「いくらでもある。冤罪の可能性、正当防衛の可能性、場所が日本ではなく法律に問題がある可能性。まずはこられの確認から行うべきだ。その為には被告人への質問が必要だ」
しかし、裁判長が言う言葉は俺の期待を裏切る。
「被告人への質問は出来ません。すべて調べはついております。
質問の件ですが、冤罪の可能性はありません。確実に当人です。被告人が一方的に暴力を振るっているので正当防衛にも該当しません。場所についても日本ですので法律に間違いがあるという事はないのでは?」
「俺たちはそんなことしていない。していないのにここで有罪にした時点で死刑になるのは納得がいかない」
「あなたを責めてはいません。被告人の罪です」
「被告人に俺たちが含まれる可能性はあるのではないか?」
「同じ罪を犯したら、同じように罰します」
俺がしつこく被告人を有罪にしたら俺たちも死刑になる事を問いただすうちに影響されたのかレナが手を挙げて質問する。
「チョット待ってよ。有罪にしたら本当にアタシたちも死刑になるの?」
「そこの男が言っている通りだ。有罪にしたら被告人は死刑。死刑にした貴様らも死刑」
サタンが有罪にしたら俺たちも死刑にすると明言してきた。気になる事はあるがそれは先にクラトに言われる。
「そ、それは、お前らも死刑ってことだよな?」
「我々を死刑? ふははははは。我々に死はない。よって死ぬのは貴様らだけだ」
サタンが答える。ほかの悪魔たちもサタンに続いて笑いだし法廷中が震える。なぜ俺たちまで殺されなければならないのか、この裁判には絶望しかない。しかも悪魔は死なない? それは力づくでも死なないという事か? 魔法も武器もないし勇者も賢者もいないし相手と俺たちの間には3階くらいの高さもあり力づくでどうにかなる相手ではないのは分かるが。
「そんなぁ。どうしようもないじゃない。必ず私たちも死刑になるって事じゃない」
そう言うユウナの顔からは血の気が引いていた。俺たちを絶望感が支配する。それを破ったのはサホだった。
「質問いいかしら? なぜ、『法律に間違いがあるということはないのでは?』と疑問形で言われたのですか? 断言しなかったのはなぜ?」
「ああ、その事ですか。
我々は人間の動きについてはすべてを把握しています。冤罪とは本当の罪人が被告人以外である場合を指しますが当人である事を把握しています。被告人が一方的に暴力を振るっていたことも把握しています。
しかし、何を以て罪とするかは、我々の考えではなく、あなたたちの法律に基づいて裁判をしています。ですから問題はないでしょうと言う意味です。
もしあなたたちの法律に誤りがあると主張するのなら、『納得できる説明』をして頂きます」
「え……説明と言われましても……」
サホは顎を摘まんで何かを考えている。
法律を無効にすれば無罪に出来る訳だが、流石に納得出来るような話ではない。しかし、無駄と分かってはいるが一応言っておいて損はないだろう。
「法律なんて勝手に作られたものだ。俺たちが納得している訳じゃない。だから法律は無効だ」
「ダメです。それでは我々が納得できません」
「納得出来るよう説明しろって事だろ? 今からするさ。
ところで『正当防衛』というのは法律にはあるという事でいいんだよな。その上で『正当防衛』は納得はしているという事でいいんだよな」
『納得できる説明』の確認のためだ。現状の法律も納得出来ないなんて後から言われても困る。
「それは問題ありません」
「被告人は身の危険を感じて殺した可能性について考える必要がある。一方的な暴力だったという事だったが、被害者が武器を持っていた可能性や、被害者が言葉で脅していた可能性。また、以前より被害者の言動や行動で被告人が身の危険を感じていたという事も考えられる」
「被害者は武器を持ってはいませんが、被告人がなにかに危険を感じたかについては我々には分かりません」
得た情報から悪魔たちが把握出来ていない部分が分かってきた。悪魔たちは人や物の『動き』については把握しているが、『心の動き』は把握していない様だ。
被告人が何に危険を感じたか証明しろと言われても出来ないが、強引に無罪を主張して様子をみるか。
