私がそれを「見る」ことができるようになった時、それはすでに世界に溢れていた。

いや、「それ」だなんて、まるでモノのように言うのはよくないな。

だって、それはヒトなのだ。ヒトではあるのだけど、私たちがよく知っていて、私たちが思い描くような、霊長類ヒト科ヒト属のそれとはちょっと違う。

彼らは見えない。

そう、もの凄くありきたりで安っぽい、三流映画みたいな表現で言うなら、彼らは「透明人間」だ。


私が彼らを「見る」ことができるようになったのは、つい一昨日のことだ。

私は酔っ払って、うっかり電柱に頭をぶつけた。それできっと何か視覚から脳に情報を伝達する回線が何かおかしくなってしまったんだろう。その時から、私には彼らが見えるようになった。


もしあなたが透明人間になったとしたら、どうするだろう?

異性の裸を覗いてみるとか、犯罪を犯してみるとか、ちょっとしたイタズラを仕掛けてみるとか。そんなことを思い浮かべる人も多いかもしれない。

でも、実際に透明である彼らは、そんなことはしない。

むしろ、真逆だ。徹底的に自分の存在を消そうとする。

彼らはいつもできるだけヒトのいない場所へいない場所へと行く。ヒトがいれば徹底的に避ける。肌と肌を触れ合わせるようなことは徹底的に避ける。


なぜかって?

彼らには、私たちが見えている。

だが、私たちは、彼らを見ることができない。私たちは、彼らが存在しないものとして振舞う。

当然だ。実際私たちは、彼らが存在していることすら知らない。

私だって、こうして実際に見ることができるようになるまでは、彼らの存在なんて、これっぽっちも考えた事がなかった。私の世界に、彼らは存在しなかったのだ。


しかし実際には彼らは存在する。

私たちと同じように生きていて、私たちと同じように暮らしている。

でも、その存在は、私たちからは全く認められていない。いないものとして扱われる。

「人間にとって、憎悪よりももっとつらいのは、無視されることだ」なんていう言葉があるが、彼らは生まれながらにして、そのもっともつらい状況に立たされつづけているのだ。


たまたま視覚的にとらえる事のできる外見に生まれたがゆえに、他人とのつながりを持つことのできる私たち。

一方でたまたま不可視に生まれたがために、存在すら認められない、そんな立場にたたされた彼ら。

その事実が、幾重にも彼らを悲嘆させ、苦悩させ、落胆させたことは想像に難くない。


だから彼らは、徹底的にヒトを避ける。


もちろん最初は認められようとした。受け入れられようと様々な試みをした。

でも、それは完全に不可能だったのだ。たとえ彼らに触れることができようとも、声が聞こえようとも、「見えない」ということは決定的な問題だった。

見えないということは、たったそれだけのことでも、その存在を不確かにする。

だってそうだろう?

見えない事が致命的な問題であるからこそ、僕らはあんなにも馬鹿みたいに精巧な観測機器を作り上げて、原子の中身やら宇宙の果てやらを見ようと必死になっているのだ。


だから彼らは、ヒトを避ける。いや、避けるしかなくなってしまったのだ。

相手が自分の存在を認めてくれない以上、触れ合おうとすれば傷つくだけだ。

触れ合おうとして傷つくなら、最初から触れ合わないほうがいい。

相手にとって、自分は存在しないものなのだ。

ならば「存在しないもの」らしくしなくてはいけない。

透明であることの意味に同化しなくてはいけない。



しかし彼らだってヒトなのだ。寂しさを感じることだってある。

だから彼らは、近頃はキーボードを叩くのに夢中だそうだ。

そう。多分これを読んでいるあなたが今、メールやチャット、インターネットでコミュニケーションを取っている中に、彼らはきっといる――

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