雀がおりました。

ちょこちょこと動く姿の誠に愛らしい、小さな小さな雀でございました。

雀は動物園の片隅の大きな柏の木が大層お気に入りで、その枝にとまっては仲間たちと小さな歌を囀っていたのでございます。


その柏の木の近くに、孔雀の檻がございました。

その中で孔雀が数羽、きらきらと輝く艶やかな羽根を誇らしげに広げておりました。

それはそれはたいそう美しく、高貴で、神々しくさえありました。

雀はそんな孔雀の姿を見ては、己の黒茶けた無様な姿を思い起こし、小さな嘆息をついておりました。

いつかあのような艶やかな姿になりたい。

雀はその小さな胸のうちに、いつしかそのような願いを抱くようになりました。


雀は美しくなるために身を清め、羽根の美しくなるというものがあれば食し、羽根に傷のつくような行いは避け、考え付く限りの方法で、孔雀のような美しい羽になれるよう努力をしました。


しかし雀に生まれた者が孔雀にはなれぬ。それが自然の理というもの。

どれだけ自らを磨こうとも、雀はいつまでも雀でございました。

どれほど美しくなろうと努力を重ねたとて、所詮その身にあるのは黒茶けた羽根なのでございます。あの緑がかった玉虫色の神々しい色彩にはどうしたってならぬ。

雀は大層気を落とし――そしてやがて雀は少しずつ狂っていったのでございます。


いつしか雀は孔雀の落とした羽根を目ざとく見つけては、それを拾い集めるようになりました。そしてそれをせっせと身につけたのでございます。

雀に生まれたからには、孔雀にはなれぬ。しかし少しでもあの孔雀のような姿に近づく事はできる。雀は孔雀の羽を身につけて、少しでも孔雀であろうとしたのでございます。

周囲の者はそんな雀の姿を見て、愚かな行為だと笑いました。哀れに思う者もおりました。しかしその真っ直ぐな狂気に気圧されて、誰もそれを止める事ができなかったのでございます。


そんなある日のことでございました。

遥か遠い北の国より訪れました北風が、その小さな雀を目ざとく見つけたのございます。

北風は訝しみました。孔雀の羽根を持つものの、小さくそして醜いその姿。よく見てみればそれは雀でありました。孔雀の羽を身にまとった雀。

この国には奇妙な鳥がおるものだ。北風はその雀の姿を笑い、戯れに雀に強く吹きかけたのでございます。

雀の身に付けた孔雀の羽は、所詮身にまとった仮初の羽根。強い強い北風にはとても耐えられず、全て吹き飛ばされ、南方へと消え去ってしまいました。


孔雀の羽を失った雀は、まるで自らの羽を全てむしられ、生皮一枚の裸身を晒しておるような心地でございました。それゆえ周囲の視線がどうにも恐ろしく、雀は木の葉の陰に身を隠しておりました。そして雀は周囲の目を恐れるあまり、どうにもそこから動く事ができなくなってしまったのでございます。

そうして餌もろくに食べず、水も飲まず、数日という時間が過ぎました。

やがてどうにも耐えられなくなり、雀は夜の闇に紛れて水を飲みに出ました。

月明かりに照らさた水面には、身は窶れ、羽根は艶を失い、最早以前のような愛らしさもない、くたびれた雀が一羽、映っておりました。

雀は雀のままなのに。何も失ってはおらぬのに。

雀は絶望のためか、はたまた何も食せなかったせいか、水面に倒れこみ――そしてその生涯を終えたということでございます。

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