「それならば被告人は常日頃から身に危険を感じていて最終的に殺害に至ったと考える事も出来ますので、その場合は無罪を主張します」
「そ、それは難しいんじゃないか。暴力は一方的だって事だった様な」
共に無罪を勝ち取らなければならないはずのクラトが俺の主張を阻む。しかし俺はそれに対する反論を持っている。
「『正当防衛』は生命や権利を守るためのもの。生命の危険が無くても、権利が脅かされる状況でも適用できる。なんにしても被告人は何かを守りたかったそういう事だ」
「じ、じゃあ、被告人はなにを守りたかったと?」
「被告人の貧しい心じゃないか」
そう言うと俺はふっと口角を上げる。
勿論本心から貧しい心を守りたいというだけで『正当防衛』が通るとは思っていない。俺もいじめの現場を見た事があると言うより、今の時代いじめの現場を見た事がない人の方が少ないのではないだろうか。俺が見たいじめは意見のすれ違いが悪化していった事によって引き起こされた。後にいじめている側もそれに気が付いていた様だったが、結局いじめはなくなる事はなかった。いじめられている側が親の転勤の関係で転校していったからいじめはなくなったが、いじめが止まらなかったのは貧しい心としか言い様がなかった。
「そ、そんな事の為にいじめられるなんて納得いかないよ。それにそんなの正当防衛じゃないよ」
クラトはそう言った後も何かブツブツと独り言を言っている。
「被害者はそんなつもりはなかったかもしれないが、被害者が被告人を言動などで傷つけていたという事はよくある話だ。この場合、被害者がいじめられる原因を作った事になる。
精神的に傷つけられたからと言って、物理的に傷つけるのは頂けない。頂けないが自分を守るための行為である事には違いなく、自分を守るための手段としての知識が足らないが故にいじめという方法を取った事が考えられる」
俺は『被害者にも問題がある場合』で話をしたが、この裁判がこの悪魔たちがこの程度考えで済むとは思えない。被告人はとことんクズな人間と仮定するべきなのではないか。だから、俺は更に話を続けなければならない。『被害者に何の問題もない場合』についての事を……。
「もし、被害者がなにも傷つける様な事を言っていなくても、相手がどう感じるかまでは把握しようがないので被害者のせいにするのは難しい。しかし、被告人の様な人がいるという知識があれば被害者もそれなりの対応が出来たのではないか」
言い終わって辺りを見渡すと全員がきょとんとしている。考えてみれば『被害者にも問題がある場合』の話と『被害者に何の問題もない場合』の話は別の話であり話が纏まっていない。
でも、自分で言ってみて引っ掛かる点がある。『前半の話』と『後半の話』の共通点、それといじめは『社会問題』だという事だ。
「ああ済まない。勢いで発言したから話を纏めて直す」
俺は咳ばらいを一つしてから話を続ける。
「この問題は『社会問題』だ。
被告人に問題があるにしろ、被害者に問題があるにしろどちらにしても知識が不足している。つまり、教育に問題がある。
この手の教育は家庭教育の範疇と思われるが、いじめが起こる現場は学校などである。このために家庭教育が問題なのか学校教育が問題なのかが曖昧になり、結果的に押し付け合って宙に浮いた形になっている事に問題がある。
被告人も被害者もきちんとした教育が施されていればこの様な事になるはずがない。教育体制が確立していない事が原因であって被告人の問題ではない。
よって、被告人は無罪であると主張する」
「い、いじめる人もいじめられる人も教育が出来ていないというのは暴論じゃないか!」
俺の発言に反論してきたのは悪魔ではなくクラトだった。いじめられていたとするならば当然の反応というところか。
「教育体制が確立していない以上、全員がきちんとした教育はないと俺は考えている。今の状態でいじめを行わない人は、偶然不幸な状況にならなかっただけだ」
「そ、そんなこといってたら全員有罪になってしまうじゃないのか」
「教育体制が確立していない事が問題なのであって個人の問題ではない。社会の問題だ。だから個人としては無罪だ」
「し、しかし、教育体制というが、それは学校みたいな教育環境が必要という事だろ? 『格差社会』のせいで現在でも教育格差があるのに全員がきちんとした教育が受けれる様になるのか、本当に教育というやり方で解決できる問題なのか?」
『格差社会』。それも社会問題だ。これらの問題は絡み合っているのかもしれない。それは兎も角……。
「教育自体に全く問題がないとは言わない。
しかし、教育が行動や考え方の基本になる事は間違いない。同程度の教育を受けているから同程度の水準で話が出来る。
教育格差の話が出てきたが、格差が広がれば例え有能な上司が適格な指示を出したとしても無能な部下が異なる行動をして損害が増える事になるだろう。
だから教育は高水準でかつ誰一人落ちこぼれる事のない様にしなければならない……ただの理想論だが。
だが、それよりも『格差社会』まで問題を広げられると、もう少し考える必要がある……」
俺の言葉も次第に尻込みする。一つの問題が未だ解決出来ていないにも関わらず次の問題が出てくる。それも解決しようとすれば、また別の問題が出てくるのだろうか。
『社会問題』は社会が歪だから問題があると考え、社会が悪いとすれば簡単に無罪に出来るのではないかと思ったのだが中々うまくいかないものだ。
「うーん。そぉねぇ。まあいいわぁ。最初の裁判だし、多めにみてあげる」
そう言ったのはレヴィアタンだ。不思議な事に俺たちがまだ悩んでいるというのに悪魔たちに勝ちそう……というよりはお情けで勝たせてもらうという方が近いか。
一呼吸おいてから裁判長が言う。
「有罪を主張する方はいますか?」
手を挙げる悪魔がいる。レヴィアタンだが、多めにみてあげると言ったのは嘘だったのか? 悪魔はどこまでいっても悪魔だという事か。
「誰も異議がなければ話したい事があるのだけどいいかしら?」
誰も反応しないのを左右に首を振って確認したレヴィアタンが話を続ける。
「異議はないけど、今のままでは『いじめ問題』が解決出来るとは言い難いわねぇ。『いじめ問題』が発生する原因が何かを考えておきなさい。これは宿題よ」
くねくねと体を動かしながらレヴィアタンが言った。
宿題だと? しかも『いじめ問題』を解決する方法だと?
『社会問題』を俺たちで解決しろとでも言うのか?
無罪を勝ち取るより難しいんじゃないか?
いじめ問題を解決しろと宿題を押し付けられた俺たちがいじめられているのではないだろうか。
「改めて有罪を主張する方はいますか?」
裁判長が再び確認を取るが、誰も手を上げない。
しかし、悪魔たちの顔はより禍々しい笑みを浮かべている。
裁判には勝った。だが、勝ったという実感はない。問題は何も解決していない。先延ばししたに過ぎない。
「よろしい。それでは無罪」
悪魔たちは法廷の奥の方へと下がって行った。
法律が悪い、社会が悪い。そう主張しなければ生き残れないならそう主張する。その覚悟はあるし、現にすべてがうまくいっている訳じゃない。色んな社会問題があり、未解決のまま今の生活を続けている。
だが、本当にこれで良かったのか?
すべて悪魔たちの思惑通りに事が進んでいるのではないか?
俺たちは逃れられない地獄に足を踏み入れてしまったのではないか?
いや、死ぬ事なく裁判を乗り切ったのだから、今はそれだけでも良しとしよう。
そもそも俺たちは納得しなくても悪魔たちが納得出来る主張が出来ればいいのだから深く考える必要もないはずだ。
俺たちも法廷から自室に移動を開始する。法廷を出る前にサホが俺にこっそり言う。
「『格差社会』の問題が棚上げになってたけど、解決しようとすれば共産主義的な考えになりそうな気がするけど大丈夫かしら?」
「分からないが今回は社会の問題だという事だけで見逃して貰えたと考えているよ。共産主義は兎も角、『格差社会』が『社会問題』であることは間違ってないと思うよ」
不安にさせない様に言い終わる前に少し笑って見せたが、サホは「そう」とだけ言いより暗い顔になった様だった。
法廷を出る為に扉を開く。
廊下の壁なども法廷と同じで白から赤黒く変わっていた。真っ白な壁も気味が悪かったが、今はそれが懐かしく思えるくらいだ。
「あぁ。こんな地獄がいつまで続くの? 気が狂いそう」
ユウナが呟いた。
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